【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第42話

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まず考えましたのは、防虫効果がありながらも、香りが強く主張しすぎないハーブの選択でございます。
エリアスさまの手記にもヒントがございましたけれど、わたくし自身の知識と感覚も総動員いたします。
ラベンダーの花は、その穏やかな香りで知られておりますけれど、実は優れた防虫効果もございますの。
それから、ローズマリーの葉もまた、その清冽な香りで虫を寄せ付けず、空気を清浄に保つ力がございますわ。
ヒノキや杉といった針葉樹の小片も、その樹脂成分が防虫と防カビに役立ちますけれど、香りが強すぎぬよう、ごく少量だけ用いることに。
そして、湿気を取り除くためには、乾燥させた苔の一種や、特殊な白土の粉末も効果的かもしれません。

けれど、ただそれらを混ぜ合わせるだけでは、ルグさんの求める繊細な要求には応えられませんでしょう。
大切なのは、それぞれの素材が持つ力を最大限に引き出しつつ、それらが互いに調和し、全体として極めて微かで、清浄な気配のみを残すように調えること。
それは、まるで存在しないかのように、けれど確かにそこにあって品物を守護する……そんな、空気のような「守り香(まもりこう)」でなければなりません。

わたくしは、「極上調合」の力を集中させ、それぞれのハーブの最も純粋なエッセンスだけを抽出するような感覚で、それらを慎重に混ぜ合わせていきました。
砕くのではなく、まるで素材の魂を呼び覚ますかのように、指先で優しく揉み合わせ、それぞれの気配が溶け合うのを感じ取ります。
そして最後に、ほんの少しだけ、あの源流で採取した“水鏡草”の乾燥させた粉末を加えました。
それは、全ての香りを浄化し、透明なヴェールで包み込むような、不思議な力を持つように感じられたからでございます。

そうして完成いたしましたのは、数種類の「守り香」の試作品でございました。
一つは、ラベンダーとローズマリーを主体とした、清涼感のある微香性のもの。
もう一つは、ヒノキと白土を中心とした、ほとんど香りを感じさせないほどに無臭に近い、けれど空気を清浄にする力に特化したもの。
そして三つ目は、それらの中間的な性質を持つものでございます。
それぞれを、通気性の良い薄絹の小袋に丁寧に詰めました。

「ルグさん、お待たせいたしました。こちらが、わたくしが調合いたしました“守り香”の試作品でございます。どうぞ、お手元の絹でお試しになってみてくださいまし」

ルグさんは、期待と不安の入り混じったような表情で、それぞれの小袋を受け取り、恐る恐る絹の反物のそばへ置いてみました。
そして、しばらくの間、じっとその様子を見守り、時折、絹の生地に鼻を近づけて香りを確かめておられます。

やがて、彼の顔に、驚きと、そして次第に喜びの色が広がってまいりましたの。

「……こいつは……驚いた……! ほとんど匂いはしねぇのに……なんだか、この絹の周りの空気が、すうっと澄んでいくような感じがするぞ……!?」

特に、ヒノキと白土を中心とした無臭に近い「守り香」が、彼のお眼鏡にかなったようでございます。

「これだ……これだよ、アナスタシアさま! これなら、どんなに鼻の利くお客さんだって文句は言わねぇはずだ! しかも、なんだかこの絹自体が、ほんの少しだけ……生き生きとしてきたような気さえする……!」

「ふふ、それは“守り香”が、絹の呼吸を助け、余分な湿気や淀んだ気を取り除いてくれたからかもしれませんわね。この香りは、品物を守るだけでなく、そのものの持つ本来の美しさを保つお手伝いもしてくれるはずですわ」

「いやぁ……参った! あんたは本当に、魔法使いみてぇだな! これがあれば、わしの商売も安泰だ! いくら礼をすりゃあいいんだ!?」

ルグさんは興奮冷めやらぬ様子で、大きな革袋から金貨を取り出そうとなさいましたけれど、わたくしはそっとそれを押しとどめました。

「ルグさん、お代は結構ですわ。その代わりに、もしよろしければ……あなたが旅先で見つけられた珍しいハーブや香辛料などがございましたら、ほんの少しだけ分けていただけると嬉しいのですが。わたくしにとっては、それが何よりの報酬でございますもの」

「なんだ、そんなことでいいのかい? それならお安い御用だ! 実はな、ちょうど次の旅で、東方の山岳地帯にしか自生しねぇっていう、不思議な香りのする木の皮を手に入れる算段があるんだ。もし手に入ったら、一番に嬢ちゃんに届けに来るぜ!」

「まあ、それは楽しみですわ。ありがとうございます、ルグさん」

ルグさんは、わたくしが調合した「守り香」の小袋をそれはもう大切そうに革袋に仕舞い込み、何度も何度もお礼を言いながら、上機嫌で小屋を後にされました。
その足取りは、来た時とは比べ物にならないほど軽やかでございましたわ。

彼の姿が見えなくなってから、わたくしは一人、小屋の中で静かに息をつきました。
人の心を癒すお茶、祝祭を彩る香り、そして今度は、大切な品物を守るための「守り香」。
わたくしの「極上調合」の力は、思いもよらぬ形で、人々の暮らしや営みの中に役立てられていくようです。
それは、わたくしにとって大きな喜びであると同時に、この力と真摯に向き合い、その可能性をさらに探求していくことへの、新たな責任を感じさせる出来事でございました。

エリアスさまの手記には、こうも記されておりましたわ。
「真の調合術とは、単に素材を混ぜ合わせるにあらず。天地自然の理(ことわり)を理解し、万物と感応し、そしてそこに愛と祈りを込めることによって初めて成就する、聖なる技なり」と。
わたくしの道は、まだ始まったばかり。
けれど、この「静寂の香り亭」から、これからも多くの香りの物語が紡がれていくことを、わたくしは静かに確信しておりましたの。
窓の外では、遠くの山々が夕焼けに染まり、穏やかな風が、新しいハーブの香りを運んできておりましたわ。
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