【奨励賞】元・地味な令嬢ですが、婚約破棄されたので聖獣と建国します~追放した王太子と聖女は、今さら私を求めないでください~

旅する書斎(☆ほしい)

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ボリンの頼もしい返事を聞き、私は満足して頷いた。
ヴァイスランド鋼で作られた農具は、民の生活を劇的に改善するに違いない。硬く凍てついていた大地を容易に耕せるようになれば、ヴァイス麦の収穫量も飛躍的に増えるはずだ。食料の安定は国の礎。まずはそこを盤石にするのが先決だった。

しかし、私の思考はすでにその先を見据えていた。
生産した鋼を、改良された農具を、そして将来的に生み出されるであろう様々な産物を、どうすれば効率よく領内に行き渡らせることができるか。

製鉄所は資源が豊富な岩山の麓にある。村まではそれなりの距離があり、現状の輸送手段は旧式の馬車だけだ。これでは生産量が増えれば増えるほど、輸送が追いつかなくなるのは火を見るより明らかだった。

「物流……。まずは道、かしら」

私がぽつりと呟くと、傍らに控えていたシラスが黄金の瞳を私に向けた。

『道か。確かに、この辺りの道は獣道と大差ないな。人間が作ったものは、とうの昔に自然に還っている』

「ええ。しっかりとした道を整備する必要があるわね。それも、ただの石畳の道じゃない。もっと画期的な輸送の仕組みを創りたい」

私の頭の中に、一つの壮大な構想が浮かび上がっていた。それは、この世界の誰もが思いつきもしないような、全く新しい輸送の革命だった。

その日の夕方、私は再び集会所に主要なメンバーを集めた。
クラウス、グレゴール隊長、ガンツ、そしてボリン、ヒューゴ、ラルス、マーサの職人たち。彼らは製鉄所の成功で自信に満ち溢れ、その顔は活気に輝いている。

「皆さん、今日は集まってくれてありがとう。製鉄所の成功、本当に見事でした。ですが、私たちはここで立ち止まるわけにはいきません。今日は、次の計画について皆さんに話したいことがあります」

私の言葉に、全員が真剣な表情で居住まいを正した。

「私たちは、このヴァイスランドに、新しい道を創ります。それは、鋼のレールを敷き、その上を走る『蒸気機関車』を開発するという計画です」

「じょ、蒸気機関車……?」

聞き慣れない言葉に、誰もが不思議そうに首を傾げた。
私は再び創成魔法を使い、集会所の床に土を盛り上げ、立体模型を創り出す。そこには、二本の平行なレールの上に乗った、奇妙な形の車両が姿を現した。先頭の車両からは煙突が伸び、力強い印象を与える。

「これは、温泉やマグマと同じ、地熱の力を利用します。水を熱して発生させた高圧の蒸気の力で車輪を動かし、たくさんの荷物や人を運ぶのです。その速さと輸送力は、馬車とは比べ物になりません」

私は模型の車両を、指でそっと押した。車両はレールの上を滑るようにスムーズに動き出す。その滑らかな動きに、皆が息を呑んだ。

「こ、こんなものが……本当に作れるんでやすか……?」

ボリンが目を丸くして尋ねる。彼の専門分野である「鉄」が、この計画の根幹を成しているのだ。興味を惹かれないはずがなかった。

「作れます。このヴァイスランド鋼の強度と、私たちの地熱利用技術があれば。ボリン、あなたにはこのレールの製造と、車体の骨格をお願いしたい」
「ラルス、あなたは枕木と、駅となる建物の建設を」
「ヒューゴ、あなたはレールの土台となる路盤の整備と、必要な橋の建設をお願いします」

次々と役割を振られ、職人たちの顔に緊張と興奮の色が浮かぶ。

「ガンツ、あなたは全体の工程管理と、将来的な商業利用の計画立案を」
「グレゴール隊長、あなたには建設中の警備と、安全な運行ルートの策定をお願いします」

「はっ! かしこまりました!」

皆が力強く返事をする。その目には、不可能を可能にしようという、挑戦者の光が宿っていた。

「まずは、この村と製鉄所を結ぶ路線から始めましょう。これが完成すれば、資材や製品の輸送効率は、今の数十倍にもなるはずです」

計画の全体像が示され、具体的な目標が定まったことで、集会所は再び熱気に包まれた。皆が模型を囲み、ああでもないこうでもないと活発に意見を交わし始めている。その光景を、私は微笑ましく眺めていた。

