元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

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数日間の馬車の旅を終え、俺はついに目的地のドールンに到着した。
街は、想像していたよりもずっと穏やかで、落ち着いた雰囲気だった。
高い城壁に囲まれてはいるが、王都のような威圧感はない。
行き交う人々も、どこかのんびりしているように見えた。

「ここなら、静かに暮らせそうだ」

俺は街の空気を吸い込み、満足げに頷いた。
まずは宿を確保し、それから仕事を探さなければならない。
この世界で生きていくためには、安定した収入源が不可欠だ。

俺が向かったのは、街の中央広場にある冒険者ギルドだった。
辺境の街でも、ギルドなら何かしらの仕事があるだろう。
別に冒険者になりたいわけじゃない。
求人情報でもあれば、と思ったのだ。

ギルドの建物は、木造の立派な二階建てだった。
扉を開けると、酒と汗の匂いが混じった熱気が顔を撫でる。
中には、いかにも「冒険者」といった風体の男女が大勢いた。
屈強な鎧を着た戦士、ローブをまとった魔法使い、身軽そうな格好の盗賊。
彼らは酒場で酒を酌み交わし、依頼の相談をしている。

場違いな場所に来てしまったかもしれない。
俺は少しだけ後悔したが、今更引き返すわけにもいかない。
意を決して、奥にある受付カウンターへと向かった。

カウンターには、栗色の髪をした若い女性が座っていた。
胸元には「受付 リナ」という名札がついている。

「あの、すみません。仕事を探しているのですが」

俺が声をかけると、リナと名乗る受付嬢は少し驚いた顔をした。

「お仕事ですか? 冒険者登録をご希望ですか?」

「いえ、冒険者ではなくて……何か、事務作業のような仕事はありませんか? 書類整理とか、データ入力とか」

俺の言葉に、リナはきょとんとした顔で首を傾げた。
その反応で、自分の要求が少しずれていることを察した。
ここは冒険者のための場所であって、ハローワークではないのだ。

「申し訳ありません。ギルドで募集しているのは、基本的に冒険者の方だけなんです」

「そうですか……。わかりました、ありがとうございます」

やはり、そう簡単にはいかないか。
俺は礼を言って、カウンターを離れようとした。
その時だった。

「おい! どうなってんだよ、この依頼は!」

怒声と共に、一人の大男がカウンターを強く叩いた。
全身を金属の鎧で固めた、ベテラン風の戦士だ。
その剣幕に、リナは完全に怯えてしまっている。

「も、申し訳ありません! 何か不備がございましたでしょうか……?」

「不備だらけだろうが! 依頼書の目的地が間違ってるせいで、半日も無駄足を踏んだんだぞ! どうしてくれるんだ!」

男が突き出した依頼書を、俺は横からちらりと見た。
それはゴブリンの討伐依頼だったが、確かに討伐対象の生息地が隣の森の名前で記載されている。
これでは、間違えるのも無理はない。

「こ、これは……すぐに確認しますので……」

リナは震える手で、カウンターの下にある書類の束を探し始めた。
しかし、慌てているせいか、なかなか目的の書類が見つからないようだ。

俺は、その一連の業務プロセスを見て、思わず口を挟んでしまった。

「あの、すみません」

「え? は、はい!」

リナと大男の視線が、一斉に俺に集まる。

「その依頼書、発行時の控えはどこに保管してあるんですか? 依頼の種類と受付日で分類してファイリングしておかないと、こういう時にすぐ確認できませんよ」

「ふぁ、ファイリング……?」

リナが聞き慣れない言葉に戸惑っている。
どうやらこのギルドでは、書類管理の基本がなっていないらしい。

「それに、依頼主から提出された依頼書と、ギルドで発行したものを照合するダブルチェックの体制は? まさか、口頭での依頼をそのまま書類に起こしているわけじゃないですよね?」

「え、ええと……」

「そもそも、この依頼書のフォーマット自体に問題があります。目的地の欄が小さすぎるし、特記事項を書き込むスペースもない。これではヒューマンエラーが起きるのも当然です。早急に書式の改訂を検討すべきですね」

俺は、前世の市役所職員としての癖で、つい立て板に水とばかりに問題点を指摘してしまった。
静まり返るギルド。
リナは目を丸くし、怒鳴り込んでいた大男も呆気に取られている。

しまった、と我に返った時にはもう遅かった。
ただの部外者が、ギルドの運営に口出ししてしまったのだ。
まずい、面倒なことになる。

「あんた、何者だ?」

大男が、警戒するような目で俺を見た。
俺がどう答えようか迷っていると、カウンターの奥から一つの声が響いた。

「面白いことを言うじゃないか、そこのお前」

声のした方を見ると、一人の女性が立っていた。
年の頃は三十代前半だろうか。
赤い髪を無造雑作に束ね、冒険者とも違う、ラフだが威厳のある服装をしている。
その鋭い眼光は、俺の全てを見透かしているかのようだった。

