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どれほどの時間が過ぎ去ったのだろう。
深い闇の中を永遠に落ちていくような感覚が、不意に途切れた。水底から水面を目指すように、意識がゆっくりと浮上してくる。
重い瞼を押し上げると、まず目に飛び込んできたのは、心配そうに私の顔を覗き込むシラスの大きな黄金色の瞳だった。
『主よ!気がつかれたか!』
彼の安堵に満ちたテレパシーが、まだぼんやりとした私の頭に響き渡る。私はゆっくりと体を起こした。ごつごつとした岩の上だったが、どうやらシラスが自分の体をクッションのようにして衝撃を受け止めてくれたのだろう。不思議と痛みはほとんどなかった。
「シラス……。ここは……?」
周囲を見回した私は、思わず息を呑んだ。
私たちは、巨大な地下空洞の底にいた。見上げる天井は遥か高く、大聖堂の柱のように荘厳な鍾乳石が無数に垂れ下がっている。その鍾乳石自体が、そして地面に絨毯のように生い茂る奇妙な植物や、壁を覆う厚い苔が、それぞれ淡い青や緑の幽玄な光を放っていた。
まるで、地の底に閉ざされたもう一つの夜空。満天の星々に囲まれているかのような、幻想的な光景がどこまでも広がっていた。空気はひんやりとしているが、驚くほど澄み切っており、不快感は少しもない。
『どうやら、あの遺跡のさらに下層、地の底深くまで落ちてしまったようだ。しかし、これほどの空間が地下に広がっていたとはな』
シラスも、感心したように周囲を見回している。
その時、左肩にずきりとした鋭い痛みが走り、私は思わず顔をしかめた。
「――っ!」
『主よ、その傷は!』
シラスの鋭い声に、私は自分の左肩を見た。ヴァイスランド鋼の鎧は、呪いの一撃を受けた部分が黒く溶け落ちている。その下の肌には、血管が黒く浮き出たような痣が広がり、そこから微弱な瘴気が陽炎のように立ち上っていた。マルバスが遺した、最後の置き土産だ。
「これは強力な呪いだわ。体の芯から冷気が広がり、意思とは関係なく自由が少しずつ奪われていくような、嫌な感覚がする」
鈍い痛みと共に、全身に鉛のような倦怠感が広がっていく。このまま放置すれば、いずれは全身が蝕まれ、動けなくなってしまうだろう。
シラスは私の傷口に鼻を近づけると、その黄金の瞳を厳しく細めた。
『闇の眷属が用いる、魂を蝕む呪いか。我が力でも、これを完全に浄化するには時間がかかるやもしれん』
「大丈夫よ、シラス。あなたに無理はさせられないわ」
私は創成魔法を発動させ、まず自分自身の体の構造を内側から解析した。呪いは、私の魔力の流れに絡みつき、まるで毒のように全身へと広がろうとしている。私は自分の魔力を使い、呪いがそれ以上拡散しないように、左肩の周辺に強力な結界を張った。これで、進行を一時的に食い止めることができるはずだ。
次に、私は周囲に自生している光る植物に目を向けた。その一つを手に取り、創成魔法で成分を分析する。
……なるほど。この植物には、強力な浄化作用と、生命力を活性化させる成分が含まれている。地上では見たこともない、この地下世界独自の生態系が生み出した奇跡の産物だ。
私はその植物を数本摘むと、手のひらの上で瞬時に成分を抽出し、高濃度の軟膏へと再構築した。それを、火傷のようにただれた傷口に塗り込む。ひんやりとした軟膏が、熱を持った傷の痛みを優しく和らげてくれた。黒い痣の色も、心なしか少し薄くなったように見える。
「応急処置は、これで十分ね。問題は、どうやって地上に戻るか、だけど……」
私は立ち上がり、改めてこの広大な地下空洞を見渡した。上を見上げても、私たちが落ちてきた穴は暗く、遥か彼方だ。壁をよじ登って戻るのは不可能だろう。
『この空間、どこかへ続いているはずだ。大気の流れが、僅かだが存在する』
シラスが、鼻をひくつかせながら言った。
「ええ、私もそう思うわ。出口を探しながら、進んでみましょう。何か、面白い発見があるかもしれないし」
私は、この絶望的な状況にあっても、不思議と心は落ち着いていた。むしろ、未知の世界を探検するような、強い好奇心さえ湧いてきていた。
私たちは、シラスが感じ取った僅かな風の流れを頼りに、地下空洞の奥へと歩き始めた。
幻想的な光を放つ植物群の中を進んでいくと、私たちは様々な発見をした。壁面には、地上では最高級の宝石とされるような、巨大な水晶の結晶が、当たり前のように露出している。足元には、ヴァイスランド鋼の原料となる鉄鉱石よりも、さらに純度と魔力伝導率の高い、未知の金属鉱脈が眠っていた。
