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第7話を修正いたしました。感想でのご指摘ありがとうございます。
*
グレゴール隊長の力強い快諾を得た私は、すぐさま行動に移した。「ヴァイスランド防衛隊」の創設を、村中に布告したのだ。
食料と住居が満たされ、未来への確かな希望が見えてきた今、自分たちの手でこの幸福な暮らしを守りたいと考える者は多かった。特に、血気盛んな若者たちの反応は早かった。
布告からわずか数日のうちに、五十名もの若者が志願してくれた。その中には、私がこの地に来た頃には栄養失調で痩せこけていた少年たちの、逞しく成長した姿もあって、私の胸を熱くさせた。
練兵場として新しく整備された広場に、志願者たちが整列している。私はその前に立ち、一人一人の顔を見渡しながら語りかけた。
「皆、よく集まってくれた。今日この瞬間から、君たちはヴァイスランドの民の生命と財産を守る、誇り高き防衛隊の一員となる」
私の言葉に、若者たちの表情が引き締まる。
「訓練は厳しいだろう。時には逃げ出したくなる日もあるかもしれない。だが、それを乗り越えた時、君たちは真の強さを手に入れる。それは、誰かを傷つけるための力ではない。愛する家族を、仲間を、そしてこの故郷を守るための、聖なる力だ。グレゴール隊長のもと、立派な兵士になってくれることを心から期待している」
彼らの目は、緊張の中にも強い決意の光を宿して、真っ直ぐに私を見つめ返していた。
「「「はっ!」」」
若々しく、それでいて覚悟の定まった力強い返事が、ヴァイスランドの青空に響き渡った。その頼もしい姿を、グレゴール隊長が満足げに眺めている。
「お任せください、エリアーナ様。彼らを、王都の近衛騎士団にも劣らぬ精鋭に育ててみせます」
「ええ、頼りにしています。ですが、兵士の質だけでは万全とは言えません。彼らが最高の力を発揮できるよう、最高の装備も必要になります」
私はその足で、シルヴァヌス号に乗り込み製鉄所へと向かった。轟音と共に走り出す蒸気機関車は、もはやこの国の頼もしい心臓だ。目的地まではあっという間だった。
製鉄所に着くや否や、私は鍛冶場の熱気の中で汗を流すボリンの元へ急いだ。
「ボリン、急ぎで頼みたいものがあります。防衛隊のための、全く新しい武具と防具を開発してほしいのです」
作業台の上に、私が徹夜で描き上げた設計図の束を広げる。そこには、私が持つ知識と創成魔法を駆使して考案した、この世界の常識を覆す剣や鎧、盾の詳細が描かれていた。
「こ、これは……なんという鎧だ……!?」
ボリンは、設計図の一枚を食い入るように見つめ、鍛冶師としての驚愕の声を上げた。
私が設計したのは、従来の重々しいだけの金属鎧とは全く異なるコンセプトのものだった。ヴァイスランド鋼を紙のように薄く延ばした板金を、衝撃を分散・吸収するハニカム構造で組み合わせる。そして、可動が重要な関節部分は、マーサの生み出したルナシルクの強靭な生地で繋ぐ。これにより、鉄壁の防御力と、まるで普段着のような機動性を両立させる。まさに、全く新しい概念の鎧だった。
「この構造なら、全身を覆いながらも、驚くほど自由に動けるはずです。剣のデザインも、重心や刃の角度を計算し尽くし、最小の力で最大の破壊力を生み出せるようにしてあります」
「すげえ……すげえや、エリアーナ様!あんたの頭の中は、一体どうなってんだ!こんなもん、ただの鍛冶屋じゃ一生かかっても思いつきもしねえ!」
ボリンは、職人としての興奮を隠しきれない様子で、設計図を一枚一枚、穴が開くほど見つめている。
「ようし、わかった!任せてくれ、エリアーナ様!俺の、いや、俺たちの持てる技術の全てを注ぎ込んで、世界最高の武具を創り上げてみせるぜ!」
彼の力強い言葉に、私は頷いた。そして、今度は織物工房にいるマーサの元へ向かう。
