役立たずの【清浄】スキルと追放された私、聖女の浄化が効かない『呪われた森』を清めたら、もふもふ達と精霊に囲まれる楽園になりました

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アルフォンス殿下たちが森を去ってから、数日が過ぎました。
私の楽園には、また穏やかな毎日が戻ってきたのです。
王国と交わした約束が、私の心に小さな変化をもたらしました。
それは自分の力で未来を切り開いたという、確かな自信です。
もう、誰かの言いなりになる必要は少しもありません。
私はこの森の仲間たちと一緒に、私の望むままに生きていけます。

「主殿、花壇の土はこんな感じでよろしいかな」
「はい、ノームさん。とてもふかふかで、気持ちの良い土ですね」

私は新しく建ててもらった家の庭で、花壇作りを楽しんでいました。
ノームさんたちが、土を丁寧に耕してくれます。
その見事な手際の良さは、いつ見ても感心するばかりでした。
森の動物たちはあちこちから、可愛らしい花の種を運んできてくれます。
リスさんの頬袋は、小さな種でぱんぱんに膨らんでいました。
ウサギさんは口にくわえた花の種を、そっと私の手のひらに乗せてくれます。

「ありがとうみんな、きっと素敵な花壇になりますよ」

私は一つ一つの種に、そっと【清浄】の力を込めていきました。
私の聖なる光を浴びた種は、まるで喜ぶかのように淡く輝きます。
この花壇が色とりどりの花で埋め尽くされる日を想像すると、自然と笑みがこぼれました。
そんな、平和な昼下がりの出来事でした。
空の偵察をしていたグリフォンのグレンが、私の元へ静かに舞い降ります。
その大きな翼が起こした風は、とても優しいものでした。

『主様、王都からの知らせでございます』

彼は私だけに聞こえるように、テレパシーでそう告げました。
私は土いじりをしていた手を止めて、グレンの方を向きます。

「まあグレン、何か分かったのですか」
『はい、先日主様が王太子殿下に要求された件について、全てが実行されたとの報告が入りました』

グレンの言葉に、私は少しだけ驚きました。
思っていたよりも、アルフォンス殿下の行動は早かったようです。
よほど、聖水が早く欲しかったのでしょう。

『まずこの森を決して手出しできない聖なる場所とする、というお触れが正式に王国全土へ出されました』
『次にクライネルト侯爵家の安泰は、国王陛下の御名において神殿で正式に誓われたとのことです』

グレンは証拠として、一枚の羊皮紙を私に差し出しました。
それはバーンズ子爵から届けられた、正式な手紙です。
私が直接受け取ると危ないからと、グレンが代わりに受け取ってきてくれました。
手紙には王国で出された命令の写しが、きちんと添えられています。
そして神殿の誓いが本物だと証明する、神官長のサインも記されていました。
これでもう、誰もこの森に手出しはできません。
私の楽園は、国の法律によっても守られることになったのです。
手紙にはもう一枚、別の小さな紙が挟まっていました。
それは、私の母が書いた短い手紙です。
そこにはただ一言、「私たちは元気です。あなたのことを心から誇りに思います」とだけ書かれていました。
その、少しだけ震えた優しい文字。
その文字から、母の温かい気持ちがまっすぐに伝わってくるようでした。
私の胸が、きゅっと熱くなります。
これで、もう両親の心配をする必要もなくなりました。

「そう、分かりましたわ。グレン、大切な知らせをありがとう」
『いえ、それで主様。約束の聖水は、いかがいたしましょうか』

グレンの問いに、私はこくりと頷きました。
約束は、約束です。
王国がきちんと誠意を見せてくれた以上、こちらもそれに応えなければなりません。
そうでなければ、対等な取引とは言えないでしょう。

「ええ、すぐに準備を始めましょう。みんな、少しだけ手を貸してくれますか」

私は花壇作りを手伝ってくれていた仲間たちに、声をかけました。
ノームも動物たちも、「任せておけ」とばかりに胸を叩いたり、元気に鳴いたりしてくれます。
私は立ち上がると、ルーンと一緒にあの泉へと向かいました。
聖水を作るには、この森の中心である聖なる泉の水が一番です。
泉のほとりに立った私は、両手をそっと水面に向けました。
そして意識を集中させて、スキルを発動させます。

「【清浄】」

私の体から、あふれんばかりの清らかな光が放たれました。
その光は、まるで水に吸い込まれるように泉の中へと溶けていきます。
すると泉全体が、まばゆい黄金色の輝きを放ち始めました。
水面からは、きらきらとした光の粒子が湯気のように立ち上っています。
その光景は何度見ても、不思議で神々しいものでした。
やがて光が収まると、泉の水は元の透き通った姿に戻ります。
しかしその水が秘める力は、先ほどとは比べ物にならないほど強大なものへと変わっていました。
私はノームたちに頼んで、あらかじめ用意してもらっていた十個の大きな樽にその聖水を満たしていきます。
樽は、森の木で作った頑丈なものです。
これで、第一回目の提供分はすっかり完成しました。

