【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第31話

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「香りの間」を終えてからというもの、わたくしの小屋には、以前にも増して様々な方が訪れるようになりましたの。
村の方々はもちろんのこと、時には近隣の村からも、噂を頼りに足を運んでくださる方もいらっしゃるほどでございます。
皆さま、わたくしの淹れる一杯のお茶に、それぞれの癒しや安らぎを見出してくださっているご様子。
そのお顔を拝見するたび、わたくしの胸にも温かな灯がともるようでございます。

けれど、わたくし自身は、浮き足立つこともなく、日々の営みを静かに続けておりました。
朝は香草園の手入れをし、露に濡れたハーブたちの声に耳を澄ませ、昼は採取した薬草を乾燥させたり、新しい調合のための記録を帳面に綴ったり。
特に、あの源流で出会いました“水鏡草”や、ライナスさまのために生み出した“静寂の雫”、そしてマルセルさんの鍛冶場を清めたハーブの組み合わせなどは、わたくしの中で大きなテーマとなり、さらなる探求心をかき立てておりましたの。
「極上調合」のスキルは、わたくしの意識が深まれば深まるほど、応えるようにその可能性の片鱗を見せてくれるような気がいたします。

その日も、わたくしは小屋の中で、先日源流から持ち帰った水を使い、いくつかの新しい試作に取り組んでおりました。
“水鏡草”だけでなく、湖畔に自生する名も知らぬ小さな白い花や、朝霧を吸った苔などを少量ずつ加え、それぞれの素材が持つ微細な気配を、いかに損なわずに調和させるか……。
それはまるで、見えざる糸を紡ぐような、繊細で集中力を要する作業でございます。

ふと、窓の外に人の気配を感じ、顔を上げました。
これまでわたくしの小屋を訪れる方々とは少し異なる、どこか知的な、そして遠方からの旅人特有の空気を纏った方が、静かにこちらへ近づいてくるのが見えましたの。
その方は年の頃五十代ほどでしょうか。上品な濃灰色の外套を身にまとい、背には革製の大きな書物鞄を背負い、手には一本の杖を持っておられました。
その歩き方や佇まいには、学者のような、あるいは古い書物を扱う司書のような、落ち着きと深い教養が感じられます。

やがて、その方は小屋の扉の前で立ち止まり、わたくしの存在に気づくと、穏やかな目で軽く会釈をなさいました。
そして、静かに、しかしはっきりとした声でこうおっしゃいましたの。

「もし、こちらが“湖畔の香草師”アナスタシアさまのお住まいでございましたら、少々お話を伺わせてはいただけませんでしょうか」

その呼び名に、わたくしは少しばかり驚きましたけれど、すぐに平静を取り戻し、扉を開けました。

「わたくしがアナスタシアでございます。どうぞ、お入りくださいまし。旅の途中でお疲れでしょう」

男性は丁寧にお辞儀をされ、静かに小屋の中へと足を踏み入れました。
その鋭い観察眼は、棚に並ぶ無数の香草瓶や、壁に吊るされたドライハーブ、そしてわたくしの手元にある調合道具のひとつひとつを、興味深そうに、しかし決して無遠慮ではない仕方で見つめておりましたわ。

「わたくしは、王都の西にございます学術都市アトリウムより参りました、エリアス・ヴァーンと申します。薬草学と、古今の調合術について研究をしております者でございます」

「まあ、アトリウムの学士さまでいらっしゃいましたか。そのような方が、このような辺境の小屋に何の御用でございましょう」

わたくしがそう尋ねますと、エリアスさまは少しばかり居住まいを正し、真摯な眼差しでわたくしを見つめました。

「アナスタシアさま。あなたの調合に関する噂は、遠くアトリウムの我々の耳にも、風の便りとして届いておりますのじゃ。病を癒し、呪いを祓い、人の心を深く慰めるという、類稀なるお力をお持ちであると……」

「それは少々、話に尾ひれがついているようでございますわ。わたくしはただ、ハーブと紅茶を愛し、訪れる方々に一杯のお茶をお出ししているに過ぎませんもの」

「ご謙遜なさいますな。わたくしは、その“一杯のお茶”にこそ、失われた古代の知恵や、自然との深遠なる対話の術が隠されているのではないかと、そう考えておりますのじゃ。そして、もし叶うことならば……アナスタシアさまのその知識と技術、そして“香り”に対する哲学を、記録し、研究させていただきたい。それが、わたくしのここへ参りました目的でございます」

記録と研究、でございますか。
それは、これまでわたくしが経験したことのない申し出でございました。
多くの方は癒しや安らぎを求めてこの小屋を訪れますけれど、わたくしの技術そのものに学術的な関心を寄せてくださる方がいらっしゃるとは……。
少しばかり戸惑いを覚えましたが、エリアスさまの瞳には、純粋な探求心と、失われゆく知恵への敬意のようなものが宿っており、邪なものは感じられませんでした。

「……わたくしの拙い経験が、エリアスさまのような学士さまのお役に立てるかは分かりませんけれど、お話しすることに異存はございませんわ。まずは、旅のお疲れを癒す一杯を淹れさせていただけますかしら。お茶を共にしながらでしたら、言葉も自然と紡がれるやもしれません」

「おお、それはありがたい。ぜひ、アナスタシアさまの調合を、この目と舌で体験させていただきたい」

わたくしは、エリアスさまのために、どのようなお茶が良いかしらと考えました。
長旅の疲れを癒し、同時に知的な探求心を刺激するような……それでいて、わたくしの調合の基本となる考え方を感じていただけるような一杯。

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