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王都を後にしてから、二週間が過ぎた。
壮麗な石畳の道はとうの昔に途切れ、今はただごつごつとした岩と痩せた土が広がる荒野を、質素な馬車がひたすらに北へと進んでいる。窓の外を流れる景色は、日を追うごとに厳しさを増していた。王都周辺の豊かな緑は完全に姿を消し、代わりに背の低い針葉樹の森と、灰色の岩肌が目立つようになった。空気は澄んでいるが、肌を刺すように冷たい。ここが、王国の北。忘れられた土地、ヴァイスランドへと続く道だ。
追放されたとはいえ、私は辺境伯家の長女である。最低限の護衛と、当面の生活資金は持たされている。しかし、私に付き従う騎士たちの顔は一様に暗い。王都の近衛騎士だった彼らにとって、この辺境への同行は左遷以外の何物でもないのだろう。彼らが交わす言葉は少なく、馬車の周囲には重苦しい沈黙だけが漂っていた。
馬車の中で、私は静かに目を閉じていた。
王宮の門を出たあの夜、母の形見であった指輪を外した瞬間から、私の世界は一変した。封印を解いたことで、私の感覚は以前とは比べ物にならないほど鋭敏になっていた。風が囁く声、土が呼吸する匂い、そしてこの大地に満ちる微かな魔力の流れ。その全てが、情報として私の内に流れ込んでくるようだった。
それはまるで、これまで白黒だった世界が、極彩色の総天然色になったかのような感覚。あまりに膨大な情報量に、初めは眩暈さえ覚えたほどだ。しかし、数日も経てばこの鋭敏な感覚にも慣れ、今ではこの世界の理そのものを肌で感じているような、不思議な全能感さえあった。
「お嬢様、もうすぐヴァイスランドの森に入ります」
護衛の騎士の一人が、心配そうに声をかけてきた。近衛騎士団の中でも実直さで知られた、グレゴール隊長その人だった。
「ここからは魔物が出ると言われています。どうか、お気をつけください」
私は静かに頷き、窓の外に広がる、どこまでも続くかのような深い森を見つめた。
ヴァイスランドの森。古くから、多くの魔物や、時には伝説の獣さえもが棲むと言われる場所。王都の人々がこの地を恐れ、忌み嫌う理由の一つだ。
しかし、私の心は不思議と穏やかだった。むしろ、この森に満ちる濃密な魔力が、心地よくさえ感じられた。まるで、故郷に帰ってきたかのような安らぎ。私の中に流れるヴァイスランドの血が、この大地の魔力に共鳴しているのかもしれない。
「心配は要りません、グレゴール隊長。ここは、私の故郷ですから」
私の落ち着いた声に、グレゴール隊長はわずかに目を見開いた。彼が知るエリアーナ・フォン・ヴァイスランドは、いつも俯きがちで声も小さく、地味な印象の令嬢だったはずだ。今の私の姿に、彼は少なからず困惑しているようだった。
さらに半日ほど馬車に揺られ、ようやく森を抜けた先に、古びた館が見えてきた。石造りの、質実剛健だがお世辞にも美しいとは言えないその館が、私の実家であり、これからの私の城となるヴァイスランド辺境伯邸だ。両親が亡くなってからは最低限の管理人しかおらず、すっかり寂れてしまっている。
馬車が止まり、扉が開かれる。
出迎えてくれたのは、父の代からこの地に仕える数名の年老いた使用人だけだった。彼らの顔には、長年の厳しい生活と、諦めが深く刻まれている。
「エリアーナお嬢様、よくぞご無事で……。しかし、このような場所に追いやられるとは……なんとお労しい」
老執事のセバスが、涙ながらに私の手を取った。彼の皺だらけの手は、冷たく、そして固かった。私はその手を優しく握り返し、精一杯の笑顔を作ってみせた。
「心配しないで、セバス。私は大丈夫。むしろ、これからが楽しみなくらいよ」
私の言葉に、セバスも他の使用人たちも、皆、不思議そうな顔をしていた。彼らにとって、この地は希望のない流刑地なのだ。その気持ちも痛いほど分かる。