「さて、これをどうやって王国に渡しましょうか」

私がそうつぶやくと、フィリアがそばに飛んできました。
その美しい純白の羽が、太陽の光を浴びて輝いています。

『主様、私が王都まで一気に運んで参りましょうか』
「ううんフィリア、それは少し危険だわ」

聖獣であるグリフォンが王都の上空を飛べば、きっと大きな騒ぎになってしまいます。
それに、アルフォンス殿下が何を考えているか分かりません。
罠を、仕掛けていないとも限らないのです。
大切な仲間を、危険な目に遭わせるわけにはいきませんでした。
私は少しだけ考え込んで、一番安全で確実な方法を思いつきました。

「グレン、申し訳ないけれどもう一度バーンズ子爵に手紙を届けてもらえますか」
『お安い御用です、主様のお望みのままに』
「手紙にはこう書いてください、『聖水の準備は整いました。森の南の入り口に置いておきますので、次の満月の夜にバーンズ子爵、あなた一人だけで取りに来てください』と」

アルフォンス殿下の顔は、もう見たくありません。
大勢の人間を、この森に何度も入れたくもなかったのです。
信頼できる、バーンズ子爵だけに来てもらうのが一番良い方法でした。
これで王国との定期的な取引の、安全な道筋が作られるはずです。
私は自分の楽園を守りながら、外の世界と安全に関わる方法を見つけ出したのでした。

約束の、満月の夜がやってきました。
夜空には、銀色の月が明るく輝いています。
その光が、森の木々を不思議な雰囲気で照らし出していました。
私は森の仲間たちと一緒に、少し離れた丘の上から南の入り口の様子をそっと見ています。
入り口の広場には約束通り、聖水を満たした十個の樽が静かに置かれていました。
やがて森の外から、一台の馬車がゆっくりと現れます。
馬車を引いているのは、一頭の馬だけでした。
そして、御者台に座っているのは見覚えのある白髪の紳士です。
バーンズ子爵が、本当に一人だけでやって来ました。

「本当に、一人で来たのですね」
『ええ主様、彼は誠実な男のようですな』

隣にいるグレンが、感心したように言いました。
バーンズ子爵は馬車を止めると、まず森に向かって深々と頭を下げます。
その姿には、私とこの森に対する深い敬意が感じられました。
それから彼は馬車から降りると、一人で樽を荷台に積み始めます。
樽は水で満たされているので、かなりの重さのはずです。
高齢の彼にとっては、大変な重労働でしょう。
額には、汗が光っています。

「まあ大変そう、ノームさん。少しだけ手伝ってあげてくれませんか」
「あい分かった、主殿の頼みとあらば」

私の言葉に、近くの地面からノームが数人ひょっこりと顔を出しました。
そして、あっという間に子爵の元へと駆けつけていきます。
突然現れた小さな精霊たちに、バーンズ子爵は目を丸くして驚いていました。
しかしノームたちが樽を軽々と運ぶのを手伝い始めると、すぐに状況を理解したようです。
彼はノームたちに向かって、何度も丁寧にお礼を言っていました。
ノームたちの協力のおかげで、樽の積み込みはあっという間に終わります。
バーンズ子爵は全ての樽を積み終えると、再び森に向かって深く頭を下げました。
そして何かを思い出したように、馬車の中から一つの大きな木箱を取り出します。
彼はその木箱を、樽が置いてあった場所にそっと置きました。

「あれは、何かしら」
『おそらく、我々への贈り物でしょう』

バーンズ子爵は木箱を置くと、名残惜しそうに一度だけ森を振り返りました。
そして、静かに馬車に乗り込み来た道を引き返していきます。
彼の馬車が完全に見えなくなるまで、私たちは静かに見送りました。
こうして、第一回目の聖水の受け渡しは無事に終わったのです。
私たちは丘を降りると、残された木箱の元へと向かいました。
木箱の中には、たくさんの品物が入っています。
上質な紙で作られた、真新しい本が何十冊も入っていました。
貴族の間で流行っているという、珍しいお菓子もあります。
色とりどりの、美しい布地もたくさん入っていました。
そして一番下には、一通の手紙が添えられています。
それは、バーンズ子爵からのものでした。
手紙には、こう書かれています。

「これは、王国からの正式な品物ではございません。エリアーナ様への、私個人からのささやかな感謝の印です。どうか、お受け取りください」
「次回からは、ご指定の品物をきちんとご用意させていただきます」

彼の、細やかな心遣いがとても嬉しかったです。
私は手紙を胸に抱きしめ、夜空に浮かぶ月にそっと感謝しました。
こうして王国との、奇妙だけれど平和な交流が始まったのです。
届けてもらった本を読むのは、私の新しい楽しみになりました。
貴族だった頃には、決して読むことを許されなかった胸躍る冒険の物語。
美しい言葉が、たくさん詰まった詩集。
そしてこの世界の、様々な植物や動物について書かれた図鑑。
知らない知識が、私の世界をどんどん広げてくれます。
その中の一冊の古い植物図鑑に、私はある日とても興味深い記述を見つけました。
それは、「光苔」と呼ばれる不思議な苔についてのページです。

「この苔は、月の光を浴びると自ら淡い光を放つ。その光には、傷を癒やす力が宿ると言い伝えられている」
「特に、聖なる場所で育った光苔は万病に効く薬の材料になるとも言われる」

その光苔が生息する場所の条件が、まさにこの森の環境とそっくりだったのです。
もしかしたらこの森のどこかに、この光苔がひっそりと生えているのかもしれません。
私はまだ見ぬ、神秘的な植物の存在に胸をときめかせるのでした。
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