独身おじさんの異世界おひとりさまライフ〜金や評価は要りません。コーヒーとタバコ、そして本があれば最高です〜

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第1章 おじさんと異世界の人々

第29話

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朝の光が差し込む中、俺は店の奥に設けた簡易発酵室へ足を運んだ。

「──さて、どうなってるか」

ドアを開けると、ふわりと甘やかな香りが鼻をくすぐった。

思わず口角が上がる。

悪くない、どころか、かなりいい。

発酵中のコーヒー豆は、うっすらと白い膜をまとい、独特の艶を帯び始めていた。

指先で一粒つまんで、鼻先に近づける。

「……ほう」

酸味と甘味、わずかな発酵臭。

すべてがバランスよく混ざり合っている。

発酵食品特有の不快な匂いは皆無だ。

「上出来、だな」

手間暇をかけた甲斐があった。

万能生成スキルに頼れば、一瞬で最高品質に仕上げることもできたが──今回だけは、あえて普通の方法を選んだ。

自然な時間の流れ。

微生物の営み。

それらを含めて楽しむのも、悪くないと思ったからだ。

「まだ、もう少しかな」

焦る必要はない。

俺はそう呟きながら、発酵室の湿度と温度を微調整する。

ほんのわずかな変化が、仕上がりに大きく影響する。

「こっちは──うん、順調」

特に念入りに世話をしていた一群の豆は、黄金色がかってきていた。

舌の上で、どんな風に踊るか。

想像しただけで、喉が鳴った。

「仕上がったら……どんなブレンドにしようか」

一粒一粒、豆に声をかけるような気持ちで見守る。

今の俺なら、きっと思い通りの味を作れる。

でも、それ以上に。

どんな偶然が生まれるか、わくわくしている自分がいた。

「──よし、もう一巡、様子を見るか」

発酵室を出て、店のカウンターに腰を下ろした。

まだ開店準備を始めるには早い時間。

だが、こうして豆の成長を待つだけで、十分に満たされる。

カウンターの下から、試作中のオリジナルブレンド豆を取り出す。

さきほどとは別に、こちらは手作業で焙煎したものだ。

「せっかくだし、一杯淹れるか」

グラインダーに豆を入れ、丁寧に挽く。

コリコリ、と心地よい音が響く。

立ち上る香りだけで、今日一日が報われた気がする。

ドリップポットでゆっくりと湯を注ぎ、膨らんでいく粉を見つめる。

「──いい膨らみだ」

豆が新鮮な証拠だ。

一滴一滴、サーバーに落ちる琥珀色の液体を眺めながら、俺はぼんやり考えた。

これからも、こうしてゆっくり、好きなものを作っていこう。

誰に急かされるでもなく。

誰に媚びるでもなく。

コーヒーの香りに包まれながら、そう改めて思った。

カップに注ぎ、そっと口をつける。

「──うん、悪くない」

酸味と甘味、わずかなビター感。

試作にしては、かなりいい出来だ。

「これなら──商品にしてもいいかもな」

独り言を零しながら、再びカウンターにもたれた。

発酵室の方から、かすかにまた香りが漂ってきた。

「──楽しみだな」

小さく笑い、もう一口、コーヒーを啜った。
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