【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第29話

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あの源流での静謐な体験と、“源泉の息吹”と名付けた一杯は、わたくしの心に清らかな泉が湧き出たかのような、満ち足りた感覚を残してくれましたの。
小屋に戻りましてからも、時折あの“水鏡草”を浮かべた白湯をいただきながら、内なる静けさと向き合う時間を大切にしておりました。

けれど、わたくしの心は、ただ内に籠もるばかりではございません。
むしろ、あの源泉で得た清らかな力は、それを誰かのためにも役立てたいという、新たな意欲をかき立ててくれたように感じますの。
マルセルさんの鍛冶場が清められたように、わたくしの調合が、もっと多くの方々の日常に、ほんの少しでも穏やかな光を灯せるのでしたら……。

そんなことを考えておりました折、子どもたちが目を輝かせながら、わたくしにこう尋ねてまいりました。

「アナスタシアさまー! この前言ってた、“香りの間”、いつ開かれるのですか?」

「村のみんな、すっごく楽しみにしてるんだよ!」

「早くアナスタシアさまのお手伝いしたいな!」

ああ、そうでございましたわね。
子どもたちと交わした、月に一度の約束。
わたくしは微笑んで頷きました。

「ふふ、覚えていてくださいましたのね。では、次の新月の三日後あたりはいかがかしら。気候も安定して、香草たちも良い香りを放つ頃合いでしょう」

「やったー!」

「新月の三日後ね! みんなに教えてくる!」

子どもたちは大喜びで、早速村の方へと駆けていきましたわ。
その背中を見送りながら、わたくしも「香りの間」の準備に取り掛かることにいたしました。
以前、お祭りの日に森のはずれで開いた臨時の茶席は大変好評でございましたけれど、今度はもう少し、わたくしなりの想いを込めた場所にしたいと考えます。

まず、子どもたちと一緒に、小さな木の看板を作りましたの。
磨いた木の板に、わたくしが炭で「静寂の香り亭 香りの間」と、少しばかり優美な書体で文字を入れ、その周りには子どもたちが思い思いにハーブの葉や花の押し花を貼り付けてくれました。
それは素朴ながらも、温かみにあふれた、素敵な看板に仕上がりましたわ。

開催場所は、以前と同じ、森のはずれの川のせせらぎが聞こえる石のベンチの辺り。
あそこは木漏れ日が優しく、風の通りも良い、まさに「香りの間」にふさわしい場所ですもの。
当日使う茶器も、いつもより多めに準備いたしました。
口当たりの良い木製のカップを中心に、いくつか陶器の特別なものも用意して。

そして何より大切なのは、お出しするお茶の選定でございます。
いつものように、訪れる方のお顔を見てから調合を決めるのが基本ではございますけれど、ある程度の目安はつけておきませんとね。
心を落ち着けるカモミールやリンデンのブレンド、元気を出したい方のためのローズマリーやペパーミント、そして前回エリアーヌさんのために調合した“雨上がりの虹”も、雨上がりの日には喜ばれるかもしれません。

ふと、先日採取した“水鏡草”と“源泉の息吹”のことが頭をよぎりました。
あれほど清浄で、内なる静けさに響く一杯を、果たしてこのような開かれた場でお出しして良いものかしら……。
あれはむしろ、深い悩みを抱えた方や、特別な感受性をお持ちの方と、一対一で静かに向き合う時にこそふさわしいのかもしれません。
「香りの間」では、もっと多くの方々が気軽に楽しめる、心安らぐ香りを中心に据えるのがよろしいでしょう。
わたくしはそう結論付け、定番のハーブを中心に、数種類の特別なブレンドを用意することにいたしました。

そして、いよいよ「香りの間」の当日。
空は雲ひとつない快晴で、まさにハーブ日和とでも申しましょうか。
わたくしは子どもたちよりも少し早く会場へ着き、まずその場の空気を整えることから始めましたの。
持参したホワイトセージを少量だけ燻し、その清浄な煙を風に乗せて空間に広げます。
それから、源流で汲んできた清らかな水を少しずつ、周囲の草木や石のベンチに振り撒きました。
それだけで、場の空気がすうっと澄み渡り、心地よい静けさが満ちてくるのを感じましたわ。

「アナスタシアさま、おはようございます!」

子どもたちが、お揃いの、以前わたくしが刺繍を施した香草模様のスカーフを首に巻いて、元気いっぱいにやってまいりました。
その姿は、まるで小さな“香りの案内人”のようで、思わず笑みがこぼれます。

「まあ、皆さま、とてもよくお似合いですわ。今日は一日、よろしくお願いいたしますね」

「はいっ!」

看板を立て、テーブルクロスを敷き、茶葉の入った瓶やティーカップを並べていくと、そこはもう立派な「香りの間」でございました。
川のせせらぎと鳥のさえずりが、まるで天然の音楽のように響いております。

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