【奨励賞】元・地味な令嬢ですが、婚約破棄されたので聖獣と建国します~追放した王太子と聖女は、今さら私を求めないでください~

旅する書斎(☆ほしい)

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息も絶え絶えに駆け込んできた連絡員の男から、一枚の羊皮紙が渡された。
そこに走り書きされていた内容は、私の予想を遥かに超えるものだった。
聖女ユナの力の暴走、王都の一部壊滅、そして民衆の暴動。
私が追放されたあの国が、内側から崩壊を始めていた。

「……詳しく聞かせなさい。一体、何が起きているの」

私は床に崩れ落ちた連絡員の男へ、創成魔法で作った栄養ドリンクを差し出す。
できるだけ冷静に尋ねると、彼はそれを一気に飲み干し、少しだけ顔色を取り戻した。

「は、はい……。数週間前、長引く凶作に業を煮やした民衆が、聖女様に雨乞いの祈りを捧げてほしいと王宮に殺到しました。しかし、そこで聖女様が祈りを捧げた途端、空は黒い雲に覆われ、降り出したのは雨ではなく……黒い、粘つくような液体だったのです」
「黒い液体?」
「はい。その液体に触れた者は、たちまち体に痺れが広がり、高熱を出して倒れました。作物も、その液体がかかった場所から腐り始め……。王都の西側にある農地は、今や死の大地と化しております。人々はあれを『聖女の呪い』と呼び、恐れ慄いています」

聖なる力とは真逆の現象だ。
やはり彼女の力は、何か歪な代償の上に成り立っていたのだろう。

「その一件で、民衆の不満は頂点に達しました。食料を求める声は怒号に変わり、ついに暴徒と化して貴族街や商家を襲い始めたのです。近衛騎士団も出動しましたが、数の上ではるかに勝る民衆を抑えきれず、王宮の門にまで暴徒が押し寄せる事態に……。私が王都を出る時も、街のあちこちで火の手が上がっていました」

ジュリアス殿下はどうしているのかと尋ねると、連絡員は悔しそうに顔を歪めた。

「王太子殿下は、聖女様と共に王宮の奥深くに閉じこもったままです。時折バルコニーから顔を出し、『これは神の試練だ』『皆で祈りを捧げれば道は開かれる』などと、空虚な言葉を繰り返すばかりで……。もはや、誰も殿下の言葉に耳を貸そうとはしません」

自らが招いた事態の責任を取ろうともせず、神頼みとは。
彼の為政者としての器の小ささが、これ以上ないほど露呈していた。

報告を聞き終えた私は、連絡員の男を医務室で休ませるよう指示を出す。
すぐに主要なメンバーを集めて緊急会議を開いた。
私の執務室に集まったのは、クラウスさん、ガンツ、ボリン、マーサ、そして地質調査から一時的に戻っていたヒューゴとラルスだ。
ドワーフの使節団は、この会議には呼ばず迎賓館で過ごしてもらっている。
他国の内政問題に、彼らを巻き込むわけにはいかない。

私が王都の惨状を説明すると、執務室は重い沈黙に包まれた。
最初に口を開いたのは、ボリンだった。

「……ふん、ざまあみやがれってんだ!エリアーナ様を無実の罪で追い出した罰が当たったのさ!あんな連中、どうなろうと知ったこっちゃねえ!」

彼は腕を組み、吐き捨てるように言った。その気持ちは、私もよく分かる。
ガンツも、冷静だが厳しい口調で続けた。

「ボリンの言う通りです。これは、我々ヴァイスランドにとって好機ですらあります。王国が内乱で弱体化すれば、我々の独立はより確固たるものとなる。王家が我々に介入してくる余力も、当分はなくなるでしょう。ここは静観し、我々は我々の国造りを進めるべきです」

彼の意見は、指導者の一人として極めて合理的で正しいものだった。
しかしマーサが、心配そうに眉をひそめた。

「罪のない民衆の方々が、飢えや暴力に苦しんでいるのですよね……。私たちがこの地に来たばかりの頃のように……。そう思うと、とても胸が痛みますわ」

彼女の優しい言葉に、ボリンも少しだけばつが悪そうな顔をした。
クラウスさんは、静かに目を閉じ、私の判断を待っているようだった。
皆の意見を聞き、私は静かに口を開いた。

「皆の言う通りよ。王家や、私を陥れた貴族たちを、私が助ける義理はどこにもないわ。彼らがどうなろうと、それは自業自得。私たちが手を差し伸べる必要はない」

私は、きっぱりとそう宣言した。
ボリンやガンツは、我が意を得たりと頷いている。

「でも」と私は続けた。「マーサの言うように、飢えに苦しむ人々に罪はない。かつての私たちと同じように、ただ生きるために必死なだけの人々を、見捨てることはできないわ」

