【完結】没落令嬢、異世界で紅茶店を開くことにいたしました〜香りと静寂と癒しの一杯をあなたに〜

旅する書斎(☆ほしい)

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第49話

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吟遊詩人エリアンが残していった“静寂の香り亭のバラード”は、その後、彼が訪れる先々の街角や酒場で歌われることとなり、風の便りとなって、時折わたくしの耳にも届くようになりました。
その歌は、聴く人の心を穏やかにし、湖畔の小さな小屋と、そこに住むという不思議な香草師への、優しい憧憬をかき立てるものだったそうでございます。
おかげで、わたくしの小屋を訪ねてくる旅人も、以前より少しばかり増えたように感じられましたけれど、その誰もがエリアンの歌に違わぬ、礼儀正しく、そして香りを愛する心を持った方々ばかりでしたので、わたくしの静かな日常が乱されることはございませんでしたわ。

むしろ、エリアンとの出会いは、わたくし自身の調合に、新たな次元を開いてくれたように思います。
香りだけでなく、音やリズム、旋律といったものを意識することで、お茶を淹れるという行為そのものが、より一層創造的で、そして瞑想的なものへと深まっていったのです。
ポットからカップへとお湯を注ぐ音、茶葉がゆっくりと開いていく様、そして立ち上る香りのハーモニー……。
その全てが、一杯のお茶を構成する、かけがえのない楽譜のようでございました。

子どもたちとの「香りの授業」も、ますます賑やかになりましたわ。
エリアンの奏でた音楽にすっかり魅了された彼らは、今では自分たちで木の実や草の茎を使って簡単な笛や打楽器を作り、香草園に自作の「ハーブの歌」を響かせております。
その拙くも楽しげな音楽は、ハーブたちの成長にも良い影響を与えているようで、香草園はいつにも増して生命力に満ち溢れているかのようでございました。

そんな、穏やかで充実した日々が続いておりました、ある初冬の日のことでございます。
冷たい木枯らしが湖面を渡り、香草園のハーブたちも、そろそろ冬の眠りにつく準備を始めている、そんな静かな朝。
一羽の疲れ果てた様子の伝書鳩が、力尽きるようにしてわたくしの小屋の窓辺に舞い降りたのでございます。
その足には、見覚えのある、小さな黒い蝋で封をされた筒が、固く結び付けられておりました。

「まあ……これは……」

わたくしの胸に、一瞬、冷たい予感が走りました。
この封蝋は、以前わたくしが助けた情報収集官のルディさんに、王都の古書店「蒼銀の帳」の存在を教えた際に、目印としてお渡ししたものと同じ様式のものでございます。
わたくしは、そっと鳩を腕に抱き、その体を温めながら、震える指で筒を解きました。

中から現れたのは、極めて薄い羊皮紙に、特殊なインクで見慣れぬ暗号がびっしりと書き込まれた、一枚の書状でございました。
その暗号は、ルディさんが残していった記録の布片に用いられていたローゼン文字とはまた異なる、より複雑で、そして何か不吉な気配を纏ったものでございます。
けれど、わたくしが「極上調合」の力を集中させ、その文字の連なりに意識を向けると、不思議なことに、その意味が断片的なイメージとなって、頭の中に流れ込んできたのです。
それは、父が失脚する前に、ごく一部の貴族の間で用いられていた、古代の儀式にも使われるという、秘匿性の高い文字体系でございました。
なぜ、父がこのようなものを……?
いえ、今はそれを考えている場合ではございませんわ。

書状の差出人は、「蒼銀の帳」の店主、エレノア女史。
ルディさんからの伝言を、彼女が代筆してくださったのでしょう。
その内容は、わたくしの心臓を凍りつかせるに十分なものでございました。

『アナスタシア様。
事態は急を要します。
ルディが持ち帰った情報は、王国の心ある貴族たちの間で共有され、腐敗した勢力を追い詰めるための確かな足がかりとなりました。
しかし、敵もまた、我々の動きを察知し、最後の抵抗を試みております』

手紙は、そう始まっておりました。
そして、続く言葉は、さらに衝撃的なものでございましたわ。

『彼らは、王宮の地下深く、禁断の領域に封印されていた“穢れた魔石”の力を解放し、その邪悪な波動で、王宮内にいる人々の精神を蝕み始めております。
近頃王都で噂になっております、原因不明の“眠り病”……。
それは、この魔石の呪いによるものに相違ありません。
人々は、悪夢にうなされ、次第に生きる気力を失い、やがては魂ごと深い眠りに落ちてしまうのです。
王宮の最高の薬師も、神官たちも、この目に見えぬ呪いに対しては、為すすべもございません』

“穢れた魔石”……。
“眠り病”……。
その言葉の響きだけで、背筋に冷たいものが走りました。
わたくしが以前助けた旅人が、王都の魔石庫で黒曜魔石が不正に搬入されていると語っておりましたけれど、それよりもさらに邪悪なものが、王国の心臓部で解き放たれてしまったというのでしょうか。

『そして、最も懸念すべきは……彼らが、あなた様の存在とその類稀なる“浄化の力”について、すでに情報を得ているということでございます。
彼らにとって、あなた様は、その計画を覆しかねない、最大の障害。
いずれ、あなた様のその静かなる聖域にも、彼らの魔の手が伸びるやもしれません。
これは、ルディからの、命を懸けた伝言でございます』

手紙は、こう結ばれておりました。
『どうか、ご自身の身と、その聖なる力をお守りください。
我々も、内側から戦います。
夜明けは、必ず訪れると信じて……』と。
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