社畜生活に疲れた俺が転生先で拾ったのは喋る古代ゴーレムだった。のんびり修理屋を開店したら、なぜか伝説の職人だと勘違いされている件

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エレナが帰った後、工房にはまたいつもの穏やかな時間が戻ってきた。
俺はカウンターの椅子に座り、タマの体のメンテナンスを再開した。タマの金属の体を柔らかい布で磨いてやると、気持ちよさそうに水晶の目を細める。

「それにしても、冒険者っていうのは大変な仕事なんだな」

エレナの話を思い出して、俺は呟いた。
オーガの集団と戦うなんて、俺には想像もつかない。前世で、クライアントの無茶な要求と戦っていたのとはわけが違う。

「マスターハ、タタカワナクテイイデス。ワタシガ、マスターヲマモリマス」

タマが頼もしいことを言う。
この小さな体でどうやって守るのかは謎だが、その気持ちが嬉しい。

「ありがとうな、タマ」

俺がタマの頭を撫でていると、工房の扉が、今度は勢いよく開け放たれた。
ベルが、けたたましい音を立てる。

「若造!いるか!」

入ってきたのは、ドスの効いた声の主。
職人ギルドのギルドマスター、ドワーフのドルガンさんだった。その頑固そうな顔には、焦りと興奮が入り混じったような、複雑な色が浮かんでいる。

「ドルガンさん。こんにちは。どうしたんですか、そんなに慌てて」

「どうしたもこうしたもあるか!お前の噂、とんでもないことになっとるぞ!」

ドルガンさんは、カウンターをドンドンと叩きながら言った。

「なんでも、折れた鍬を新品同様にし、穴の空いた鍋を焦げ付かないように改良し、しまいには、オーガにへこまされたミスリルの盾まで完璧に直したそうじゃないか!しかも、どれも破格の値段で!」

さすがギルドマスター、情報が早い。
マーサさんや、他の客がギルドに報告に行ったのだろうか。

「まあ、大体は合ってますけど……。そんなに騒ぐようなことですか?」

「騒ぐわ!大騒ぎじゃ!お前さん、自分が何をやっとるのか、わかっとるのか!?それはもう、職人の域を超えとる!神の御業じゃ!」

ドルガンさんは、本気で興奮しているようだった。
その目は血走り、見事な髭がわなわなと震えている。

「ははは、大げさですよ」

俺が苦笑いしていると、ドルガンさんはハッとしたように表情を改め、少しバツが悪そうに咳払いをした。

「……まあ、その腕は、ワシがこの目で見て確かめたことじゃ。今更疑うつもりはない。それよりも、だ。お前さんに、至急見てもらいたいものがある」

そう言うと、ドルガンさんは背負っていた革の袋を、慎重にカウンターの上に置いた。
そして、中から厳重に布で包まれた何かを取り出した。

「これだ。見てくれ」

布が開かれると、現れたのは手のひらサイズの小さな鈴だった。
全体が黒ずんでおり、表面には細かいひびが入っている。見た目は、ただの古びた鈴だ。

「これは?」

「『沈黙の鈴』じゃ。数十年前に、とある古代遺跡から発掘された魔道具だ。これを鳴らすと、周囲の音を完全に消し去る空間を作り出すと言われておる」

古代遺跡。
その言葉に、俺の隣にいたタマの水晶の目が、ピクリと反応した。

「ですが、発掘された時からこの状態でな。ひびが入って、全く機能せん。これまで、国中の一流の魔道具職人たちが、何人もこいつの修理に挑戦したが、誰一人として成功しなかった。そもそも、この鈴が何の素材でできているのかすら、誰にもわからんのじゃ」

ドルガンさんは、悔しそうに言った。
ドワーフは職人としての誇りが高い種族だ。自分たちの技術で解析できない遺物があることが、許せないのだろう。

「それで、俺にこれを?」

「うむ。お前さんなら、何か分かるかもしれんと思ってな。その不思議な力で、こいつの正体を突き止めることはできんか?」

修理、ではなく、解析の依頼か。
面白そうだ。俺は、その黒ずんだ鈴を手に取った。

ひんやりとしていて、見た目以上に重い。
そして、手に取った瞬間、タマが小声で呟いた。

「マスター……。コレハ……ナツカシイ……ニオイ……」

「タマ?」

「ワタシヲ、ツクッタヒトタチト、オナジニオイガシマス」

なんだって?
つまり、この鈴は、タマと同じ古代文明で作られたものだということか。

俺は、ゴクリと唾を飲んだ。
これは、ただの魔道具じゃない。ロストテクノロジーの塊だ。

俺は、ゆっくりと鈴に意識を集中させ、スキルを発動した。

「『分解』」

その瞬間。
これまで経験したことがないほどの、膨大で、そして超高密度の情報が、津波のように俺の脳内へとなだれ込んできた。

「うっ……!」

思わず、こめかみを押さえる。
頭が割れるように痛い。鍬や盾の構造情報とは、次元が違う。これは、例えるなら、一枚の設計図と、数万ページに及ぶ論文くらいの差があった。