私の言葉に、今度はマーサが安堵の表情を浮かべた。

「では、エリアーナ様は、王国を……?」
「いいえ、王国を助けるのではありません。飢えた民を、助けるのです」

私は、ガンツに向き直った。

「ガンツ、あなたにしかできない仕事よ。王家や王国軍を通さず、あなたの商人としての繋がりを使って、王都の民に直接食料を届けることはできるかしら?」

私の提案に、ガンツは一瞬目を見開いた。
しかしすぐにその意図を理解し、商人の顔つきになる。

「なるほど……。個人間の取引、という形で食料を売る、と。それならば、王家への支援にはなりませんな。それに、飢えた民衆は高くても食料を買うでしょう。これは、人道支援であると同時に、莫大な利益を生む商機にもなり得ますぞ」
「ええ。対価は、正当にいただきましょう。お金でなくてもいいわ。王都の貴族たちが、混乱の中で手放すであろう美術品や、王立図書館に眠る貴重な技術書、あるいは特殊な魔道具。そういった、今のヴァイスランドにないもので支払ってもらうの」
「素晴らしい!それならば、なおのこと!王都には、私の息のかかった商会がいくつかございます。彼らと連携すれば、秘密裏に食料を運び込み、民間のギルドを通じて配給するルートを確立できるでしょう」

ガンツの目は、完全に商人のものになっていた。
彼は、この困難な計画を成功させることに、強い意欲を燃しているようだ。

「輸送する食料は、ヴァイス麦を加工した栄養クッキーにしましょう。軽くて保存が効き、少量でも高い栄養が摂れる。護衛は、どうしますか?」
「グレゴール隊長は不在だ。副官のハンスに、防衛隊の一個小隊を預けて護衛を任せましょう。彼なら、問題なくやり遂げてくれるはずよ」
「かしこまりました。早速、計画の細部を詰め、王都の協力者と連絡を取ります。数日のうちには、最初の輸送隊を出発させられるでしょう」

ガンツはそう言うと、満足げに頷いた。
これで、方針は決まった。
私たちは、王家を助けることなく、民衆だけを救う。
それは、彼らに「真の統治者とは誰か」を、暗に知らしめることにも繋がるだろう。

会議が終わり、皆がそれぞれの持ち場に戻っていく。
私は一人、執務室の窓から外を眺めていた。
ジュリアス殿下、ユナ。あなたたちは、今、何を思っているのだろうか。
あなたたちが捨てた女が、あなたたちの足元で苦しむ民を救おうとしている。
この事実を、あなたたちはどう受け止めるのかしら。

そんなことを考えていると、執務室の扉がノックされた。
「エリアーナ様、長老! とんでもねえ朗報だ!」

息を切らして飛び込んできたのは、地質調査に出ていたボルガンだった。
彼の後ろには、同じく興奮した様子のヒューゴもいる。
その手には、泥に汚れた奇妙な岩の塊がいくつか握られていた。

「ボルガン殿!どうしたのです、そんなに慌てて」
「慌てもするさ! 見てくれ、これを!」

ボルガンは、持っていた岩の一つを、執務机の上にドンと置いた。
それは、一見するとただの赤黒い石だったが、よく見ると、内部に金属質のものが血管のように走っている。

「これは……鉄鉱石の一種かしら?でも、ヴァイスランド鋼の原料とは、少し違うようね」
私がそう言うと、ボルガンはにやりと口の端を吊り上げた。
「ただの鉄鉱石じゃねえ。俺たちドワーフの古文書にだけ記されている、幻の金属。『ヒヒイロカネ』の原石だ!」
「ヒヒイロカネ?」

聞き慣れない名前に、私は首を傾げた。
ボルガンの説明によると、ヒヒイロカネは、鋼鉄の数倍の強度と羽毛のような軽さを持つ。
そして何よりも、あらゆる魔力をほぼ完璧な効率で伝導させるという、究極の金属なのだという。

「こいつがあれば、俺が言っていた『浮遊のルーン』と『怪力のルーン』を、完璧な形で刻むことができる!いや、それどころか、あんたが言ってた『オリハルコン・アダマント』の核となる素材にもなり得る!こいつは、俺たちの計画を、数十年は前倒しにできる、とんでもねえ代物なんだよ!」

ボルガンは、まるで恋人を見つめるような熱い眼差しで、その原石を撫でている。
ヒューゴも、興奮を隠しきれない様子で続けた。

「それだけではありません、エリアーナ様。この鉱脈を発見した場所こそが、縦坑を掘るのに、まさに最適な場所だったのです!」

彼は、持っていた地図を机の上に広げた。
そこには、村の東、森を抜けた先にある盆地が示されている。

「この盆地の地下には、非常に安定した巨大な岩盤が広がっています。そして、その真下を、この土地で最も強力な魔力の流れ――いわゆる『龍脈』が通っているのです。この龍脈のエネルギーを利用すれば、掘削作業に必要な動力を、外部から供給することなく、半永久的に得ることができます!」

二つの、信じられないほどの朗報。
幻の金属の発見と、計画に最適な場所の特定。
それは、まるで、この計画が大地そのものに祝福されているかのようだった。

「素晴らしいわ、二人とも!本当に、見事な働きよ!」

私は、手放しで彼らを称賛した。
二人は、少し照れくさそうに、しかし誇らしげに胸を張った。

「よし、決めたわ。王都への食料輸送計画と並行して、『地下大動脈計画』も、即座に始動します!ヒューゴ、ラルス、あなたたちには、すぐに掘削現場の基盤整備に取り掛かってもらうわ。ボリン、あなたとボルガン殿には、ヒヒイロカネを使った、新しい掘削機の開発を!」

私の号令に、その場にいた全員が、力強く頷いた。
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