87 / 129
本編
87:知らなくて良いこと(4)
しおりを挟む
シャロンは黄金の瞳でじっとエミリアの目を見つめる。
「いいですか、エミリア様。確かにあの気持ち悪いおじさんが全部悪いです。もうアイツさえいなければこんな悲劇は起こらなかったんですよ。誰の人生も狂わされることはなかったんです。それは間違いないです」
『うん』
「結婚のことについてもそうです。貴女には選択肢がなかった。愛妾になるか、嘘の愛情に縋るかしかなかった。追い詰められた場面で正常な判断ができなかったことは情状酌量の余地があると個人的には思います。そこは同情します。ヨシヨシです」
『うん』
「離宮のことについては…。私は当時の状況を知らないので、なんとも言えないです。なので、私よりヘンリー殿下に話して欲しいです。話せる範囲で良いので事情聴取を受けてください。真相は解明せねばなりません」
『うん』
「で?」
『で、とは?』
「この話を私にして貴女の心は本当に軽くなりましたか?」
『なってない』
同じ目線になり、子どもに言い聞かせるような口調でゆっくりと話すシャロンに、エミリアは泣きたくなった。
彼女の瞳には打算がない。自分とは違い、真っ直ぐで強いとそう思った。
「ウインターソン公爵閣下に結婚の真実を話すかどうかは貴女にお任せします。『知らなくても良いこと』というのは世の中には沢山ありますから。けれど、これはエミリア様と貴女の夫であるアルフレッド様の問題です」
アルフレッドなら全てを知っても『ちょっと難しくてよくわからない』と言いつつ、愛し合っていた事実は変わらないからと受け入れてくれるだろう。
しかし、それを知ることが彼のためになるかどうかというのは別問題だ。
話したところで楽になるのはエミリアだけ。これを話すのは彼女の自己満足でしかない。
けれど本当のことを話さずにそのまま死んでいきたくはない。
こんな自分を全部知った上でもう一度受け入れてほしい。
浅はかだと理解しつつも、エミリアはそう思う。
悩むエミリアにシャロンは『もし貴女が本人に話す気がないというのなら、自分もこの話は墓場まで持っていく』と約束した。
ロイヤルガーデンからの帰り道。
エミリアは帽子を深く被り、不服そうな口調で車椅子を押す彼女に声をかけた。
『ねえ、シャロン』
「はい、何でしょう』
『私は多分、打ち明ける人を間違えたわ』
「その考察は大正解です」
『シャロンは優しくない』
「優しくされたいのなら、エミリアたんが心から『優しくしてほしい』と思う人にお願いしてください」
『そのエミリアたんっていうのやめて。エミリーでいいわ』
「まさかの愛称呼びをお許しいただけるのですか。もしかして私は恋人に昇格しました?」
『してないわよ。どれだけポジティブなのよ』
「あら、残念」
クスクスと笑い合う二人。
しかし、背後のシャロンの目には感情が宿っていなかった。
***
数日後、エミリアに呼び出されたアルフレッドは彼女が待つ部屋の前にいた。
「シャロン、入らないのか?」
「今日はこれからハディス兄様のところへ行かねばならないのです」
「そうか」
「では、私はこれで。帰りは兄様に送ってもらいますから」
「わかった」
ペコリと頭を下げて、シャロンはアルフレッドに背を受けた。
「…シャロン?何かあった?」
アルフレッドはいつもとは違い、穏やかな雰囲気を身に纏う彼女に違和感を覚える。
そういえば、いつもエミリアに会いにくる時は白いワンピースを着ていたのに、今日は黒だ。
何かがおかしい。彼は直感的にそう思った。
声をかけられたシャロンはゆっくりと振り返ると少し寂しそうな目をして微笑む。
「旦那様」
「何?」
「私は、ウィンターソン公爵の妻にはなれても、アルフレッド様の妻にはなれません」
「…どこかで聞いたことがあるセリフだね」
それは彼女が公爵邸に来た時の話だ。
今ここでそれを言うことになんの意味があるのだろうか。
アルフレッドは嫌な胸騒ぎがした。
「医者にもなれなければ、魔術師にもなれません。もちろんエミリア様の夫にもなれません」
「…シャロン?」
「でも一つだけ、なれるものを見つけたんです」
「…何が言いたいんだ?」
怪訝な顔をするアルフレッドにシャロンは手紙を渡した。
「これ、エミリア様の話を聞いたら読んでください。ラブレターです」
「それは…」
誰宛のものだろうか。アルフレッドはわからないが、聞くこともできない。
「旦那様。エミリア様の話、最後まで聞いてあげてくださいね」
「…ああ。わかった」
シャロンは見たこともないような爽やかな笑顔を見せると、アルフレッドの前から去った。
「いいですか、エミリア様。確かにあの気持ち悪いおじさんが全部悪いです。もうアイツさえいなければこんな悲劇は起こらなかったんですよ。誰の人生も狂わされることはなかったんです。それは間違いないです」