「マーサ、あなたにもお願いがあります。この鎧の下に着る、専用のアンダーアーマーを作ってほしいのです」
私はマーサに、ルナシルクを使った新しい衣服の設計図を見せた。それは、体の動きを阻害しない立体的な裁断が施され、衝撃を緩和し、さらに着用者の体温を一定に保つ機能を持つ、高性能なインナーだった。
「まあ、素晴らしいですわ、エリアーナ様。この構造なら、ルナシルクの持つ魔力回復効果も、最大限に引き出すことができます。すぐさま、試作品の製作に取り掛かります」
マーサもまた、職人としての探求心を刺激されたのか、生き生きとした表情で頷いた。
こうして、ヴァイスランドの防衛力強化は、兵士の訓練と、装備の開発という両面から、急ピッチで進められることになった。
数週間後。ボリンとマーサ、そして職人たちの総力を結集して完成した装備一式が、練兵場に運び込まれた。
若者たちの前にずらりと並べられたのは、月光を浴びたかのように輝く銀白色の鎧と、機能美に溢れた剣。その洗練された姿に、誰もが息を呑んだ。
「今日から、これが君たちの装備だ。この鎧は、ヴァイスランド鋼とルナシルクの粋を集めて作られた、世界最高の防具だ。君たちの命を、必ずや守ってくれるだろう」
グレゴール隊長がそう言うと、若者たちから期待に満ちた歓声が上がった。
早速、全員が新しい装備を身につける。
「すごい……なんて軽いんだ!」
「本当に、鎧を着ている感じがしない!」
「これなら、どこまでも走れそうだ!」
若者たちは、その驚異的な動きやすさに、口々に驚きの声を上げる。
そこで、グレゴール隊長は性能を試すため、一人の兵士に、古い鉄の剣で斬りかかってみるよう命じた。
「えっ!?そ、そんな、隊長を斬るなんて……!」
兵士は戸惑ったが、グレゴール隊長は「案ずるな。思い切りこい」と力強く促す。
兵士は意を決して、隊長の胸元に斬りかかった。
キィィンッ!
耳障りな金属音と共に、振り下ろされた鉄の剣はヴァイスランド鋼の鎧に滑るように弾かれた。それどころか、斬りつけた側の鉄の剣の刃が、無惨に欠け落ちてしまったのだ。グレゴール隊長の胸当てには、浅い傷一つついていない。
「「「おおおおおっ!!」」」
信じられない光景に、広場は地鳴りのようなどよめきに包まれた。若者たちは、自分たちがこれから身につける鎧の、その圧倒的な防御力を目の当たりにして、興奮を隠せずにいた。
「これが、ヴァイスランドの力だ!この装備と、君たちの勇気があれば、我々はどんな敵をも恐れるに足りん!誇りを持て!我々は、エリアーナ様が創りし、この楽園を守る、最初の盾なのだ!」
グレゴール隊長の檄が飛ぶ。若者たちの士気は、最高潮に達していた。
兵士と装備が整った。次は、彼らが拠点とする城塞だ。
私はシラスの背に乗り、グレゴール隊長と石工のヒューゴを伴って領内を視察して回った。
「南の街道を見下ろす、この丘の上。ここに最初の砦を築きましょう。街道を往来する者たちを監視し、不審な動きがあればすぐに対応できる、ヴァイスランドの南門となる場所です」
私はそう宣言すると、丘の頂で馬から降り、大地にそっと手を触れた。そして、体内の魔力を一気に解放する。
「創成魔法――『不動の城塞』」
大地が咆哮のような轟音と共に激しく震え、丘そのものが形を変え始めた。地面が隆起して分厚い城壁となり、岩盤が削られて物見櫓となる。みるみるうちに、堅牢な石造りの砦が姿を現した。それは、後から建てたのではなく、まるで最初からその丘と一体であったかのような、完璧な調和を見せた天然の要害だった。
内部には兵舎や食料庫はもちろん、シルヴァヌス号の地下駅へと繋がる秘密の通路まで、私の設計通りに完璧に構築されている。
「こ、これは……もはや人の技ではない……神の御業だ……」
石工であるヒューゴが、目の前の光景に呆然と立ち尽くしている。