「すごいわ……。ここは、宝の山ね。もし地上に持ち帰ることができれば、ヴァイスランドの技術はさらに飛躍的に発展するでしょう」
私は、いくつかの鉱石のサンプルを採取しながら、興奮気味に言った。
『ふむ。だが、今はそれよりも、主の体のことが先決だ。呪いの進行は抑えているようだが、顔色が優れんぞ』
シラスが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼の言う通り、時折、呪いの影響で目眩がし、体に力が入らなくなる瞬間があった。根本的な治療をしなければ、いずれ限界が来るだろう。
私たちは、広大な地底湖のほとりで、一度休息を取ることにした。湖の水は、信じられないほど透明で、水底で光る石の粒が、まるで天の川のようにきらめいている。
「少し、休みましょうか」
私が岩に腰を下ろすと、シラスが私の隣にそっと寄り添い、そのもふもふの体を預けさせてくれた。彼の温かさが、呪いの冷たさで蝕まれていく私の体に、じんわりと染み渡るようだった。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、シラスが体を起こし、低い唸り声を上げた。その視線は、湖の対岸にある、岩陰の一点に向けられている。
『主よ、誰かいるぞ』
「え……?」
私も、彼の視線の先を凝視した。すると、岩陰から、小さな人影がいくつも現れたのだ。
現れたのは、背丈こそ低いものの、岩から削り出したかのようにがっしりとした体つきの一団だった。誰もが豊かな髭を蓄え、その節くれだった手には、ずっしりとした戦斧や、使い込まれた頑丈そうな槌が握られている。その佇まいには、一切の隙がなかった。
その姿は、私が幼い頃に読んだ物語に登場する、伝説の種族そのものだった。
「ドワーフ……?」
私の呟きが聞こえたのか、彼らの中から、一際立派な白髭を蓄えた、長老らしきドワーフが、一歩前に進み出た。彼は、私たちを値踏みするようにじっと見つめ、やがて、その重々しい声で言った。その言葉は、私たちが使うものとは少し異なる、古い響きを持っていた。
「何者だ、お主ら。ここは、我ら『地潜り族』の領域。長きに渡り、人の子が足を踏み入れたことなどなかったはずだが」
彼の声には、強い警戒心が滲んでいる。他のドワーフたちも、武器を固く握りしめ、いつでも飛びかかれるような体勢をとっていた。
私は、ゆっくりと立ち上がると、敵意がないことを示すために、両手を広げてみせた。
「私たちは、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド。そして、こちらは私の相棒のシラスです。争うつもりはありません。私たちは、地上から落ちてきたのです」
私が名乗ると、ドワーフたちの間に、どよめきが広がった。特に、私の隣に立つシラスの姿を見た瞬間、彼らの顔には、警戒とは異なる、畏敬の念のようなものが浮かんだ。
「銀色の……神狼……。まさか、古の伝承に謳われる、大地の守り神……フェンリル様では……?」
長老らしきドワーフが、目を見開いて呟いた。
『いかにも。我こそは、この大地の古き友。そして、こちらのエリアーナは、我が主にして、この地の正当な継承者だ』
シラスが、威厳に満ちたテレパシーを、ドワーフたち全員に送った。
その神聖な声に、ドワーフたちは武器を取り落としそうになるほど驚き、そして、その場に膝をついた。
「おお……!伝承は、真であったか!我ら地潜り族の祖先が、かつて共に戦ったという、偉大なる聖獣様!」
長老は、感極まったように声を震わせている。どうやら、彼らの間には、シラスに関する伝説が語り継がれていたようだ。
長老は、改めて私に向き直ると、その深い瞳で私を見つめた。
「失礼いたしました、エリアーナ様。あなたが、フェンリル様が主と認めるお方ならば、我らが敵であるはずがない。私は、この地潜り族の長、ギムリと申します」
ギムリと名乗った長老は、ゆっくりと立ち上がった。
「して、エリアーナ様。あなた様ほどの力を持つ方が、なぜこのような地の底へ?それに、そのお体……邪悪な呪いを受けておられるご様子」
彼の鋭い眼差しは、私の肩の傷と、それを覆う瘴気を見抜いていた。
「……話せば長くなります。私たちは、地上で、この大地そのものを蝕む邪悪な存在と戦い、それを封じ込めたのです。この傷は、その時に受けたものです」