翌日、私はグレゴール隊長とヒューゴ、そしてシラスを伴い、路線のルートを調査するために村を出た。製鉄所までは、直線距離で約三十キロ。途中には深い森や、切り立った崖など、いくつかの難所が存在する。

「エリアーナ様、あちらの崖は、どう見ても道を通すのは不可能です。大きく迂回するしか……」

馬に乗りながら、グレゴール隊長が険しい顔で前方を指差した。そこには、巨大な岩盤が剥き出しになった崖が、まるで壁のようにそびえ立っている。確かに、ここを切り開いて道を作るのは、並大抵のことではないだろう。

「迂回すれば、それだけ時間も資材も余計にかかります。少し待っていてください」

私は馬から降りると、崖の前に立った。そして、両手を岩盤にそっと触れる。創成魔法を発動させ、岩盤の内部構造を、分子レベルで解析していく。
なるほど、一枚岩に見えるが、内部にはいくつかの断層が走っている。それを利用すれば……。

「シラス、少し離れていて」

私はシラスたちを下がらせると、魔力を一気に高めた。私の足元から、眩い光の紋様が広がり、崖全体を包み込む。

「構造再編――『穿て』」

私が静かに命じると、巨大な岩盤が、まるで柔らかい粘土のように形を変え始めた。
ゴゴゴゴゴ……という地響きと共に、崖の中心部分が内側へと凹んでいく。そして、みるみるうちに、美しいアーチ状のトンネルが形成されていった。内部の壁面は、まるで磨き上げられたかのように滑らかだ。

「なっ……!?」
「崖が……一瞬でトンネルに……!?」

グレゴール隊長とヒューゴが、目の前の光景を信じられないといった様子で、呆然と立ち尽くしている。彼らの常識では、到底理解の及ばない現象だろう。

『ふむ。主の力は、日に日に強力かつ精密になっていくな』

シラスだけが、何でもないことのように言った。

「これで、問題は解決しましたね。さあ、先へ進みましょう」

私は何事もなかったかのように微笑み、再び馬に乗った。グレゴール隊長たちは、しばらくの間、開いた口が塞がらない様子だったが、やがて我に返ると、畏敬の念に満ちた目で私を見つめ、慌てて後に続いたのだった。

その後も、私たちはいくつかの難所に遭遇したが、その度に私は創成魔法で問題を解決していった。深い谷には、岩盤から直接削り出した頑丈な石橋を架け、ぬかるんだ湿地帯は、地面そのものを固化させて安定した路盤に変えた。

ルート調査は、たったの一日で完了した。私が創り出した完璧なルートマップを手に、ヒューゴとラルスは「これならば、我々の仕事は半分以上終わったようなものです!」と興奮気味に語っていた。

蒸気機関車の路線建設は、製鉄所の時を上回るほどの熱気の中で進められた。
ヒューゴの石工チームが、私が示したルートに沿って、驚異的な速さで路盤を固めていく。その上に、ラルスの大工チームが、寸分の狂いもなく枕木を設置していく。

そして、製鉄所では、ボリンがヴァイスランド鋼を使ったレールの大量生産に成功していた。新しく開発した圧延機を使い、均一で高品質なレールが、次々と生み出されていく。

ガンツは、商人としての経験を活かし、資材の調達から人員の配置、食事の配給に至るまで、全ての工程を滞りなく管理していた。彼の采配のおかげで、大規模な建設にもかかわらず、現場で混乱が起きることは一切なかった。

私は、彼らが最高のパフォーマンスを発揮できるよう、後方支援に徹した。創成魔法で、疲労を回復させるポーションを作ったり、天候を安定させたり、時には夜でも作業ができるように、上空に月光のような優しい光を灯したりもした。

そんなある日、織物職人のマーサが、少し緊張した面持ちで私の元を訪ねてきた。彼女は、ガンツの商隊にいた女性たちのまとめ役で、その誠実な人柄から、村の女性たちからも慕われている。

「エリアーナ様、少しだけ、お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。どうしましたか、マーサ」

私が作業の手を休めて彼女に向き直ると、彼女は一枚の布を、大切そうに差し出した。
それは、見たこともないような、美しい光沢を持つ布だった。触れてみると、驚くほど滑らかで、そして信じられないほど軽い。