私は、同様の砦を、東の森、西の山脈へと続く道にも、次々と創り上げていった。そして、それらの拠点を結ぶように、シルヴァヌス号の路線を延長していく。これにより、どこかで有事が発生しても、即座に本体から援軍を送ることが可能な、機動的な防衛網が完成した。
わずか一ヶ月ほどの間に、ヴァイスランドは、小規模ながらも、どの国の軍隊も寄せ付けないであろう、鉄壁の防衛力を手に入れた。
これで、一安心できる。私は、完成した南の砦の城壁の上から、眼下に広がる領地を眺めながら、そんなことを考えていた。
『主よ、南から来るぞ』
不意に、隣にいたシラスが、低い声で言った。
「え?何が……」
私が聞き返した瞬間、砦の見張り台から、兵士の鋭い声が響いた。
「報告します!南の街道に、所属不明の武装集団を確認!数はおよそ二十!こちらに向かってきます!」
「なに!?」
私はすぐさま、砦の最上階へと駆け上がった。備え付けられていた、私が創成魔法で作った高性能な望遠鏡を覗くと、確かに、街道をこちらへ向かってくる一団の姿が見えた。
先頭には、見慣れない意匠の旗が掲げられている。兵士たちは皆、一様に疲弊した様子で、その足取りは重い。商隊ではない。明らかに、軍隊の編成だった。
「グレゴール隊長!臨戦態勢!相手の目的が分かるまで、決して攻撃はしないで。まずは対話を図ります」
「はっ!」
グレゴール隊長の号令一下、砦はにわかに緊張に包まれた。城壁には、真新しい鎧に身を包んだ防衛隊の兵士たちが、弓を構えてずらりと並ぶ。その統率の取れた動きは、もはや素人の集まりではなかった。
やがて、謎の一団は砦の麓までやってくると、そこで足を止めた。彼らもまた、突如として現れた壮麗な砦の姿に、驚きを隠せない様子だった。
一団の中から、隊長らしき人物が一人、馬に乗って前に進み出てきた。
「我々は、隣接するゴードン男爵領の騎士団である!この地に新しく領主となられた、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド様にお目通りを願いたい!我々に、敵意はない!」
その声は、拡声の魔道具を使っているのか、砦の上まで明瞭に届いた。
ゴードン男爵領。ヴァイスランドの南に位置する、小さな領地だ。痩せた土地で、これといった産業もない、貧しい領地だと聞いている。
「どうしますか、エリアーナ様」
グレゴール隊長が、私の判断を仰ぐ。
「……私が会います。門を開けてください。ただし、中に入れるのは、使者の方一人のみ、と伝えて」
私は覚悟を決め、城壁を降りていった。これが、ヴァイスランドにとって、初めての公式な外交となる。
門の前で待っていると、先ほどの隊長が、馬から降りて一人で砦の中へと入ってきた。彼は年の頃四十代だろうか。歴戦の騎士らしく、その顔には深い傷跡が刻まれているが、その瞳には誠実そうな光が宿っていた。
彼は、私と、私の隣に控える巨大なシラスの姿を見ると、一瞬、息を呑んだ。しかし、すぐに気を取り直すと、その場で恭しく膝をついた。
「お初にお目にかかります、エリアーナ様。私は、ゴードン男爵家に仕えます、騎士団長のダグラスと申します。この度は、突然の訪問、何卒ご容赦いただきたい」
「顔を上げてください、ダグラス殿。して、ゴードン男爵からのご用件は、一体何でしょう。わざわざ騎士団長自らが、このような辺境まで足を運ばれるとは、よほどの緊急事態とお見受けしますが」
私の言葉に、ダグラスは悔しそうに顔を歪めた。
「……お恥ずかしながら、エリアーナ様のお察しの通りです。我がゴードン領は今、滅亡の危機に瀕しております」
彼の口から語られた話は、私の想像以上に深刻なものだった。
「我がゴードン領では、ここ数ヶ月、原因不明の凶作が続いております。大地は痩せ、作物は枯れ、領民は飢えに苦しんでおります。それに追い打ちをかけるように、これまで大人しかったはずの森の魔物が、なぜか凶暴化し、夜な夜な村を襲うようになりました」
