【完結】烏公爵の後妻〜旦那様は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜

七瀬菜々

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本編

88:報われない男

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「父上はまだ外科手術ができると思うか?」

 昼下がり、ジルフォード侯爵邸の温室で、久しぶりの休日を寝て過ごす非リア充野郎ことハディスは、薬草の手入れをするサイモンに声をかけた。
 おじいちゃんくらい早起きなサイモンは、まだ寝巻き姿のハディスに呆れつつ答える。

「難しいと思いますよ」
「やはりそうだよなぁ」
「執刀の依頼ですか?ならユアン様に代理で行ってもらうしかないかと」

 技術面では父に劣るが、長兄のユアンもなかなかの腕前だ。

「いや、そういうわけじゃないんだ。ただ、この間シャロンが聞いてきたものだから」
「お嬢が?」
「やっぱ父上に憧れてたから心配してんのかなー」

 医師である父に憧れていたシャロンは、父が再びメスが握れないことを嘆いているのかもしれないとハディスは言う。
 しかしサイモンは妙な違和感を覚えた。

「…お嬢は元気ですか?この間倒れて以降会っていないので」
「元気だぞ。昨日も出会い頭、理不尽に殴られた」
「…何をしたんですか」
「何もしてない。ただいつもより表情筋が死んでいるなと言っただけだ」
「デリカシー皆無だな。ハディス様がモテない理由がよくわかる話です」

 この男は本当にデリカシーがない。
 さすがは太った彼女に『太った』と正直に聞いてフラれたり、一生懸命着飾ったご令嬢に『盛りすぎ』と正直に言ってしまい、頬を叩かれるという人生を送ってきただけの事はある。
 サイモンは彼が結婚できるかどうか心配になった。

「ん?」

 ふと、あることに気がついたサイモンは作業の手を止めた。
 そして、なぜか寝巻き姿で作業を手伝い始めたハディスをマジマジと見る。

「…何だよ。そんなに見つめても何も出ないぞ。この間4人分の高級ランチ奢って金欠だからな」
「いえ。ハディス様が表情筋が死んでいると思うくらいに死んでたんですか?」
「ああ、死んでたぞ」
「恋人が15センチ髪を切っても全く気づかないハディス様が気付くくらいに?」
「なんか物言いが引っかかるが、まあ良い。確かに俺が気付くくらいに目が死んでた」
「まじか」

 デリカシー皆無で、鈍感なハディスが気付くくらいに表情が死んでいるということは、もう普通ではない。
 サイモンは作業を放り出し、慌てて身なりを整えた。

「…あ、もしかして何かおかしかったのか?あいつ」
「おかしいに決まっているでしょが!!そんなんだからすぐにフラれるんだよ!!」
「酷い言われようだ。どこに行くんだよ」
「公爵邸に決まってるでしょ!ハディス様はそれの続きやっといて!」
「続きって、間引き?」
「そうです!適当に間引いといてください!それが終わったら雑草も抜いて、そこにある乾燥させた薬草はすり潰しといてください!」
「さりげなく仕事増やしてんじゃねーよ」
「今度女の子紹介してあげるから!」
「金髪碧眼の美少女な」
「高望みすんな!」

 最低限、公爵邸の門をくぐれるくらいに身なりを整えたサイモンは、急いで公爵邸まで向かった。

「あいつも報われないなぁ…」

 ハディスは仕方なく、薬草を間引くことにした。
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