【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第11話

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布の縫い目をそっと広げて指先でなぞると、そこには文字とは異なる、微細な植物繊維が複雑に編み込まれ、特殊な鉱物の粉末が特定の間隔で付着しているのが見て取れましたの。

一見するとただの汚れか模様のようにも見えますけれど、わたくしにはその配置に隠された意図が感じ取れましたわ。

「これは……文字ではございませんわね。何らかの印、あるいは素材の組み合わせそのもので情報を伝えているようですわ」

わたくしは茶葉を選定する時と同じように、意識を集中させ、指先に神経を集めました。「極上調合」のスキルは、素材の最も深い本質を感じ取る力も与えてくれますもの。

この繊維の種類、鉱物の配置、その微かな香り……それらがわたくしの頭の中でパズルのピースのように組み合わさっていきますの。

ふわりと傍にあったローズマリーの香りを吸い込みながら、わたくしは編み込みのパターンを読み解いてまいります。

「搬入記録……日付はこの月の十七、十八、十九……」

「その三日間が、すべて記録上は“通常業務”になっていたんです」

「ですが、ここには“黒曜魔石、箱数十三、重篤指定品目、保管庫経由せず地下搬送”とございますわ」

「やっぱり……!」

彼の声に、わたくしは静かに頷きましたの。

「この記録が真実であるならば、王国の禁令に抵触いたしますわ。しかも保管庫を経由しないということは、組織的な隠蔽が行われている証でもありますの」

「アナさま、これ……信じてくれますか?」

「わたくしは“記録”を信じますわ。“あなた”のことは……ふふ、紅茶を五日飲み続けた方なら、だいたい分かりますもの」

「そうか……よかった……」

「ただ、この文字列の一部、少し不自然ですわね。十九日の記録に、書き換えた跡がありますのよ」

「えっ、書き換え?」

「見なさいな。この“保管印押印済”という行。押印の“押”の筆跡だけ、明らかに違っておりますわ」

「ほんとだ……筆圧が浮いてる……」

「そして、注目すべきは、その文字の下に微かに残るインクのかすれ。元は“未”の字でございましたわ」

「つまり、“未押印”だった記録が、あとから“押印済”にされた……」

「はい。わたくしなら、そう読めますわね」

「アナさま……すごいな。こんな暗号まで読めるなんて」

「お父様がしつこく教えてくださったのですもの。お茶会では使う機会などありませんでしたけれど、こんなところで役立つとは思いませんでしたわ」

「そのお父様って……」

「今はもう、遠くへ行ってしまいましたわ。けれど、香りと知識は残されましたの。今こうして、あなたの助けになっているのなら、それで十分ですわ」

「……アナさま、俺、この記録……なんとかして、表に出したいと思ってる」

「王都へ戻られるおつもりですの?」

「はい……ただ、今度は独りではなく。どこか信頼できる場所に持ち込む。そのための伝手を探す」

「それなら、少しだけお力になれるかもしれませんわ。王都の東、テルネア地区に、“蒼銀の帳”という古書店がございますの」

「古書店?」

「表向きは書籍の扱いですけれど、実のところ、昔から情報収集と文書の鑑定を得意とする家系でしてよ。店主のエレノア女史とは、一度だけお茶をご一緒したことがございますの」

「アナさまが……お茶を?」

「わたくしとお茶を共にした方は、そう多くありませんのよ。ですから、彼女ならこの記録の真贋を判別し、しかるべき場所に届ける術をお持ちのはずですわ」

「……会ってみたい。その人なら、信じられる気がする」

「でしたら、その名を出しなさいな。“湖畔の香りに導かれて参りました”と。彼女なら、それだけで通じますわ」

「合言葉みたいだな」

「ええ、少しロマンが過ぎますかしら?」

「いや、好きです。そういうの」

彼はそう言って笑い、カップに残ったお茶を最後まで飲み干しましたの。

わたくしも彼に倣って、自分のカップに再び湯を注ぎ、香りを確かめました。

セージの深さに、ミントの涼やかさ。どこか、決意に似た熱を孕んだブレンド。

彼がここを出発する日は、そう遠くないでしょう。

ですがそれでも、わたくしの心は静かでございますの。

「ねえ、アナさま」

「なんでございましょう?」

「この小屋って、なんて呼べばいいんですか?」

「さあ……特に名乗ってはおりませんわ。“香草と紅茶の小屋”では味気ないでしょう?」

「じゃあ、俺が勝手に呼んでもいいですか?」

「構いませんわ。あなたがそうしたいなら」

「“静寂の香り亭”ってのは、どうでしょう?」

「ふふ、随分と立派な名前ですこと。まるで旅人の地図に載ってしまいそうですわね」

「でも、あってると思う。ここに来て、俺のなかの騒がしさが全部、溶けたから」

「その名、気に入りましたわ。“静寂の香り亭”。……お茶の銘にしても良さそうですわね」

「それ、商品名にしたら絶対人気出ますよ」

「商売はいたしませんのよ。あくまで、気まぐれにお茶を淹れるだけ。けれど──特別なお客様にだけ、お出しする名でも良いかもしれませんわね」

「それじゃあ、俺は特別ってことで」

「ふふ、それはご自由にどうぞ」

そんな会話のあいだにも、空は少しずつ傾き始め、香草園には夕方特有の柔らかい風が吹き込んでまいりましたの。

草の香りが強まり、ミントの葉がざわざわと揺れ、湖面にはうっすらと光の帯が浮かび上がっております。

わたくしは立ち上がり、乾燥棚に並べたハーブを軽く整えました。

そろそろ夜の調合に入らねばなりませんわ。

「今日は、どんなお茶が出てくるんですか?」

「夜にふさわしい、“月下の調べ”というブレンドを用意するつもりですわ。ラベンダー、ブルーマロウ、そしてほんの少しのスターアニス。静けさと夢見心地をお届けいたしますわ」

「その名前だけでもう眠くなってきた」

「なら、今夜は良い夢を見られそうですわね」

「アナさま……」

「はい?」

「また、来てもいいですか? 王都のことが片付いたら。……いや、片付かなくても、来たいって思ってる」

「それはあなたの自由ですわ。お行儀よく、香りを愛する心があるなら、いつでも歓迎いたします」

「……ありがとうございます」

彼のその言葉に、わたくしはただひとつ頷いて返しましたの。

それ以上でも、それ以下でもない。

けれど、胸の奥にほんのりと温かなものが広がったのは確かでしてよ。

わたくしはカップを新しく生成し、“月下の調べ”の調合に取りかかりました。

香りの層が幾重にも重なり、ひとつの静寂へと向かって整っていく感覚。

まるで、わたくしの心そのものが、茶のなかで抽出されていくようでしたわ。

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