ダグラスは悔しそうに拳を握りしめる。
「我ら騎士団も、連日の戦いで多くの仲間を失い、皆、疲弊しきっております。もはや、領地を守りきる力は……残されておりません」
「……我々は、万策尽きました。もはや、神に祈ることしかできぬと、誰もが絶望しかけておりました。そんな時、商人たちから、北のヴァイスランドの噂を耳にしたのです。銀髪の女神様が不毛の大地を緑豊かな楽園に変え、病を癒やす奇跡の温泉を湧かせ、栄養満点の不思議な穀物で人々を飢えから救っておられる、と」
ダグラスは、懇願するような目で、私をまっすぐに見つめた。
「正直、最初は信じられませんでした。しかし、この地に足を踏み入れ、この壮麗な砦を目の当たりにし、確信いたしました。噂は、真実であったのだと」
彼は、再び深く頭を下げた。その額が、地面につきそうなくらいだった。
「エリアーナ様!どうか、我々をお救いください!このままでは、我らが領民は、冬を越せずに皆、死に絶えてしまいます!我らが主、ゴードン男爵に、どうか一度、お会いいただき、そのお知恵とお力をお貸しいただけないでしょうか!」
彼の声は、切実だった。一人の騎士としてではなく、民を思う一人の人間としての、魂からの叫びだった。
私は、隣に立つシラスと、背後に控えるグレゴール隊長に視線を送った。シラスは静かに黄金の瞳を細め、グレゴール隊長は真剣な表情で私の決断を待っている。
他国の問題に、介入すべきか否か。
まだ国として産声を上げたばかりのヴァイスランドに、それだけの余力があるとは言えない。下手に手を出せば、こちらが共倒れになる危険性すらある。
しかし、目の前で助けを求める人々を、このまま見捨てることなど私にできるだろうか。飢えと魔物に脅える民の姿が、かつてのヴァイスランドの領民たちの姿と重なる。
領主として、国を守るための冷静な判断を下すべきか。それとも、一人の人間として、救いの手を差し伸べるべきか。
私は、どう応えるべきか、静かに思考を巡らせ始めた。
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グレゴール隊長の力強い快諾を得た私は、すぐさま行動に移した。「ヴァイスランド防衛隊」の創設を、村中に布告したのだ。
食料と住居が満たされ、未来への確かな希望が見えてきた今、自分たちの手でこの幸福な暮らしを守りたいと考える者は多かった。特に、血気盛んな若者たちの反応は早かった。
布告からわずか数日のうちに、五十名もの若者が志願してくれた。その中には、私がこの地に来た頃には栄養失調で痩せこけていた少年たちの、逞しく成長した姿もあって、私の胸を熱くさせた。
練兵場として新しく整備された広場に、志願者たちが整列している。私はその前に立ち、一人一人の顔を見渡しながら語りかけた。
「皆、よく集まってくれた。今日この瞬間から、君たちはヴァイスランドの民の生命と財産を守る、誇り高き防衛隊の一員となる」
私の言葉に、若者たちの表情が引き締まる。
「訓練は厳しいだろう。時には逃げ出したくなる日もあるかもしれない。だが、それを乗り越えた時、君たちは真の強さを手に入れる。それは、誰かを傷つけるための力ではない。愛する家族を、仲間を、そしてこの故郷を守るための、聖なる力だ。グレゴール隊長のもと、立派な兵士になってくれることを心から期待している」
彼らの目は、緊張の中にも強い決意の光を宿して、真っ直ぐに私を見つめ返していた。
「「「はっ!」」」
若々しく、それでいて覚悟の定まった力強い返事が、ヴァイスランドの青空に響き渡った。その頼もしい姿を、グレゴール隊長が満足げに眺めている。
「お任せください、エリアーナ様。彼らを、王都の近衛騎士団にも劣らぬ精鋭に育ててみせます」
