不遇スキル『動物親和EX』で手に入れたのは、最強もふもふ聖霊獣とのほっこり異世界スローライフでした

５５

その日は、夜明け前から、丘の上の空気がいつもとは少し違うことに、俺は気づいていた。
それは不安や緊張といったものではなく、どこまでも清らかで、そして荘厳な期待感に満ちた空気だった。

「レオンさん……。どうやら、そろそろみたいですわ」

隣で眠っていたリリアさんが、穏やかな、しかし確信に満ちた声で俺に告げた。
その言葉に、俺は大きく頷く。パニックなど微塵もなかった。ただ、この日のために準備してきた全てを、落ち着いて実行するだけだ。

俺たちの家には、リリアさんの助産のために、エルフの国の医療師と、百獣の王国のベテラン産婆さんが、数日前から泊まり込みで待機してくれていた。そして、アカデミーでリリアさんの一番弟子として成長したアンナも、小さな助産師として、真剣な面持ちで準備を手伝ってくれている。

陣痛が始まると、その知らせはまるで風に乗るかのように、瞬く間に丘全体、いや、世界中へと伝わっていった。

丘の上では、動物たちが皆、静かにその時を待っていた。音楽を奏でる青い花々は、これまで誰も聴いたことのない、新しく、そしてこの上なく優しい子守唄を、一斉に奏で始めた。

その奇跡は、世界中で同時に起こっていた。

エルフの森では、世界樹がその全身から、生命の誕生を祝福するかのような、柔らかな緑色の光を放ち始めた。

ドワーフの山では、昼夜問わず鳴り響いていた槌の音がぴたりと止み、全てのドワーフたちが、東の空を見つめ、祈りを捧げていた。

百獣の王国の上空には、伝説の天空鯨たちがどこからともなく集まり、新しい命の誕生を祝う、低く、そして荘厳な祝福の歌を響かせている。

海の都では、珊瑚の神殿が虹色に輝き、その光は海全体を温かく照らし出していた。

星そのものが、一つの小さな命の誕生を、固唾をのんで見守り、そして心から祝福している。
それは、俺が『生命共鳴』の力でこの星に調和をもたらした、その最終的な答えのようでもあった。
この星に生きる全ての生命は、もはや他人ではない。一つの大きな家族なのだ。

そして、東の空が白み始め、最初の朝日の光が地平線から差し込んできた、その瞬間。

「おぎゃあ！おぎゃあ！」

力強く、そして生命力に満ち溢れた、赤ちゃんの産声が、部屋の中に響き渡った。

その声に応えるかのように、一筋の純粋な太陽の光が窓から差し込み、生まれたばかりの赤ちゃんを、まるでスポットライトのように優しく照らし出した。アンナの肩から飛び立ったルクスが、赤ちゃんの周りを祝福するように舞い、キラキラとした光の粉を振りまいている。

「おめでとうございます、リリア様、レオン様！元気な、元気な女の子ですわ！」

産婆さんの、喜びに満ちた声。
俺は、汗でぐっしょりと濡れたリリアさんの手を強く握りしめた。彼女の顔は疲労困憊のはずなのに、これまで見たこともないほど美しく、そして幸せに満ちた笑顔を浮かべていた。

俺は、産着に包まれた、まだ赤くふやけた小さな命を、おそるおそる腕に抱いた。
ずっしりと、しかしどこまでも温かい、命の重み。俺の指を、その小さな手できゅっと握り返してくる。
その瞬間、俺の目から、自分でも気づかないうちに、大粒の涙がぽろぽろとこぼれ落ちていた。

「名前……決めていたんだ」

俺は、涙声でリリアさんに語りかける。

「この子が、俺たちにとって、そしてこの世界にとっての、希望の光になってほしいから……。『ヒカリ』と名付けたいんだ」

「ヒカリ……。ええ、とても素敵な名前ですわ」

リリアさんも、涙を浮かべながら微笑んだ。

その時、ずっとドアの外で、心配そうに中の様子を窺っていたフェンが、そっと部屋に入ってきた。
彼は、おそるおそる、俺が抱いているヒカリに近づいてくる。そして、くんくんと、その小さな匂いを嗅いだ。

俺が、にっこりと頷いて見せると、フェンは意を決したように、ヒカリの小さな頬を、その柔らかい舌で、優しく、優しく、ぺろりと舐めた。

普通なら、赤ちゃんは驚いて泣き出してしまうかもしれない。だが、ヒカリは違った。

きゃっきゃっ、と、鈴を転がすような、天使のような笑い声を上げたのだ。
そして、その小さな手を伸ばし、フェンのふわふわの毛を、きゅっと掴んだ。

その瞬間、二人の間には、言葉など必要ない、確かな絆が結ばれた。

世界で一番優しくて、頼りになるお兄ちゃんと、世界で一番幸せな妹。

俺は、腕の中の小さな光と、その光に寄り添う、もう一つの温かい光を、ただただ愛おしく見つめていた。

窓の外からは、世界中の祝福を乗せた、優しい風が吹き込んでくる。
俺たちの、新しい物語が、今、この丘の上で、最高の形で始まったのだ。