屋敷に一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。調度品は手入れこそされているものの、どれも古びており、かつての栄華を偲ばせるものは何一つない。屋敷の周りに広がる土地は痩せこけ、冷たい風が常に吹きすさび、畑には申し訳程度の根菜が植えられているだけ。これでは、厳しい冬を越すのも一苦労だろう。
セバスが、淹れてくれた温かいハーブティーを一口飲む。素朴だが、体の芯まで温まるような優しい味がした。
「セバス、領地の様子を教えてくれる?父上が亡くなってから、どうなっていたの」
私の問いに、セバスは悲しげに顔を伏せた。
「お恥ずかしながら、お嬢様。私のような老いぼれでは、何も……。旦那様が亡くなられてから、この土地は坂を転げ落ちる一方でした。税だけは王家から厳しく取り立てられ、民の暮らしは困窮を極めております。若い者は皆、見切りをつけて南の街へ出て行ってしまいました。今ここに残っているのは、もはや他に行く当てのない年寄りばかりでございます」
その言葉は、私の胸に重くのしかかった。
これが、私の領地の現実。私が守るべき民の、今の姿なのだ。
その夜、私は自室の窓から、月明かりに照らされた領地を眺めていた。凍てついた大地、まばらに灯る家々の寂しい光。このままではいけない。人々が希望を持って暮らせる場所にしなければ。そのためには、まずこの土地の本当の姿を知る必要がある。この大地に眠る、本当の力を。
翌朝、私は護衛も連れず、一人で屋敷を出た。軽装の旅支度に、腰には護身用の短剣を一本差している。
「お嬢様!どちらへ!お一人では危険でございます!」
セバスが血相を変えて止めようとしたが、私の決意は固かった。
「この土地の主として、自分の目で確かめたいことがあるの。大丈夫、すぐに戻るわ」
そう告げると、彼は悲しそうな顔で引き下がった。グレゴール隊長も何か言いたげな顔をしていたが、私の真剣な眼差しに気圧されたのか、黙って頭を下げた。
私は、昨日馬車の中から感じていた、特に強い魔力の流れを目指して歩き始めた。それは、あのヴァイスランドの森の、さらに奥深くから発せられているようだった。普通の人間なら足を踏み入れることさえ躊躇うだろう深い森の中を、私は迷うことなく進んでいく。木々のざわめき、獣の気配。その全てが、私を拒絶するのではなく、むしろ歓迎しているように感じられた。
森は、奥へ進むほどにその様相を変えていった。樹齢数百年はあろうかという巨木が天を覆い、地面には苔が絨毯のように生い茂っている。そこは、人の手が加えられたことのない、太古からの聖域だった。時折、魔物らしき鋭い視線を感じることもあったが、私が歩を進めると、彼らは恐れるように道を空けた。私の内に秘められた、強大な魔力を感じ取っているのだろう。
一時間ほど歩いただろうか。森の最も深い場所で、私は信じられない光景を目にした。
周囲は雪が薄っすらと積もっているというのに、そこだけ円形に緑の草が生い茂り、まるで春のような陽気に包まれているのだ。明らかに、強力な魔力によって守られた聖域。
そして、その中心に、一頭の巨大な獣が横たわっていた。
体長は大型の馬よりも遥かに大きく、全身が月光を編み込んだかのような美しい銀色の毛皮で覆われている。鋭い牙、しなやかで力強い四肢。その姿は、私が幼い頃に読んだ建国神話の絵本で見た、あの伝説の聖獣そのものだった。
神狼フェンリル。
そのフェンリルが、苦しげに息をしながら、脇腹から血を流していた。傷口は黒く変色し、邪悪な瘴気を放っている。どうやら、相当に厄介な相手との戦いで、深い傷を負ったらしい。
私が近づくと、フェンリルは唸り声を上げ、敵意に満ちた黄金色の瞳で私を睨みつけた。その威圧感は凄まじく、並の騎士であれば腰を抜かしていただろう。しかし、私には不思議と恐れは感じなかった。むしろ、その気高い魂に、深い敬意を覚えた。
「怖がらないで。あなたを助けに来たの」
私は優しく語りかけながら、ゆっくりと手を差し出した。私の手の中に、淡い翠色の光が集まり始める。これが、私の創成魔法。傷を癒やし、命を育む力。自然の摂理に働きかけ、生命の再生を促す、神聖な魔法。