「ええ、頼りにしています。ですが、兵士の質だけでは万全とは言えません。彼らが最高の力を発揮できるよう、最高の装備も必要になります」
私はその足で、シルヴァヌス号に乗り込み製鉄所へと向かった。轟音と共に走り出す蒸気機関車は、もはやこの国の頼もしい心臓だ。目的地まではあっという間だった。
製鉄所に着くや否や、私は鍛冶場の熱気の中で汗を流すボリンの元へ急いだ。
「ボリン、急ぎで頼みたいものがあります。防衛隊のための、全く新しい武具と防具を開発してほしいのです」
作業台の上に、私が徹夜で描き上げた設計図の束を広げる。そこには、私が持つ知識と創成魔法を駆使して考案した、この世界の常識を覆す剣や鎧、盾の詳細が描かれていた。
「こ、これは……なんという鎧だ……!?」
ボリンは、設計図の一枚を食い入るように見つめ、鍛冶師としての驚愕の声を上げた。
私が設計したのは、従来の重々しいだけの金属鎧とは全く異なるコンセプトのものだった。ヴァイスランド鋼を紙のように薄く延ばした板金を、衝撃を分散・吸収するハニカム構造で組み合わせる。そして、可動が重要な関節部分は、マーサの生み出したルナシルクの強靭な生地で繋ぐ。これにより、鉄壁の防御力と、まるで普段着のような機動性を両立させる。まさに、全く新しい概念の鎧だった。
「この構造なら、全身を覆いながらも、驚くほど自由に動けるはずです。剣のデザインも、重心や刃の角度を計算し尽くし、最小の力で最大の破壊力を生み出せるようにしてあります」
「すげえ……すげえや、エリアーナ様!あんたの頭の中は、一体どうなってんだ!こんなもん、ただの鍛冶屋じゃ一生かかっても思いつきもしねえ!」
ボリンは、職人としての興奮を隠しきれない様子で、設計図を一枚一枚、穴が開くほど見つめている。
「ようし、わかった!任せてくれ、エリアーナ様!俺の、いや、俺たちの持てる技術の全てを注ぎ込んで、世界最高の武具を創り上げてみせるぜ!」
彼の力強い言葉に、私は頷いた。そして、今度は織物工房にいるマーサの元へ向かう。
「マーサ、あなたにもお願いがあります。この鎧の下に着る、専用のアンダーアーマーを作ってほしいのです」
私はマーサに、ルナシルクを使った新しい衣服の設計図を見せた。それは、体の動きを阻害しない立体的な裁断が施され、衝撃を緩和し、さらに着用者の体温を一定に保つ機能を持つ、高性能なインナーだった。
「まあ、素晴らしいですわ、エリアーナ様。この構造なら、ルナシルクの持つ魔力回復効果も、最大限に引き出すことができます。すぐさま、試作品の製作に取り掛かります」
マーサもまた、職人としての探求心を刺激されたのか、生き生きとした表情で頷いた。
こうして、ヴァイスランドの防衛力強化は、兵士の訓練と、装備の開発という両面から、急ピッチで進められることになった。
数週間後。ボリンとマーサ、そして職人たちの総力を結集して完成した装備一式が、練兵場に運び込まれた。
若者たちの前にずらりと並べられたのは、月光を浴びたかのように輝く銀白色の鎧と、機能美に溢れた剣。その洗練された姿に、誰もが息を呑んだ。
「今日から、これが君たちの装備だ。この鎧は、ヴァイスランド鋼とルナシルクの粋を集めて作られた、世界最高の防具だ。君たちの命を、必ずや守ってくれるだろう」
グレゴール隊長がそう言うと、若者たちから期待に満ちた歓声が上がった。
早速、全員が新しい装備を身につける。
「すごい……なんて軽いんだ!」
「本当に、鎧を着ている感じがしない!」
「これなら、どこまでも走れそうだ!」
若者たちは、その驚異的な動きやすさに、口々に驚きの声を上げる。
そこで、グレゴール隊長は性能を試すため、一人の兵士に、古い鉄の剣で斬りかかってみるよう命じた。
「えっ!?そ、そんな、隊長を斬るなんて……!」
兵士は戸惑ったが、グレゴール隊長は「案ずるな。思い切りこい」と力強く促す。
兵士は意を決して、隊長の胸元に斬りかかった。
キィィンッ!