「あんたが今の話、全部わかるのかい?」

「ええ、まあ……。書類仕事は専門なので」

「ほう。名前は?」

「キョウヘイと申します」

俺が名乗ると、女性はにやりと笑った。

「あたしはここのギルドマスター、エルザだ。キョウヘイ、あんた、仕事を探してるんだったな?」

「は、はい。ですが、ご迷惑をおかけしました。今のは忘れて……」

「いや、忘れるもんか。ちょうどよかった。うちのギルド、万年人手不足でね。特に、あんたみたいな細かいことに気づく奴は貴重だ」

エルザさんはそう言って、カウンターの中を指差した。
そこには、今にも雪崩を起こしそうなほど、書類の山が積み上がっていた。

「どうだい? 試しにあたしの仕事を手伝ってみないか? もちろん、給料は出す。あんたの働きぶり次第で、正式に採用することも考えてやる」

願ってもない申し出だった。
断る理由など、どこにもない。

「……よろしいのですか?」

「ああ。ただし、口だけじゃないことを見せてもらうぜ」

こうして俺は、半ば強引にドールン冒険者ギルドの職員(仮)として働くことになった。
俺に与えられた仕事は、山積みになった依頼申請書の整理だった。

「これを全部、今日中に仕分けして整理しておくれ。できるかい?」

エルザさんの言葉に、俺は自信を持って頷いた。

「お任せください。定時までには終わらせます」

俺は腕まくりをすると、早速書類の山に取り掛かった。
一枚一枚、丁寧に内容を確認していく。

(これは薬草採取の依頼か。提出書類に不備はないな。『受理』だ)

俺は慣れた手つきで、書類の隅に『受理』と書き込み、判を押す。
もちろん、この世界に判子はないので、指にインクをつけて拇印を押す形だ。
だが、俺の中ではこれは紛れもなく「決裁印」だった。

(次の書類は……ワイバーンの討伐依頼? 危険度が高すぎる。それに、参加推奨ランクの記述が曖昧だ。これでは冒険者の安全を確保できない。よって『却下』)

俺は、その書類に大きく『却下』と書き込んだ。
この判断は、あくまで事務処理上の手続きに過ぎない。
書類に不備があるから、棄却する。ただそれだけのことだ。

(こっちは……遺跡の調査依頼。しかし、添付されている地図が古すぎる。正確な位置が特定できない。これも『却下』だな)

俺は次々と書類を仕分けしていく。
受理すべきもの、却下すべきもの、保留にして確認が必要なもの。
長年の公務員生活で培われたスキルが、遺憾なく発揮されていた。

周りの職員たちが、信じられないものを見るような目で俺の作業を眺めている。
リナも、口を半開きにして固まっていた。

「す、すごい……あんなにたくさんあった書類の山が、どんどん片付いていく……」

「なんて速さだ……しかも、一枚一枚ちゃんと目を通しているぞ」

彼らの呟きが聞こえてきたが、俺は気にせず作業に集中した。
これは俺にとって、天職なのだ。
黙々と書類を処理している時間は、何よりも充実していた。

数時間後、あれだけあった書類の山は、綺麗に整理され、項目ごとに分類された状態で棚に収まっていた。
時計を見ると、まだ定時の午後五時には少し早い。

「終わりました、ギルドマスター」

俺が報告すると、エルザさんは信じられないといった表情で、整理された棚と俺の顔を交互に見た。

「……本当か? あの量を、たった半日で……?」

「ええ。業務効率を考えれば、当然かと」

俺のあっさりとした返事に、エルザさんはしばらく黙り込んだ。
そして、次の瞬間、腹の底から笑い出した。

「はっはっは! 気に入った! キョウヘイ、お前、明日から正式にうちの職員だ!」

こうして俺は、異世界に来て早々、安定した職を手に入れることに成功したのだった。
俺の新しい職場は、冒険者ギルドの受付カウンター。
願っていた通りの事務仕事だ。

「よし、これで平穏な毎日と定時退勤が手に入るぞ」

俺は満足感に浸っていた。
自分のスキルが、このギルドでとんでもないことを引き起こし始めているとは、まだ気づかずに。

翌日から、俺はギルドの受付職員として本格的に働き始めた。
主な仕事は、冒険者からの依頼の受付と、新規冒険者の登録手続きだ。

「あの、冒険者になりたいんですけど……」

カウンターにやってきたのは、まだ幼さの残る少年少女三人組のパーティだった。
装備も貧弱で、お世辞にも強そうには見えない。

「はい、ではこちらの登録申請書にご記入ください」

俺は事務的な口調で、書類を手渡す。
三人は緊張した面持ちで、慣れない手つきでペンを走らせた。

「……書けました」

提出された書類を確認する。
名前、年齢、希望する職業。特に不備はない。

「はい、結構です。では、こちらのギルドカードをお渡しします。これであなたたちも、今日から冒険者です」

俺は手続きを終え、最後に申請書に判を押した。
もちろん、俺の中での認識は『受理』だ。

「これで、あなたたちの冒険者登録申請を『受理』しました。頑張ってください」

「は、はい! ありがとうございます!」

少年たちは嬉しそうに頭を下げ、早速依頼ボードへと向かっていった。
初めての依頼だろう。薬草採取の簡単な仕事を選んでいる。

俺はその光景を横目に、次の業務に取り掛かった。
彼らの登録を『受理』したことで、彼らのステータスが一時的に大幅に上昇しているなど、知る由もなかった。
俺はただ、今日の業務を時間内に終わらせて、定時で帰ることしか考えていなかったのだから。
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