「これは……?」

「はい。この土地で採れる『月光草』という植物の繊維と、シラス様の毛を少しだけ分けていただき、私が新しく開発した織機で織り上げた布でございます」

『我の毛だと?』

私の隣でうたた寝をしていたシラスが、片目を開けて反応した。

「ええ、シラス様。あなたの抜け毛は、素晴らしい魔力を秘めています。それを少し混ぜるだけで、糸の強度が格段に上がり、このような光沢が生まれるのです。この布は、驚くほど丈夫で、火にも水にも強く、そして何より、着ているだけで魔力の回復を助ける効果があるようなのです」

マーサの説明に、私は目を見開いた。ただの美しい布ではない。それは、もはや一種の魔道具と呼べるほどの性能を秘めていた。

「素晴らしいわ、マーサ! あなたは、とんでもないものを発明したのよ!」

私が手放しで賞賛すると、マーサははにかみながらも、嬉しそうに微笑んだ。

「エリアーナ様や、ボリンさんたちが、次々と新しいものを生み出していくのを見て、私にも何かできないか、と思ったのです。この布が、少しでもヴァイスランドの役に立てば……」

「ええ、もちろん役に立つわ! これで服を作れば、騎士団の防具の下に着るインナーとして最適でしょうし、寒さの厳しいこの土地で暮らす人々の、何よりの防寒着になるはずよ。マーサ、あなたに、この新しい布の生産を正式にお願いします。必要なものは、何でも言ってください。私が用意します」

「は、はい! ありがとうございます!」

マーサは、目に涙を浮かべて深々と頭を下げた。

この出来事は、私にとって、製てつ所の完成と同じくらい嬉しいものだった。私の国造りは、私一人の力で進んでいるのではない。ここにいる人々、一人一人が、自らの意志で、自らの技術で、この国を豊かにしようとしている。その事実が、私の心を温かく満たした。
ヴァイスランドは、着実に成長している。それは、まるで一つの生命体のように、力強く、そしてしなやかに。
私は、この国の未来が、どこまでも明るいものであることを、確信していた。

そして、路線建設開始から二ヶ月後。ついに、村と製鉄所を結ぶ、全長三十キロの路線が完成した。
完成した線路の上には、ボリンたちが総力を挙げて作り上げた、銀色に輝く蒸気機関車の第一号機が、静かに出発の時を待っていた。
その姿は、私が創り出した模型よりも、ずっと力強く、そして美しかった。

私は、その機関車に、シラスへの敬意を込めて『シルヴァヌス号』と名付けた。
ヴァイスランドの新たな時代を切り開く、銀色の狼。
その雄姿を、住民全員が、固唾を飲んで見守っていた。

私は、集まった人々に向かって、高らかに宣言した。
「皆さん、今日、ヴァイスランドは、新たな一歩を踏み出します! このシルヴァヌス号が、私たちの未来を、希望の場所へと運んでくれるでしょう!」

私の言葉を合図に、シルヴァヌス号が、甲高い汽笛を鳴り響かせた。
それは、新しい時代の幕開けを告げる、産声のようだった。

機関室には、誇らしげな顔のボリンが立っている。彼がレバーを引くと、車輪がゆっくりと、しかし力強く回転を始めた。
銀色の車体が、滑るようにレールの上を走り出す。
その光景に、地鳴りのような歓声が沸き起こった。

人々は涙を流し、抱き合い、自分たちの手で成し遂げた偉業を、心から喜び合っていた。
私も、その光景を目に焼き付けながら、こみ上げてくる熱いものを感じていた。
王都を追放された、あの日の私には、想像もできなかった光景だ。
私は、決して一人ではない。
こんなにも、素晴らしい仲間たちと共にいるのだから。

シルヴァヌス号は、徐々にスピードを上げていく。
車窓から見える景色が、目まぐるしく後ろへと流れていく。
馬車とは比べ物にならない速さと、快適さ。
これこそが、私たちが創り上げた、未来の力だった。

私は、隣に座るシラスの首筋に、そっと額を寄せた。

『主よ、良い眺めだな』

「ええ、本当に。最高の眺めよ、シラス」
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