私の言葉に、ギムリは何かを察したように、深く頷いた。
「やはり、そうでしたか。我らも、感じておりました。ここ数百年、この地下世界にも、地上から不浄な気が流れ込み、我らの住処を脅かしていたのです。それが、つい先ほど、ぴたりと止んだ。もしやとは思っておりましたが、あなた様が、その元凶を断ってくださったのですな」
彼は、ドワーフたちを代表するように、再び深々と頭を下げた。
「なんと御礼を申し上げればよいか……。あなた様は、我ら地潜り族の、そしてこの大地そのものの恩人でございます。その傷、我らにお任せいただきたい。あるいは、癒やす手立てがあるやもしれませぬ」
「本当ですか!?」
思わぬ申し出に、私は思わず声を上げた。
「うむ。確約はできませぬが……。さあ、こちらへ。我らの里へ、ご案内いたします」
ギムリはそう言うと、私たちに背を向け、岩壁の方へと歩き始めた。彼が、壁の特定の場所に手を触れると、ゴゴゴ、という音と共に、岩壁の一部がせり上がり、巨大な通路が出現した。
「ようこそ、エリアーナ様、フェンリル様。我らが隠れ里、『グズ=ドゥーム』へ」
通路の向こう側には、信じられないような光景が広がっていた。
岩盤を、巨大な神殿のようにくり抜いて作られた、壮大な地下都市。無数の溶鉱炉から立ち上る炎が、街全体を明るく照らし出し、カン、カン、というリズミカルな槌の音が、地の底から力強く響き渡ってくる。そこは、ただの洞穴ではない。高度な文明と、揺るぎない生命力に満ち溢れた、ドワーフたちの王国だった。
私は、そのあまりに壮大な光景に、ただただ息を呑むしかなかった。まさか、こんな地の底深くに、これほどの文明が、誰にも知られずに息づいていたとは。
私の国造りは、この地上だけに限られたものではないのかもしれない。この地の底で息づく誇り高き民との出会いは、ヴァイスランドにとって、そして私自身にとっても、計り知れないほどの価値を持つことになるだろう。
私は確かな予感を胸に抱きながら、ギムリに導かれ、熱気と活気に満ちたドワーフの都へと、新たな世界への第一歩を踏み出した。
彼らの持つ古代の知識と技術。それは、私の創成魔法と合わさることで、きっと、想像もつかないような奇跡を生み出すに違いない。
そして、何よりもまず、この呪いを癒やさなければ。
私は、ギムリの背中を追いながら、新たな希望の光が、心の内に灯るのを感じていた。
深い闇の中を永遠に落ちていくような感覚が、不意に途切れた。水底から水面を目指すように、意識がゆっくりと浮上してくる。
重い瞼を押し上げると、まず目に飛び込んできたのは、心配そうに私の顔を覗き込むシラスの大きな黄金色の瞳だった。
『主よ!気がつかれたか!』
彼の安堵に満ちたテレパシーが、まだぼんやりとした私の頭に響き渡る。私はゆっくりと体を起こした。ごつごつとした岩の上だったが、どうやらシラスが自分の体をクッションのようにして衝撃を受け止めてくれたのだろう。不思議と痛みはほとんどなかった。
「シラス……。ここは……?」
周囲を見回した私は、思わず息を呑んだ。
私たちは、巨大な地下空洞の底にいた。見上げる天井は遥か高く、大聖堂の柱のように荘厳な鍾乳石が無数に垂れ下がっている。その鍾乳石自体が、そして地面に絨毯のように生い茂る奇妙な植物や、壁を覆う厚い苔が、それぞれ淡い青や緑の幽玄な光を放っていた。
まるで、地の底に閉ざされたもう一つの夜空。満天の星々に囲まれているかのような、幻想的な光景がどこまでも広がっていた。空気はひんやりとしているが、驚くほど澄み切っており、不快感は少しもない。
『どうやら、あの遺跡のさらに下層、地の底深くまで落ちてしまったようだ。しかし、これほどの空間が地下に広がっていたとはな』
シラスも、感心したように周囲を見回している。
その時、左肩にずきりとした鋭い痛みが走り、私は思わず顔をしかめた。
「――っ!」
『主よ、その傷は!』
シラスの鋭い声に、私は自分の左肩を見た。ヴァイスランド鋼の鎧は、呪いの一撃を受けた部分が黒く溶け落ちている。その下の肌には、血管が黒く浮き出たような痣が広がり、そこから微弱な瘴気が陽炎のように立ち上っていた。マルバスが遺した、最後の置き土産だ。
「これは強力な呪いだわ。体の芯から冷気が広がり、意思とは関係なく自由が少しずつ奪われていくような、嫌な感覚がする」
