社畜だった俺、最弱のダンジョンマスターに転生したので、冒険者を癒やす喫茶店ダンジョンを経営します

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「……なんでしょうか」
俺は面倒な予感を押し殺し、平静を装って尋ねた。
「お前さん、ここで何か変わったもんでも売ってねえのか? 例えばそうだな…飲めばたちまち力が湧いてくるような、魔法の薬とかよぉ!」
ドワーフはにやりと下卑た笑みを浮かべて言った。
その目は冗談を言っているようには見えない。
何かを探るような、試すような視線だった。
俺は小さく息をつくと、首を横に振った。
「生憎ですが、うちはただの喫茶店です。魔法の薬なんて大層なものは置いてありませんよ」
「ほう、そうかい。だがよ、そこの姐ちゃんはさっきまで死にそうな顔をしてたのが、今じゃぴんぴんしてるじゃねえか。あれはどう見てもただの飲み物の効果じゃねえだろう」
ドワーフの鋭い視線が、英梨奈《エリナ》さんへと向けられる。
英梨奈《エリナ》さんはその無遠慮な視線に、不快そうに眉をひそめた。
そして、冷たい声で言い放つ。
「あなたには、関係のないことですわ。それに、淑女に対してあまりジロジロと見るものではありませんことよ」
「へっ、そいつは失礼。だが、気になっちまうのが人情ってもんだろう?」
ドワーフは悪びれる様子もなく、がははと笑った。
本当に、デリカシーのない男だ。
俺は助け舟を出すことにした。
「お客様が、長旅でお疲れだっただけですよ。少し休んで元気になられたのでしょう」
「ちぇっ、つまらねえ答えだな。まあいい。だったら、その姐ちゃんが飲んでる黒い水とやらを、俺にも一杯持ってきな!」
ドワーフはカウンターを指でとんとんと叩きながら言った。
どうやら、コーヒーを試してみる気になったらしい。
「……かしこまりました。ただ、うちのコーヒーは少々お高いですがよろしいですか?」
俺は念のため、そう付け加えた。
この男の懐事情は知らないが、銅貨一枚でも惜しむタイプかもしれない。
「あぁ? 金の心配なんざしてねえよ。さっさと出しやがれ!」
どうやら、それは杞憂だったようだ。
俺は「失礼しました」と軽く頭を下げると、新しいカップを用意した。
そして、一杯ずつ丁寧に淹れるいつもの作業に取り掛かる。
豆を挽き、お湯を沸かし、ゆっくりとドリップしていく。
その様子を、ドワーフは腕を組みながら胡散臭そうな目でじっと見ていた。
やがて、芳醇な香りが店内に満ちていく。
ドワーフの鼻が、ぴくっと動いた。
「……なんだい、この匂いは。悪くねえな」
ぽつりと、そんなことを呟く。
俺は何も答えず、淹れ終わったコーヒーをカップに注いだ。
そして、ゴブきちに目配せをする。
「ゴブきち、お願いできるか?」
「グ、グギィ……」
ゴブきちは目の前の大きなドワーフに完全に怯えていた。
俺の後ろに隠れて、ぶるぶると震えている。
これでは、ウェイターの仕事は務まりそうにない。
仕方ないな。俺は自分でコーヒーを運ぶことにした。
「お待たせいたしました。特製ブレンドコーヒーです」
俺がカップを差し出すと、ドワーフは訝しげにそれを見下ろした。
「これが、コーヒーか。初めて見るが、本当に真っ黒だな。泥水みてえだ」
失礼な感想を、臆面もなく口にする。
英梨奈《エリナ》さんが呆れたように小さく溜息をついたのが聞こえた。
「まあ、見た目で判断するな、とは言うがな…」
ドワーフはぶつぶつ言いながらも、カップを手に取った。
そして、ごくりと勢いよく一口呷る。
その瞬間。ドワーフの動きが完全に停止した。
大きな目が、これでもかというくらいカッと見開かれている。
持っていたカップが、がちがちと音を立てて震えていた。
「……な……」
ドワーフの喉から、絞り出すような声が漏れる。
「な、な、なんじゃあ、こりゃあああああっ!」
次の瞬間、店内に雷鳴のような絶叫が轟いた。
ゴブきちは「ギィッ!」と悲鳴を上げて、カウンターの陰に飛び込んでしまう。
ぷるんも、驚いて動きを止めていた。
英梨奈《エリナ》さんだけが、落ち着いた様子でその光景を眺めている。
むしろ、少し楽しんでいるようにも見えた。