フェンリルは警戒を解かない。その黄金の瞳は、私という存在を値踏みするように、じっと見据えている。私は構わず、さらに魔法の光を強めていく。光は柔らかな球体となり、ふわりと浮き上がると、まるで意志を持っているかのように、フェンリルの傷口へと吸い込まれていった。
『――ッ!?』
フェンリルの黄金色の瞳が、驚きに見開かれるのが分かった。
傷口から立ち上っていた瘴気が、翠色の光に触れた途端、霧散していく。そして、深く裂かれていた皮膚が、みるみるうちに塞がっていくのだ。数分後には、あれほど深かった傷は跡形もなく消え去っていた。
治癒が完了すると、フェンリルはゆっくりと身を起こした。その巨体からは、先ほどまでの刺すような敵意は消え、代わりに畏敬と、そして純粋な好奇心に満ちた眼差しが私に向けられていた。
『汝、何者だ。人間の女が、なぜ神代の癒やしの力を使える?その力は、とうの昔に失われたはず』
頭の中に、直接、重々しくも澄んだ声が響いた。テレパシーだ。聖獣や竜などの高位の存在が使うとされる、意思疎通の方法。
「私はエリアーナ・フォン・ヴァイスランド。この土地の新しい領主よ。あなたは、伝説の聖獣フェンリルでしょう?」
『……いかにも。我が名はシラス。この森の主だ。汝の力、まこと見事。我が傷を癒やせる人間など、幾千年もの間、存在しなかった』
シラスと名乗ったフェンリルは、私の周りをゆっくりと歩き、匂いを嗅ぐように鼻を近づけてきた。そして、ふと何かに気づいたように、私の目をじっと見つめた。
『……なるほど。汝の魂、このヴァイスランドの大地そのものと同じ匂いがする。ヴァイスランドの血筋か。しかも、これほどまでに濃いとは。汝こそ、この地の正当な継承者。長きに渡り、我は主を待っていたのだ』
そう言うと、シラスは私の目の前に恭しく傅き、その大きな頭を垂れた。それは、騎士が王に忠誠を誓う時の、最も丁重な礼だった。
『我が主、エリアーナよ。このシラス、汝に我が身と力を捧げることを誓おう。我を汝の剣とし、盾とせよ。このヴァイスランドの大地が、我らの契約の証人とならん』
伝説の聖獣が、私に忠誠を誓っている。信じられないような出来事だった。
しかし、彼の黄金色の瞳に嘘や偽りは微塵も感じられなかった。そこにあるのは、絶対的な信頼と、未来への確かな期待だけだった。
私はそっと彼の額に手を伸ばし、その柔らかくもふもふな銀の毛皮に触れた。温かい。生きている。そして、彼の毛皮を通して、大地そのものの力強い脈動が、私の体に流れ込んでくるようだった。
「ありがとう、シラス。あなたの力、喜んで受け入れましょう。一緒に、この土地を生まれ変わらせるのよ。人々が笑って暮らせる、豊かな楽園に」
『望むところだ、我が主よ』
シラスは心地よさそうに目を細め、私の手にそっと頭をすり寄せた。その姿は、威厳ある聖獣というより、大きな犬のようで、思わず私の頬も緩んだ。
こうして、私は最強の、そして最高にもふもふな相棒を得た。
追放された令嬢と、伝説の聖獣。
私たちの国造りが、今、この瞬間に始まったのだ。
壮麗な石畳の道はとうの昔に途切れ、今はただごつごつとした岩と痩せた土が広がる荒野を、質素な馬車がひたすらに北へと進んでいる。窓の外を流れる景色は、日を追うごとに厳しさを増していた。王都周辺の豊かな緑は完全に姿を消し、代わりに背の低い針葉樹の森と、灰色の岩肌が目立つようになった。空気は澄んでいるが、肌を刺すように冷たい。ここが、王国の北。忘れられた土地、ヴァイスランドへと続く道だ。
追放されたとはいえ、私は辺境伯家の長女である。最低限の護衛と、当面の生活資金は持たされている。しかし、私に付き従う騎士たちの顔は一様に暗い。王都の近衛騎士だった彼らにとって、この辺境への同行は左遷以外の何物でもないのだろう。彼らが交わす言葉は少なく、馬車の周囲には重苦しい沈黙だけが漂っていた。
