元公務員、辺境ギルドの受付になる 〜『受理』と『却下』スキルで無自覚に無双していたら、伝説の職員と勘違いされて俺の定時退勤が危うい件〜

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俺は結局、その剣士を近くの酒場へ連れて行くことになった。
定時退勤は果たしたものの、どうにも厄介な案件に捕まってしまったようだ。

「で、相談というのは、その兜のことですか」

エールを一口飲み、俺は単刀直入に切り出した。
男は「ガイオン」と名乗った。
彼は黙って頷くと、重々しく口を開いた。

「ああ。こいつは『狂戦士の兜』。ある遺跡で見つけたんだが、一度被ったら二度と外せなくなってしまった」

「外せない、ですか」

「そうだ。どんなに力を込めても、魔法を使っても、びくともしない。それどころか、こいつは俺の意思とは関係なく、戦闘になると勝手に理性を奪い、俺を狂戦士に変えてしまうんだ」

ガイオンさんは、兜の下からくぐもった声で語った。
なるほど、いわゆる呪いの装備というやつか。

「おかげで仲間からは気味悪がられ、パーティも解散。今じゃソロで細々と依頼をこなすだけだ。この街の神殿にも相談したが、全く歯が立たなかった」

話を聞きながら、俺は頭の中で情報を整理していた。
つまり、これは「装備品の不正な継続利用」に関する案件だ。
本人の意思に反して効果を発揮し、かつ解除もできない。
これは明らかに、利用規約違反に相当する。

「なるほど、事情は理解しました。それはつまり、装備品の登録解除をしたい、ということでよろしいですね?」

「とうろくかいじょ……? まあ、そういうことになるのか……?」

ガイオンさんは、俺の事務的な言葉に戸惑っている。
しかし、俺からすればこれは完全に事務手続きの範疇だ。

「わかりました。その件、ギルドとして対応しましょう。ただし、正式な手続きが必要になります。まずは、申請書を提出していただかなければなりません」

「し、申請書?」

「ええ。特殊な案件ですから、専用のフォーマットが必要です。明日、ギルドの窓口までお越しください。私が専用の申請書を用意しておきます」

俺はきっぱりと言い切った。
どんな複雑な問題も、まずは書類に落とし込み、手続きの土台に乗せることが重要なのだ。
それが公務員としての俺の信条だった。

「お、おい、あんた、本当に何とかしてくれるのか……? これはただの兜じゃない、強力な呪いなんだぞ!」

「呪いであろうと、手続きは手続きです。規定に沿って、粛々と処理するだけですよ」

俺のあまりにも落ち着いた態度に、ガイオンさんは逆に不安になったようだ。
しかし、俺にしてみれば、市民の複雑な家庭事情による住民票の移動手続きも、呪いの兜の解除申請も、本質的には同じ「処理すべき案件」でしかない。

翌日、俺は始業時間より少しだけ早くギルドに出勤した。
カウンターで、紙とペンを使い、ある書類を作成するためだ。

【特殊装備品 利用権限 解除申請書】

俺は前世の知識を総動員し、それらしい書式を作り上げた。
申請者名、装備品名、取得経緯、発生している問題、解除を希望する理由。
必要な項目を漏れなく盛り込み、誰が見ても分かりやすいフォーマットに仕上げる。

「キョウヘイさん、おはようございます。それは……?」

出勤してきたリナが、俺の手元を覗き込んできた。

「おはよう、リナさん。これは、新しい申請書のフォーマットだよ。特殊な相談が持ち込まれたからね」

「わあ……すごいです。すごく、本格的な書類……」

リナは感心したように、俺が作った申請書を眺めている。
そうこうしているうちに、ギルドの扉が開き、約束通りガイオンさんがやってきた。
その巨体は、朝の静かなギルドではやけに目立つ。

「来たか。話は聞いている。こっちだ」

エルザさんが、手招きでガイオンさんを応接スペースへと案内した。
俺も、作成したばかりの申請書を持って、その後を追う。

「キョウヘイ、お前から説明してやんな」

「はい」

俺はテーブルの上に申請書を広げ、ガイオンさんに向き合った。

「こちらが、今回の手続きに必要な『特殊装備品 利用権限 解除申請書』です。まずは、こちらの書類に必要事項を全てご記入ください」

「こ、これを全部、俺が書くのか……?」

ガイオンさんは、びっしりと項目の並んだ申請書を見て、少し顔を引きつらせた。

「当然です。申請は、ご本人にしていただくのが原則ですから。取得経緯や問題点については、できるだけ詳細にお願いします。内容に不備があった場合、申請が『却下』される可能性がありますので」