『うん』
「結婚のことについてもそうです。貴女には選択肢がなかった。愛妾になるか、嘘の愛情に縋るかしかなかった。追い詰められた場面で正常な判断ができなかったことは情状酌量の余地があると個人的には思います。そこは同情します。ヨシヨシです」
『うん』
「離宮のことについては…。私は当時の状況を知らないので、なんとも言えないです。なので、私よりヘンリー殿下に話して欲しいです。話せる範囲で良いので事情聴取を受けてください。真相は解明せねばなりません」
『うん』
「で?」
『で、とは?』
「この話を私にして貴女の心は本当に軽くなりましたか?」
『なってない』
同じ目線になり、子どもに言い聞かせるような口調でゆっくりと話すシャロンに、エミリアは泣きたくなった。
彼女の瞳には打算がない。自分とは違い、真っ直ぐで強いとそう思った。
「ウインターソン公爵閣下に結婚の真実を話すかどうかは貴女にお任せします。『知らなくても良いこと』というのは世の中には沢山ありますから。けれど、これはエミリア様と貴女の夫であるアルフレッド様の問題です」
アルフレッドなら全てを知っても『ちょっと難しくてよくわからない』と言いつつ、愛し合っていた事実は変わらないからと受け入れてくれるだろう。
しかし、それを知ることが彼のためになるかどうかというのは別問題だ。
話したところで楽になるのはエミリアだけ。これを話すのは彼女の自己満足でしかない。
けれど本当のことを話さずにそのまま死んでいきたくはない。
こんな自分を全部知った上でもう一度受け入れてほしい。
浅はかだと理解しつつも、エミリアはそう思う。
悩むエミリアにシャロンは『もし貴女が本人に話す気がないというのなら、自分もこの話は墓場まで持っていく』と約束した。
ロイヤルガーデンからの帰り道。
エミリアは帽子を深く被り、不服そうな口調で車椅子を押す彼女に声をかけた。
『ねえ、シャロン』
「はい、何でしょう』
『私は多分、打ち明ける人を間違えたわ』
「その考察は大正解です」
『シャロンは優しくない』
「優しくされたいのなら、エミリアたんが心から『優しくしてほしい』と思う人にお願いしてください」
『そのエミリアたんっていうのやめて。エミリーでいいわ』
「まさかの愛称呼びをお許しいただけるのですか。もしかして私は恋人に昇格しました?」
『してないわよ。どれだけポジティブなのよ』
「あら、残念」
クスクスと笑い合う二人。
しかし、背後のシャロンの目には感情が宿っていなかった。
***
数日後、エミリアに呼び出されたアルフレッドは彼女が待つ部屋の前にいた。
「シャロン、入らないのか?」
「今日はこれからハディス兄様のところへ行かねばならないのです」
「そうか」
「では、私はこれで。帰りは兄様に送ってもらいますから」
「わかった」
ペコリと頭を下げて、シャロンはアルフレッドに背を受けた。
「…シャロン?何かあった?」
アルフレッドはいつもとは違い、穏やかな雰囲気を身に纏う彼女に違和感を覚える。
そういえば、いつもエミリアに会いにくる時は白いワンピースを着ていたのに、今日は黒だ。
何かがおかしい。彼は直感的にそう思った。
声をかけられたシャロンはゆっくりと振り返ると少し寂しそうな目をして微笑む。
「旦那様」
「何?」
「私は、ウィンターソン公爵の妻にはなれても、アルフレッド様の妻にはなれません」
「…どこかで聞いたことがあるセリフだね」
それは彼女が公爵邸に来た時の話だ。
今ここでそれを言うことになんの意味があるのだろうか。
アルフレッドは嫌な胸騒ぎがした。
「医者にもなれなければ、魔術師にもなれません。もちろんエミリア様の夫にもなれません」
「…シャロン?」
「でも一つだけ、なれるものを見つけたんです」
「…何が言いたいんだ?」
怪訝な顔をするアルフレッドにシャロンは手紙を渡した。
「これ、エミリア様の話を聞いたら読んでください。ラブレターです」
「それは…」
誰宛のものだろうか。アルフレッドはわからないが、聞くこともできない。
「旦那様。エミリア様の話、最後まで聞いてあげてくださいね」
「…ああ。わかった」
シャロンは見たこともないような爽やかな笑顔を見せると、アルフレッドの前から去った。
24
あなたにおすすめの小説
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【連載版】おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。
石河 翠
恋愛
主人公は神託により災厄と呼ばれ、蔑まれてきた。家族もなく、神殿で罪人のように暮らしている。
ある時彼女のもとに、見目麗しい騎士がやってくる。警戒する彼女だったが、彼は傷つき怯えた彼女に救いの手を差し伸べた。