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それはまるで、これまで白黒だった世界が、極彩色の総天然色になったかのような感覚。あまりに膨大な情報量に、初めは眩暈さえ覚えたほどだ。しかし、数日も経てばこの鋭敏な感覚にも慣れ、今ではこの世界の理そのものを肌で感じているような、不思議な全能感さえあった。
「お嬢様、もうすぐヴァイスランドの森に入ります」
護衛の騎士の一人が、心配そうに声をかけてきた。近衛騎士団の中でも実直さで知られた、グレゴール隊長その人だった。
「ここからは魔物が出ると言われています。どうか、お気をつけください」
私は静かに頷き、窓の外に広がる、どこまでも続くかのような深い森を見つめた。
ヴァイスランドの森。古くから、多くの魔物や、時には伝説の獣さえもが棲むと言われる場所。王都の人々がこの地を恐れ、忌み嫌う理由の一つだ。
しかし、私の心は不思議と穏やかだった。むしろ、この森に満ちる濃密な魔力が、心地よくさえ感じられた。まるで、故郷に帰ってきたかのような安らぎ。私の中に流れるヴァイスランドの血が、この大地の魔力に共鳴しているのかもしれない。
「心配は要りません、グレゴール隊長。ここは、私の故郷ですから」
私の落ち着いた声に、グレゴール隊長はわずかに目を見開いた。彼が知るエリアーナ・フォン・ヴァイスランドは、いつも俯きがちで声も小さく、地味な印象の令嬢だったはずだ。今の私の姿に、彼は少なからず困惑しているようだった。
さらに半日ほど馬車に揺られ、ようやく森を抜けた先に、古びた館が見えてきた。石造りの、質実剛健だがお世辞にも美しいとは言えないその館が、私の実家であり、これからの私の城となるヴァイスランド辺境伯邸だ。両親が亡くなってからは最低限の管理人しかおらず、すっかり寂れてしまっている。
馬車が止まり、扉が開かれる。
出迎えてくれたのは、父の代からこの地に仕える数名の年老いた使用人だけだった。彼らの顔には、長年の厳しい生活と、諦めが深く刻まれている。
「エリアーナお嬢様、よくぞご無事で……。しかし、このような場所に追いやられるとは……なんとお労しい」
老執事のセバスが、涙ながらに私の手を取った。彼の皺だらけの手は、冷たく、そして固かった。私はその手を優しく握り返し、精一杯の笑顔を作ってみせた。
「心配しないで、セバス。私は大丈夫。むしろ、これからが楽しみなくらいよ」
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屋敷に一歩足を踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。調度品は手入れこそされているものの、どれも古びており、かつての栄華を偲ばせるものは何一つない。屋敷の周りに広がる土地は痩せこけ、冷たい風が常に吹きすさび、畑には申し訳程度の根菜が植えられているだけ。これでは、厳しい冬を越すのも一苦労だろう。
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「お恥ずかしながら、お嬢様。私のような老いぼれでは、何も……。旦那様が亡くなられてから、この土地は坂を転げ落ちる一方でした。税だけは王家から厳しく取り立てられ、民の暮らしは困窮を極めております。若い者は皆、見切りをつけて南の街へ出て行ってしまいました。今ここに残っているのは、もはや他に行く当てのない年寄りばかりでございます」
その言葉は、私の胸に重くのしかかった。
これが、私の領地の現実。私が守るべき民の、今の姿なのだ。
その夜、私は自室の窓から、月明かりに照らされた領地を眺めていた。凍てついた大地、まばらに灯る家々の寂しい光。このままではいけない。人々が希望を持って暮らせる場所にしなければ。そのためには、まずこの土地の本当の姿を知る必要がある。この大地に眠る、本当の力を。
翌朝、私は護衛も連れず、一人で屋敷を出た。軽装の旅支度に、腰には護身用の短剣を一本差している。
「お嬢様!どちらへ!お一人では危険でございます!」