鈴の素材は、未知の金属元素を複数組み合わせた合金。
その内部には、魔力で描かれた、電子回路よりも遥かに精密で複雑な術式が、何層にもわたって刻み込まれている。

音を消す仕組みも、単純なものではなかった。
空間そのものに干渉し、音の振動を司るエーテルという物質の働きを、一時的に停止させる。とんでもない技術だ。

ひび割れは、その内部術式の根幹部分を寸断してしまっていた。
これでは、機能するはずがない。

「おい、若造!大丈夫か!?」

俺がうめき声を上げたのを見て、ドルガンさんが心配そうに声をかけてきた。

「だ、大丈夫です……。少し、情報量が多かっただけで……」

俺は額の汗を拭った。
これは、骨が折れそうだ。だが、同時に、俺の職人としての魂に火がついた。

これを、直してみたい。
この、古代の超技術の結晶を、この手で蘇らせてみたい。

「ドルガンさん。これ、修理してみてもいいですか?」

俺がそう言うと、ドルガンさんは目を丸くした。

「なっ……!修理じゃと!?正気か、若造!国中の職人が匙を投げた代物だぞ!?」

「ええ。構造は、今ので大体わかりましたから。たぶん、直せます」

俺の自信に満ちた言葉に、ドルガンさんは絶句している。
その顔には、「こいつは何を言っているんだ」と書いてあった。

「ただし、一つだけ問題が。修理には、少し特殊な素材が必要です。この鈴と同じ合金は、俺には作れない。代わりになる、魔力伝導率の高い金属が要るんですが……」

俺は工房の中を見回した。
何か、使えるものはないか。その時、ふと、先日市場で練習用に買ってきた、銀の塊が目に入った。

銀。
魔力伝導率が高い金属として、この世界でも知られている。
あの複雑な術式を繋ぎ合わせる代替素材として、使えるかもしれない。

「……よし、あれでいこう」

俺は銀の塊を手に取ると、再び鈴に向き合った。

「ドルガンさん、今から修理を始めます。少し、集中するので、静かにしていてもらえますか?」

「お、おう……」

ドルガンさんは、俺の気迫に押されたように、黙って頷いた。
俺は大きく深呼吸をすると、全ての意識を、手のひらの上の鈴と、銀の塊に集中させた。

これは、今までで一番、難しい仕事になる。

「『再構築』」

俺は、頭の中にある膨大な設計図を元に、鈴の修復を開始した。
まずは、ひび割れた部分を、銀を使って繋ぎ合わせていく。ただ繋ぐだけじゃない。寸断された、ミクロン単位の内部術式を、銀の粒子で正確に再接続していくのだ。

それは、とてつもなく繊細で、精密な作業だった。
少しでも術式の繋がりを間違えれば、この鈴はただの金属の塊になってしまうだろう。もしくは、暴走して、とんでもない現象を引き起こすかもしれない。

俺の額から、玉のような汗が流れ落ちる。
工房の中は、俺の荒い呼吸の音と、ドルガンさんが固唾を飲む音だけが響いていた。

そして、どれくらいの時間が経っただろうか。
俺の手の中で、鈴がカチリ、と小さな音を立てた。
黒ずんでいた表面の汚れが剥がれ落ち、まるで黒曜石のような、深く美しい艶が蘇る。

そして、ひび割れていた部分には、まるで稲妻のような、美しい銀色の線が走っていた。

「……できた」

俺は、かすれた声で呟いた。
完成した『沈黙の鈴』は、以前とは比べ物にならないほどの存在感を放っている。

「これが……直った、というのか……?」

ドルガンさんが、信じられないという声で言った。
俺は黙って、その鈴を彼に手渡した。

「試してみてください」

ドルガンさんは、ゴクリと唾を飲み込むと、震える手で鈴を受け取った。
そして、ゆっくりと、その鈴を掲げ、チリン、と鳴らした。

音は、出なかった。
その代わり、鈴から半透明の波紋のようなものが広がり、一瞬にして工房全体を包み込んだ。

その瞬間、全ての音が、世界から消えた。
外の喧騒、風の音、ドルガンさんの荒い息遣い。何も聞こえない。まるで、分厚いガラスの中にいるようだ。

ドルガンさんが、何かを叫んでいるのが口の動きでわかる。
だが、その声は、俺の耳には全く届かなかった。
そこにあるのは、完璧な、絶対的な静寂だけだった。

ドルガンさんは、自分の口と俺の顔を交互に指差し、信じられないという表情で、ただただパクパクと口を動かしている。
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