鈍い痛みと共に、全身に鉛のような倦怠感が広がっていく。このまま放置すれば、いずれは全身が蝕まれ、動けなくなってしまうだろう。
シラスは私の傷口に鼻を近づけると、その黄金の瞳を厳しく細めた。
『闇の眷属が用いる、魂を蝕む呪いか。我が力でも、これを完全に浄化するには時間がかかるやもしれん』
「大丈夫よ、シラス。あなたに無理はさせられないわ」
私は創成魔法を発動させ、まず自分自身の体の構造を内側から解析した。呪いは、私の魔力の流れに絡みつき、まるで毒のように全身へと広がろうとしている。私は自分の魔力を使い、呪いがそれ以上拡散しないように、左肩の周辺に強力な結界を張った。これで、進行を一時的に食い止めることができるはずだ。
次に、私は周囲に自生している光る植物に目を向けた。その一つを手に取り、創成魔法で成分を分析する。
……なるほど。この植物には、強力な浄化作用と、生命力を活性化させる成分が含まれている。地上では見たこともない、この地下世界独自の生態系が生み出した奇跡の産物だ。
私はその植物を数本摘むと、手のひらの上で瞬時に成分を抽出し、高濃度の軟膏へと再構築した。それを、火傷のようにただれた傷口に塗り込む。ひんやりとした軟膏が、熱を持った傷の痛みを優しく和らげてくれた。黒い痣の色も、心なしか少し薄くなったように見える。
「応急処置は、これで十分ね。問題は、どうやって地上に戻るか、だけど……」
私は立ち上がり、改めてこの広大な地下空洞を見渡した。上を見上げても、私たちが落ちてきた穴は暗く、遥か彼方だ。壁をよじ登って戻るのは不可能だろう。
『この空間、どこかへ続いているはずだ。大気の流れが、僅かだが存在する』
シラスが、鼻をひくつかせながら言った。
「ええ、私もそう思うわ。出口を探しながら、進んでみましょう。何か、面白い発見があるかもしれないし」
私は、この絶望的な状況にあっても、不思議と心は落ち着いていた。むしろ、未知の世界を探検するような、強い好奇心さえ湧いてきていた。
私たちは、シラスが感じ取った僅かな風の流れを頼りに、地下空洞の奥へと歩き始めた。
幻想的な光を放つ植物群の中を進んでいくと、私たちは様々な発見をした。壁面には、地上では最高級の宝石とされるような、巨大な水晶の結晶が、当たり前のように露出している。足元には、ヴァイスランド鋼の原料となる鉄鉱石よりも、さらに純度と魔力伝導率の高い、未知の金属鉱脈が眠っていた。
「すごいわ……。ここは、宝の山ね。もし地上に持ち帰ることができれば、ヴァイスランドの技術はさらに飛躍的に発展するでしょう」
私は、いくつかの鉱石のサンプルを採取しながら、興奮気味に言った。
『ふむ。だが、今はそれよりも、主の体のことが先決だ。呪いの進行は抑えているようだが、顔色が優れんぞ』
シラスが、心配そうに私の顔を覗き込む。彼の言う通り、時折、呪いの影響で目眩がし、体に力が入らなくなる瞬間があった。根本的な治療をしなければ、いずれ限界が来るだろう。
私たちは、広大な地底湖のほとりで、一度休息を取ることにした。湖の水は、信じられないほど透明で、水底で光る石の粒が、まるで天の川のようにきらめいている。
「少し、休みましょうか」
私が岩に腰を下ろすと、シラスが私の隣にそっと寄り添い、そのもふもふの体を預けさせてくれた。彼の温かさが、呪いの冷たさで蝕まれていく私の体に、じんわりと染み渡るようだった。
どれくらい、そうしていただろうか。
ふと、シラスが体を起こし、低い唸り声を上げた。その視線は、湖の対岸にある、岩陰の一点に向けられている。
『主よ、誰かいるぞ』
「え……?」
私も、彼の視線の先を凝視した。すると、岩陰から、小さな人影がいくつも現れたのだ。
現れたのは、背丈こそ低いものの、岩から削り出したかのようにがっしりとした体つきの一団だった。誰もが豊かな髭を蓄え、その節くれだった手には、ずっしりとした戦斧や、使い込まれた頑丈そうな槌が握られている。その佇まいには、一切の隙がなかった。
その姿は、私が幼い頃に読んだ物語に登場する、伝説の種族そのものだった。
「ドワーフ……?」
私の呟きが聞こえたのか、彼らの中から、一際立派な白髭を蓄えた、長老らしきドワーフが、一歩前に進み出た。彼は、私たちを値踏みするようにじっと見つめ、やがて、その重々しい声で言った。その言葉は、私たちが使うものとは少し異なる、古い響きを持っていた。
「何者だ、お主ら。ここは、我ら『地潜り族』の領域。長きに渡り、人の子が足を踏み入れたことなどなかったはずだが」