セバスが血相を変えて止めようとしたが、私の決意は固かった。
「この土地の主として、自分の目で確かめたいことがあるの。大丈夫、すぐに戻るわ」
そう告げると、彼は悲しそうな顔で引き下がった。グレゴール隊長も何か言いたげな顔をしていたが、私の真剣な眼差しに気圧されたのか、黙って頭を下げた。
私は、昨日馬車の中から感じていた、特に強い魔力の流れを目指して歩き始めた。それは、あのヴァイスランドの森の、さらに奥深くから発せられているようだった。普通の人間なら足を踏み入れることさえ躊躇うだろう深い森の中を、私は迷うことなく進んでいく。木々のざわめき、獣の気配。その全てが、私を拒絶するのではなく、むしろ歓迎しているように感じられた。
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一時間ほど歩いただろうか。森の最も深い場所で、私は信じられない光景を目にした。
周囲は雪が薄っすらと積もっているというのに、そこだけ円形に緑の草が生い茂り、まるで春のような陽気に包まれているのだ。明らかに、強力な魔力によって守られた聖域。
そして、その中心に、一頭の巨大な獣が横たわっていた。
体長は大型の馬よりも遥かに大きく、全身が月光を編み込んだかのような美しい銀色の毛皮で覆われている。鋭い牙、しなやかで力強い四肢。その姿は、私が幼い頃に読んだ建国神話の絵本で見た、あの伝説の聖獣そのものだった。
神狼フェンリル。
そのフェンリルが、苦しげに息をしながら、脇腹から血を流していた。傷口は黒く変色し、邪悪な瘴気を放っている。どうやら、相当に厄介な相手との戦いで、深い傷を負ったらしい。
私が近づくと、フェンリルは唸り声を上げ、敵意に満ちた黄金色の瞳で私を睨みつけた。その威圧感は凄まじく、並の騎士であれば腰を抜かしていただろう。しかし、私には不思議と恐れは感じなかった。むしろ、その気高い魂に、深い敬意を覚えた。
「怖がらないで。あなたを助けに来たの」
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フェンリルは警戒を解かない。その黄金の瞳は、私という存在を値踏みするように、じっと見据えている。私は構わず、さらに魔法の光を強めていく。光は柔らかな球体となり、ふわりと浮き上がると、まるで意志を持っているかのように、フェンリルの傷口へと吸い込まれていった。
『――ッ!?』
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傷口から立ち上っていた瘴気が、翠色の光に触れた途端、霧散していく。そして、深く裂かれていた皮膚が、みるみるうちに塞がっていくのだ。数分後には、あれほど深かった傷は跡形もなく消え去っていた。
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『我が主、エリアーナよ。このシラス、汝に我が身と力を捧げることを誓おう。我を汝の剣とし、盾とせよ。このヴァイスランドの大地が、我らの契約の証人とならん』
伝説の聖獣が、私に忠誠を誓っている。信じられないような出来事だった。
しかし、彼の黄金色の瞳に嘘や偽りは微塵も感じられなかった。そこにあるのは、絶対的な信頼と、未来への確かな期待だけだった。
私はそっと彼の額に手を伸ばし、その柔らかくもふもふな銀の毛皮に触れた。温かい。生きている。そして、彼の毛皮を通して、大地そのものの力強い脈動が、私の体に流れ込んでくるようだった。
「ありがとう、シラス。あなたの力、喜んで受け入れましょう。一緒に、この土地を生まれ変わらせるのよ。人々が笑って暮らせる、豊かな楽園に」
『望むところだ、我が主よ』
シラスは心地よさそうに目を細め、私の手にそっと頭をすり寄せた。その姿は、威厳ある聖獣というより、大きな犬のようで、思わず私の頬も緩んだ。
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