耳障りな金属音と共に、振り下ろされた鉄の剣はヴァイスランド鋼の鎧に滑るように弾かれた。それどころか、斬りつけた側の鉄の剣の刃が、無惨に欠け落ちてしまったのだ。グレゴール隊長の胸当てには、浅い傷一つついていない。
「「「おおおおおっ!!」」」
信じられない光景に、広場は地鳴りのようなどよめきに包まれた。若者たちは、自分たちがこれから身につける鎧の、その圧倒的な防御力を目の当たりにして、興奮を隠せずにいた。
「これが、ヴァイスランドの力だ!この装備と、君たちの勇気があれば、我々はどんな敵をも恐れるに足りん!誇りを持て!我々は、エリアーナ様が創りし、この楽園を守る、最初の盾なのだ!」
グレゴール隊長の檄が飛ぶ。若者たちの士気は、最高潮に達していた。
兵士と装備が整った。次は、彼らが拠点とする城塞だ。
私はシラスの背に乗り、グレゴール隊長と石工のヒューゴを伴って領内を視察して回った。
「南の街道を見下ろす、この丘の上。ここに最初の砦を築きましょう。街道を往来する者たちを監視し、不審な動きがあればすぐに対応できる、ヴァイスランドの南門となる場所です」
私はそう宣言すると、丘の頂で馬から降り、大地にそっと手を触れた。そして、体内の魔力を一気に解放する。
「創成魔法――『不動の城塞』」
大地が咆哮のような轟音と共に激しく震え、丘そのものが形を変え始めた。地面が隆起して分厚い城壁となり、岩盤が削られて物見櫓となる。みるみるうちに、堅牢な石造りの砦が姿を現した。それは、後から建てたのではなく、まるで最初からその丘と一体であったかのような、完璧な調和を見せた天然の要害だった。
内部には兵舎や食料庫はもちろん、シルヴァヌス号の地下駅へと繋がる秘密の通路まで、私の設計通りに完璧に構築されている。
「こ、これは……もはや人の技ではない……神の御業だ……」
石工であるヒューゴが、目の前の光景に呆然と立ち尽くしている。
私は、同様の砦を、東の森、西の山脈へと続く道にも、次々と創り上げていった。そして、それらの拠点を結ぶように、シルヴァヌス号の路線を延長していく。これにより、どこかで有事が発生しても、即座に本体から援軍を送ることが可能な、機動的な防衛網が完成した。
わずか一ヶ月ほどの間に、ヴァイスランドは、小規模ながらも、どの国の軍隊も寄せ付けないであろう、鉄壁の防衛力を手に入れた。
これで、一安心できる。私は、完成した南の砦の城壁の上から、眼下に広がる領地を眺めながら、そんなことを考えていた。
『主よ、南から来るぞ』
不意に、隣にいたシラスが、低い声で言った。
「え?何が……」
私が聞き返した瞬間、砦の見張り台から、兵士の鋭い声が響いた。
「報告します!南の街道に、所属不明の武装集団を確認!数はおよそ二十!こちらに向かってきます!」
「なに!?」
私はすぐさま、砦の最上階へと駆け上がった。備え付けられていた、私が創成魔法で作った高性能な望遠鏡を覗くと、確かに、街道をこちらへ向かってくる一団の姿が見えた。
先頭には、見慣れない意匠の旗が掲げられている。兵士たちは皆、一様に疲弊した様子で、その足取りは重い。商隊ではない。明らかに、軍隊の編成だった。
「グレゴール隊長!臨戦態勢!相手の目的が分かるまで、決して攻撃はしないで。まずは対話を図ります」
「はっ!」
グレゴール隊長の号令一下、砦はにわかに緊張に包まれた。城壁には、真新しい鎧に身を包んだ防衛隊の兵士たちが、弓を構えてずらりと並ぶ。その統率の取れた動きは、もはや素人の集まりではなかった。
やがて、謎の一団は砦の麓までやってくると、そこで足を止めた。彼らもまた、突如として現れた壮麗な砦の姿に、驚きを隠せない様子だった。
一団の中から、隊長らしき人物が一人、馬に乗って前に進み出てきた。
「我々は、隣接するゴードン男爵領の騎士団である!この地に新しく領主となられた、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド様にお目通りを願いたい!我々に、敵意はない!」