騎士のもとで、子ども時代をやり直すように穏やかに過ごす彼女。やがて彼女は騎士に恋心を抱くようになる。騎士に想いが伝わらなくても、彼女はこの生活に満足していた。
ところが神殿から疎まれた騎士は、戦場の最前線に送られることになる。無事を祈る彼女だったが、騎士の訃報が届いたことにより彼女は絶望する。
力を手に入れた彼女は世界を滅ぼすことを望むが……。
騎士の幸せを願ったヒロインと、ヒロインを心から愛していたヒーローの恋物語。
この作品は、同名の短編「おかえりなさい。どうぞ、お幸せに。さようなら。」(https://www.alphapolis.co.jp/novel/572212123/981902516)の連載版です。連作短編の形になります。
短編版はビターエンドでしたが、連載版はほんのりハッピーエンドです。
表紙絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真のID:25824590)をお借りしています。
差し出された毒杯
しろねこ。
恋愛
深い森の中。
一人のお姫様が王妃より毒杯を授けられる。
「あなたのその表情が見たかった」
毒を飲んだことにより、少女の顔は苦悶に満ちた表情となる。
王妃は少女の美しさが妬ましかった。
そこで命を落としたとされる少女を助けるは一人の王子。
スラリとした体型の美しい王子、ではなく、体格の良い少し脳筋気味な王子。
お供をするは、吊り目で小柄な見た目も中身も猫のように気まぐれな従者。
か○みよ、○がみ…ではないけれど、毒と美しさに翻弄される女性と立ち向かうお姫様なお話。
ハピエン大好き、自己満、ご都合主義な作者による作品です。
同名キャラで複数の作品を書いています。
立場やシチュエーションがちょっと違ったり、サブキャラがメインとなるストーリーをなどを書いています。
ところどころリンクもしています。
※小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿しています!
公爵令嬢は嫁き遅れていらっしゃる
夏菜しの
恋愛
十七歳の時、生涯初めての恋をした。
燃え上がるような想いに胸を焦がされ、彼だけを見つめて、彼だけを追った。
しかし意中の相手は、別の女を選びわたしに振り向く事は無かった。
あれから六回目の夜会シーズンが始まろうとしている。
気になる男性も居ないまま、気づけば、崖っぷち。
コンコン。
今日もお父様がお見合い写真を手にやってくる。
さてと、どうしようかしら?
※姉妹作品の『攻略対象ですがルートに入ってきませんでした』の別の話になります。
笑い方を忘れた令嬢
Blue
恋愛
お母様が天国へと旅立ってから10年の月日が流れた。大好きなお父様と二人で過ごす日々に突然終止符が打たれる。突然やって来た新しい家族。病で倒れてしまったお父様。私を嫌な目つきで見てくる伯父様。どうしたらいいの?誰か、助けて。
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
赤貧令嬢の借金返済契約
夏菜しの
恋愛
大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。
いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。
クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。
王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。
彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。
それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。
赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。
【完結】あなたに抱きしめられたくてー。
彩華(あやはな)
恋愛
細い指が私の首を絞めた。泣く母の顔に、私は自分が生まれてきたことを後悔したー。
そして、母の言われるままに言われ孤児院にお世話になることになる。
やがて学園にいくことになるが、王子殿下にからまれるようになり・・・。
大きな秘密を抱えた私は、彼から逃げるのだった。
同時に母の事実も知ることになってゆく・・・。
*ヤバめの男あり。ヒーローの出現は遅め。
もやもや(いつもながら・・・)、ポロポロありになると思います。初めから重めです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる