未来から来た5歳児と始める、不器用パパの子育て逆転生活

☆ほしい

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未来からの父娘、という突拍子もない現実を受け入れられるはずもなく、しかし目の前の子供を放り出すわけにもいかず、俺の日常はなし崩し的に破壊され始めた。最初の課題は、ヒナの生活用品の調達だった。
「パパ、おようふく、ピンクのがいい!」
「下着は、うさぎさんの絵がついてるやつ!」
週末、俺はヒナに手を引かれるまま、近所の大型ショッピングモールにいた。子供服売り場という場所に足を踏み入れるのは、人生で初めての経験だ。そこは、俺のモノクロームの世界とは対極にある、暴力的なまでの色彩で溢れかえっていた。ピンク、イエロー、スカイブルー。動物やアニメのキャラクターたちが、服という服からこちらに微笑みかけてくる。俺は、まるで異世界に迷い込んだような気分だった。
ヒナは、小さな嵐のように売り場を駆け巡り、次から次へと商品を指差す。その度に俺は、値札を確認し、途方に暮れた顔でそれをカートに入れる。歯ブラシ、シャンプー、おもちゃ、絵本。カートの中は、あっという間に俺の美学とはかけ離れたカラフルなガラクタで満たされていった。レジで提示された金額に眩暈がしそうになりながら、俺は無言でカードを切った。
家に帰ると、第二の嵐が待ち構えていた。買ってきたばかりの服やおもちゃが、リビングの床にぶちまけられる。完璧に整頓されていた俺の城は、わずか数時間で、混沌とした子供部屋へと姿を変えた。ヒナは買ってもらった絵本を広げ、大声で読み聞かせを要求する。
「パパ、これよんで!」
「……仕事中だ」
俺は、月曜の朝に締め切りが迫っているデザインの作業に戻ろうとしていた。だが、集中できるはずもなかった。背後では子供向けアニメの主題歌が大音量で流れ、時折「パパ、見て見て!」という声が飛んでくる。イライラが募り、マウスを握る手に力がこもる。
「静かにしてくれないか!こっちは仕事してるんだ!」
思わず、強い口調で言ってしまった。ハッとして振り返ると、ヒナは動きを止め、大きな瞳にうっすらと涙を浮かべて俺を見ていた。その目は、ただ悲しいというだけではない。何か、すべてを知っているような、諦めにも似た色が浮かんでいるように見えた。
その瞬間、俺の隣のデスクに置いてあったジカンが、ぴくりと動いた。
「警告。現在のあなたの言動は、未来における『大いなる悲しみ』の発生確率を0.08%上昇させました」
「……なんだと?」
「参考情報を提示します」
ジカンの黒い目が、ぼんやりと光を放った。すると、俺の目の前の空間が、陽炎のように揺らめく。そして、そこに映像が映し出された。
それは、見慣れた俺の部屋だった。しかし、何かが違う。観葉植物は枯れ、部屋全体が埃っぽい。そして、ソファに座っているのは、白髪の増えた、今の俺よりもずっと年老いた男だった。その男——未来の俺は、たった一枚の色褪せた写真を、虚ろな目で見つめている。部屋には、今の俺が愛してやまない静寂があった。だが、それは平穏とはほど遠い、息が詰まるような、 абсолютная (абсолютная) 孤独の静寂だった。
映像は音もなく、数秒で消えた。だが、あの未来の俺が纏っていた、魂が抜け殻になったような絶望的な孤独感は、生々しい感触として俺の胸に突き刺さった。あれが、俺の未来。俺が回避すべき、『大いなる悲しみ』の正体……。
全身から、血の気が引いていくのが分かった。俺は震える手で顔を覆う。あの静寂を、俺は「平穏」だと思っていたのか。違う。あれは、ただの諦めだ。虚無だ。
我に返ってヒナの方を見ると、彼女はテレビを消し、床の隅で、買ってきたばかりのスケッチブックに黙々と何かを描いていた。その小さな背中が、やけに寂しそうに見える。
俺は、ゆっくりと彼女の隣に腰を下ろした。
「……ごめん。大きい声、出して」
ヒナは顔を上げず、小さな声で「ううん」とだけ言った。
彼女が描いていたのは、三人の人物の絵だった。大きな男の人と、小さな女の子。そして、その隣には、優しい顔で微笑む女の人が描かれている。まだ会ったことのない、未来の「ママ」だろうか。
俺は、その日、仕事をすることを諦めた。ヒナの隣に座り、クレヨンを一本借りて、彼女の絵に背景を描き足してやった。青い空と、白い雲。そして、緑の芝生。ヒナは、少しだけ驚いたように俺の顔を見て、それから、はにかむように小さく笑った。
夜、淹れたコーヒーは、いつもよりずっと苦く感じた。俺が今まで「平穏」と呼んで大切にしてきたものは、未来のあのどうしようもない孤独へと続く、ただの道しるべだったのかもしれない。そう思うと、リビングに散らかったカラフルなおもちゃや、壁に貼られた拙い絵が、まるで俺を孤独から守ってくれる盾のように思えてきた。
ヒナが俺の隣で、小さな寝息を立てて眠りに落ちる。その小さな手が、無意識に俺の指をぎゅっと握りしめていた。
その温かさに、胸の奥が、じんわりと熱くなるのを感じた。
パニックでも、苛立ちでも、混乱でもない。それは、俺がずっと昔にどこかへ置き忘れてきてしまった、 fragile (フラジャイル) で、不慣れな、しかし確かな温もりだった。
この小さな嵐は、もしかしたら、俺を救うためにやってきてくれたのかもしれない。
俺は、暗闇の中で、そっとヒナの小さな手を握り返した。
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