「う、美味い! なんだこれ! 苦い! 苦いんだが、その奥に、とんでもねえ美味さが隠れてやがる!」
ドワーフは一人で大騒ぎしている。
そして、自分の体をぺたぺたと触り始めた。
「それだけじゃねえ! 体が…体が、軽い! 長旅で凝り固まってた肩の痛みが…腰の古傷が…消えちまったぞ!?」
彼は椅子から飛び降りると、その場で何度か飛び跳ねて見せた。
ずしん、ずしんと床が揺れる。
「おお! 動く! 痛くねえ! まるで、十年は若返ったみてえだ!」
興奮のあまり、その場で踊り出しそうな勢いだ。
俺は、やれやれと首を振りながら声をかけた。
「お客様、店内ではお静かにお願いします。他のお客様のご迷惑になりますので」
俺が注意すると、ドワーフははっと我に返ったように動きを止めた。
そして、ばつが悪そうに頭を掻く。
「お、おお……すまねえ。ちいと、興奮しちまった」
彼は再び椅子に腰掛けると、残りのコーヒーを今度はゆっくりと味わうように飲み始めた。
その表情は、驚きと感動でぐちゃぐちゃになっていた。
「兄ちゃん…あんた、一体何者だ? こんな、とんでもねえ飲み物を作るなんざ、ただの喫茶店のマスターじゃねえだろう」
ドワーフの目が、真剣な色を帯びて俺を見据える。
「さあ、どうでしょうね。俺は、ただコーヒーを淹れているだけですよ」
俺はいつものように、曖昧に微笑んでおいた。
ドワーフは俺の答えが気に入らなかったのか、ちっと舌打ちをする。
だが、それ以上は追及してこなかった。
彼は空になったカップを名残惜しそうに眺めると、ふと、英梨奈《エリナ》さんが食べていたケーキの皿に目をやった。
「おい、兄ちゃん。あの姐ちゃんが食ってた、甘ったるそうな白いやつ。あれも食わせろ!」
食欲にも、火がついたらしい。
「かしこまりました。ショートケーキですね」
俺は頷くと、厨房で新しい皿を用意した。
ゴブきちは、まだカウンターの陰で震えている。
今日は、もう使い物になりそうにないな。
俺は再び、自分でケーキを運んだ。
「お待たせいたしました」
ドワーフは目の前に置かれたショートケーキを、まじまじと見つめている。
「へえ、これがケーキか。ずいぶんと、可愛らしい見た目をしてやがるな」
彼は自分の大きな体には似つかわしくない、小さなフォークを器用に手に取った。
そして、ケーキを大きく切り分けると、それを一気に口の中に放り込む。
大きな口で、もぐもぐと咀嚼する。
やがて、ごくりと飲み込むと、またしても彼の体に変化が訪れた。
今度は、体から淡い光が立ち上るのではなく、筋肉がもりもりと盛り上がっていくように見えた。
「う…うおおおおおおおっ!」
再び、轟く雄叫び。
「力が…力が、漲《みなぎ》ってくるぞおおおっ!」
ドワー-フは自分の両腕に浮かび上がった力こぶを、満足げに眺めている。
「こりゃすげえ! 今なら、伝説のドラゴンだろうが、素手で殴り倒せる気がするぜ!」
だん! と、またカウンターを叩く。
本当に、落ち着きのない客だ。
「お客様、カウンターを叩くのはおやめください。壊れてしまいます」
俺が少し強めの口調で言うと、ドワーフはしまった、という顔をした。
「わ、悪ぃ。つい、力が入りすぎちまった」
彼は残りのケーキを、慌てて口にかき込んだ。
そして、満足そうにぷはー、と大きな息を吐く。
「いやあ、参った! 参ったぜ! こんな店が、森の奥に隠れていやがったとはな!」
ドワーフは心底、感心したように言った。
そして、改めて俺に向き直る。
「俺は、ガルド。”雷拳《らいけん》”のガルドってもんだ。しがない鍛冶師よ。あんたの名前は、ケンジ、だったか?」
「ええ、ケンジです」
ガルド、と名乗ったドワーフは、にかりと歯を見せて笑った。
その笑顔は、粗野ではあるがどこか憎めないものがあった。
「気に入ったぜ、ケンジ! あんたの作るモンも、あんた自身もだ! これから、贔屓にさせてもらうぜ!」
どうやら、二人目の常連客が確定したようだった。
嵐のように騒がしい客だが、まあ、活気があっていいのかもしれない。
俺は苦笑しながら、その申し出を受け入れることにした。
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