彼の声には、強い警戒心が滲んでいる。他のドワーフたちも、武器を固く握りしめ、いつでも飛びかかれるような体勢をとっていた。
私は、ゆっくりと立ち上がると、敵意がないことを示すために、両手を広げてみせた。
「私たちは、エリアーナ・フォン・ヴァイスランド。そして、こちらは私の相棒のシラスです。争うつもりはありません。私たちは、地上から落ちてきたのです」
私が名乗ると、ドワーフたちの間に、どよめきが広がった。特に、私の隣に立つシラスの姿を見た瞬間、彼らの顔には、警戒とは異なる、畏敬の念のようなものが浮かんだ。
「銀色の……神狼……。まさか、古の伝承に謳われる、大地の守り神……フェンリル様では……?」
長老らしきドワーフが、目を見開いて呟いた。
『いかにも。我こそは、この大地の古き友。そして、こちらのエリアーナは、我が主にして、この地の正当な継承者だ』
シラスが、威厳に満ちたテレパシーを、ドワーフたち全員に送った。
その神聖な声に、ドワーフたちは武器を取り落としそうになるほど驚き、そして、その場に膝をついた。
「おお……!伝承は、真であったか!我ら地潜り族の祖先が、かつて共に戦ったという、偉大なる聖獣様!」
長老は、感極まったように声を震わせている。どうやら、彼らの間には、シラスに関する伝説が語り継がれていたようだ。
長老は、改めて私に向き直ると、その深い瞳で私を見つめた。
「失礼いたしました、エリアーナ様。あなたが、フェンリル様が主と認めるお方ならば、我らが敵であるはずがない。私は、この地潜り族の長、ギムリと申します」
ギムリと名乗った長老は、ゆっくりと立ち上がった。
「して、エリアーナ様。あなた様ほどの力を持つ方が、なぜこのような地の底へ?それに、そのお体……邪悪な呪いを受けておられるご様子」
彼の鋭い眼差しは、私の肩の傷と、それを覆う瘴気を見抜いていた。
「……話せば長くなります。私たちは、地上で、この大地そのものを蝕む邪悪な存在と戦い、それを封じ込めたのです。この傷は、その時に受けたものです」
私の言葉に、ギムリは何かを察したように、深く頷いた。
「やはり、そうでしたか。我らも、感じておりました。ここ数百年、この地下世界にも、地上から不浄な気が流れ込み、我らの住処を脅かしていたのです。それが、つい先ほど、ぴたりと止んだ。もしやとは思っておりましたが、あなた様が、その元凶を断ってくださったのですな」
彼は、ドワーフたちを代表するように、再び深々と頭を下げた。
「なんと御礼を申し上げればよいか……。あなた様は、我ら地潜り族の、そしてこの大地そのものの恩人でございます。その傷、我らにお任せいただきたい。あるいは、癒やす手立てがあるやもしれませぬ」
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「うむ。確約はできませぬが……。さあ、こちらへ。我らの里へ、ご案内いたします」
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「ようこそ、エリアーナ様、フェンリル様。我らが隠れ里、『グズ=ドゥーム』へ」
通路の向こう側には、信じられないような光景が広がっていた。
岩盤を、巨大な神殿のようにくり抜いて作られた、壮大な地下都市。無数の溶鉱炉から立ち上る炎が、街全体を明るく照らし出し、カン、カン、というリズミカルな槌の音が、地の底から力強く響き渡ってくる。そこは、ただの洞穴ではない。高度な文明と、揺るぎない生命力に満ち溢れた、ドワーフたちの王国だった。
私は、そのあまりに壮大な光景に、ただただ息を呑むしかなかった。まさか、こんな地の底深くに、これほどの文明が、誰にも知られずに息づいていたとは。
私の国造りは、この地上だけに限られたものではないのかもしれない。この地の底で息づく誇り高き民との出会いは、ヴァイスランドにとって、そして私自身にとっても、計り知れないほどの価値を持つことになるだろう。
私は確かな予感を胸に抱きながら、ギムリに導かれ、熱気と活気に満ちたドワーフの都へと、新たな世界への第一歩を踏み出した。
彼らの持つ古代の知識と技術。それは、私の創成魔法と合わさることで、きっと、想像もつかないような奇跡を生み出すに違いない。
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