俺はあくまで事務的に、しかし有無を言わせぬ口調で説明した。
ガイオンさんは観念したように、ペンを手に取った。
それからしばらく、彼は申請書と格闘することになった。
巨体に似合わず、意外と字は綺麗なようだ。

一時間ほど経っただろうか。
ガイオンさんは、ようやく全ての項目を埋め終えた申請書を、俺の前に差し出した。

「……これで、いいか?」

「拝見します」

俺は提出された申請書を受け取り、隅々まで目を通した。
ふむ、記入漏れはない。取得経緯も具体的で分かりやすい。
問題点として「理性を失い、敵味方の区別なく攻撃する危険性がある」と書かれている。
これは重大な規約違反だ。

「内容、確認しました。装備者本人の明確な意思に基づかない強制的な機能の行使、および第三者へ危害を加える可能性。これは、ギルドが定める冒険者倫理規定に著しく違反しています」

俺は審査官のような口調で、審査結果を述べた。

「よって、当該装備品の継続的な利用許可申請は、到底認められるものではありません」

俺はそう宣言すると、懐からインク壺を取り出し、親指にインクをつけた。
そして、申請書の隅にある決裁欄に、力強く拇印を押した。

「本件、これをもって『却下』とします」

俺がそう告げた、その瞬間だった。

カラン。

静かな応接スペースに、乾いた金属音が響いた。
音のした方を見ると、ガイオンさんの足元に、あの禍々しい兜が転がっていた。
今まで何をしても外れなかったはずの兜が、まるで最初からそこに置かれていたかのように、あっさりと外れていたのだ。

「……え?」

ガイオンさんが、呆然と自分の頭に手をやる。
そこにはもう、兜の感触はない。
露わになった彼の顔は、長年兜を被っていたせいか少し青白いが、歴戦の勇士らしい精悍な顔つきをしていた。

「……外れた……? う、嘘だろ……?」

ガイオンさんは自分の顔や頭を何度も触り、床に落ちた兜を見て、信じられないといった表情で固まっている。
隣にいたエルザさんも、リナも、言葉を失ってその光景を見つめていた。

「よし、これで手続きは完了ですね」

俺は一人、満足げに頷いた。
不備のある申請を、正式な手続きに則って棄却した。
その結果、問題が解決した。
実にスムーズで、模範的な事務処理だったと言えるだろう。

「お、おい、あんた……一体、何をしたんだ……?」

我に返ったガイオンさんが、震える声で俺に尋ねた。

「何、とは? ただ、あなたの申請を規定通りに審査し、不適切と判断したため『却下』しただけですが」

「そ、それだけで……長年俺を苦しめてきた呪いが……?」

「ですから、呪いではなく、不適切な装備品の継続利用です。問題が解決して何よりです。それでは、私は業務に戻りますので」

俺は用件は済んだとばかりに席を立とうとした。
しかし、その腕をガイオンさんががっしりと掴んだ。

「待ってくれ! 頼む、このご恩は一生忘れねえ! あんたは俺の、いや、この街の恩人だ!」

ガイオンさんは、その場に膝をつくと、俺に深々と頭を下げた。
そのあまりの大袈裟な反応に、俺は少し困惑してしまった。

「いえ、私はただ仕事をしただけですので……」

「そんなことはない! あんたは、ただの受付職員じゃない! 聖女か、あるいは神の使いか……!」

話がどんどん大きくなっていく。
周囲にいた他の冒険者たちも、何事かとこちらを遠巻きに眺めている。
その視線が、やけに突き刺さる。
まずい。これは、目立ちすぎだ。
平穏な公務員ライフが、遠のいていくような気がした。

この一件は、瞬く間にギルド中に広まった。
「ドールンギルドの新しい受付は、どんな呪いも解いてしまうらしい」
そんな噂が、尾ひれをつけて冒険者たちの間で囁かれ始めたのだ。
俺の知らないところで、俺の評判がどんどん上がっていく。

もちろん、俺自身はそんなことには全く気づいていない。
ただ、いつもより他の冒険者からの視線を感じるな、と思うくらいだ。

「よし、午前の業務も順調だ。このペースなら、今日も定時で帰れるな」

俺はカウンターの向こうで、一人静かに勝利を確信していた。
平穏な日常を守るため、俺は明日も完璧な事務処理をこなすだけだ。
そう、全ては定時退勤のために。

「あの、すみません。キョウヘイさん、いらっしゃいますか?」

カウンターに、おずおずと一人の少女がやってきた。
ローブを深く被り、顔はよく見えない。
しかし、その手には杖が握られており、魔法使いであることが窺えた。

「私ですが、何か御用でしょうか」

俺が応じると、少女は少しだけ顔を上げた。
その瞳は、何かを強く訴えかけているようだった。
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