その声は、拡声の魔道具を使っているのか、砦の上まで明瞭に届いた。
ゴードン男爵領。ヴァイスランドの南に位置する、小さな領地だ。痩せた土地で、これといった産業もない、貧しい領地だと聞いている。
「どうしますか、エリアーナ様」
グレゴール隊長が、私の判断を仰ぐ。
「……私が会います。門を開けてください。ただし、中に入れるのは、使者の方一人のみ、と伝えて」
私は覚悟を決め、城壁を降りていった。これが、ヴァイスランドにとって、初めての公式な外交となる。
門の前で待っていると、先ほどの隊長が、馬から降りて一人で砦の中へと入ってきた。彼は年の頃四十代だろうか。歴戦の騎士らしく、その顔には深い傷跡が刻まれているが、その瞳には誠実そうな光が宿っていた。
彼は、私と、私の隣に控える巨大なシラスの姿を見ると、一瞬、息を呑んだ。しかし、すぐに気を取り直すと、その場で恭しく膝をついた。
「お初にお目にかかります、エリアーナ様。私は、ゴードン男爵家に仕えます、騎士団長のダグラスと申します。この度は、突然の訪問、何卒ご容赦いただきたい」
「顔を上げてください、ダグラス殿。して、ゴードン男爵からのご用件は、一体何でしょう。わざわざ騎士団長自らが、このような辺境まで足を運ばれるとは、よほどの緊急事態とお見受けしますが」
私の言葉に、ダグラスは悔しそうに顔を歪めた。
「……お恥ずかしながら、エリアーナ様のお察しの通りです。我がゴードン領は今、滅亡の危機に瀕しております」
彼の口から語られた話は、私の想像以上に深刻なものだった。
「我がゴードン領では、ここ数ヶ月、原因不明の凶作が続いております。大地は痩せ、作物は枯れ、領民は飢えに苦しんでおります。それに追い打ちをかけるように、これまで大人しかったはずの森の魔物が、なぜか凶暴化し、夜な夜な村を襲うようになりました」
ダグラスは悔しそうに拳を握りしめる。
「我ら騎士団も、連日の戦いで多くの仲間を失い、皆、疲弊しきっております。もはや、領地を守りきる力は……残されておりません」
「……我々は、万策尽きました。もはや、神に祈ることしかできぬと、誰もが絶望しかけておりました。そんな時、商人たちから、北のヴァイスランドの噂を耳にしたのです。銀髪の女神様が不毛の大地を緑豊かな楽園に変え、病を癒やす奇跡の温泉を湧かせ、栄養満点の不思議な穀物で人々を飢えから救っておられる、と」
ダグラスは、懇願するような目で、私をまっすぐに見つめた。
「正直、最初は信じられませんでした。しかし、この地に足を踏み入れ、この壮麗な砦を目の当たりにし、確信いたしました。噂は、真実であったのだと」
彼は、再び深く頭を下げた。その額が、地面につきそうなくらいだった。
「エリアーナ様!どうか、我々をお救いください!このままでは、我らが領民は、冬を越せずに皆、死に絶えてしまいます!我らが主、ゴードン男爵に、どうか一度、お会いいただき、そのお知恵とお力をお貸しいただけないでしょうか!」
彼の声は、切実だった。一人の騎士としてではなく、民を思う一人の人間としての、魂からの叫びだった。
私は、隣に立つシラスと、背後に控えるグレゴール隊長に視線を送った。シラスは静かに黄金の瞳を細め、グレゴール隊長は真剣な表情で私の決断を待っている。
他国の問題に、介入すべきか否か。
まだ国として産声を上げたばかりのヴァイスランドに、それだけの余力があるとは言えない。下手に手を出せば、こちらが共倒れになる危険性すらある。
しかし、目の前で助けを求める人々を、このまま見捨てることなど私にできるだろうか。飢えと魔物に脅える民の姿が、かつてのヴァイスランドの領民たちの姿と重なる。
領主として、国を守るための冷静な判断を下すべきか。それとも、一人の人間として、救いの手を差し伸べるべきか。
私は、どう応えるべきか、静かに思考を巡らせ始めた。
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