役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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カイが指差した地図の上には、道を示す線など何も無かった。
村と東の町の間には、深い緑色の森が広がっている。
そして一本の青い川が、その森を横切るように描かれていた。

「本当ね、道はないみたい。でも昔の人は道がなくても、ちゃんと移動していたのよ」

私はロウソクの灯りを見ながら、カイたちにそう言った。
カイもアルフレッドも、不思議そうな顔で私の言葉を待つ。

「この川こそが、昔の人が使っていた道なのよ」

「川が、道だって言うのか」

カイが、全く意味が分からないという顔で聞き返した。

「ええ昔は馬車が通る立派な道がなくて、人々は船で川を移動していたの。川は重い荷物を一度に運べる、最高の道だったのよ」

私がいた世界の歴史では、大きな文明は必ず川のそばで発展した。
水を使った輸送は、人や物を動かすために欠かせないものだったのだ。
この世界の歴史が、私の知るものと同じとは限らない。
けれど便利に暮らしたいと願う人の心は、きっと同じはずだ。

「船か、なるほどな」

カイは私の説明を聞いて、腕を組みながら唸っている。
彼の頭の中でも、川を道として使う考えがまとまってきたようだった。

「しかしお嬢様、我々には船が一艘もございません。この村には、小さな釣り舟すらないのです」

アルフレッドが、現実的な問題を口にした。
彼の言う通りだ。
移動の考えがあっても、肝心の乗り物がなければ意味がない。

「それなら、作ればいいのよ」

私は、はっきりとそう言い切った。
私の言葉に、カイとアルフレッドは揃って目を丸くする。

「作るって、船をかい」

「ええ、そんなに難しいことではないわ。この村の周りには、材料がいくらでもあるもの」

私の頭の中には、すでに船の完成図が浮かんでいた。
森に生えている、大きくて丈夫な木を使うのだ。
それをくり抜いて作る、丸木舟という船である。
昔から世界中の人々が作ってきた、最も原始的で信頼できる船だ。

「みんなで力を合わせれば、きっと立派な船ができるわ。町へ蜂蜜を売りに行くための、希望の船がね」

私の力強い言葉を聞くと、カイの目に再び光が宿った。
彼は広場に残っていた村人たちに向かって、大きな声で叫んだ。

「聞いたか、お前ら。次は、俺たちの手で船を作るぞ」

その声を聞いて、宴会の続きを楽しんでいた村人たちが集まってくる。
カイが興奮した様子で私の計画を話すと、村人たちの顔もやる気に満ちていった。

「船を、俺たちで作るのか」

「なんだか、面白そうだな」

「リゼット様が言うなら、きっとできるさ」

村にはもう、不可能という言葉はなかった。
リゼット様が言うことなら、必ず実現できる。
そんな絶対の信頼が、村全体に満ちあふれていた。

次の日の朝、村は夜明けと共に動き出した。
新しい計画は、もう始まっている。
まず船の材料になる、大きくて立派な木を探すことから始めた。

「森で一番大きくて、まっすぐな木を探すのよ。船の底になる大事な部分だから、節が少ないものがいいわ」

私の指示を受けて、カイが村の若者たちを連れて森の中へ入っていく。
残った村人たちも、もちろん遊んではいない。

「船をくり抜くための道具を、新しく作りましょう。今ある斧や鉈だけでは、時間がかかりすぎるから」

私は、鍛冶仕事ができる村人たちを集めた。
幸いこの村には、農具を作るための小さな鍛冶場があるのだ。
燃料の木炭も、家づくりの時に良いものを作れるようになっていた。

「こういう先の丸いノミと、大きな木槌が欲しいの。それと木の表面を滑らかにする、鉋という道具もお願い」

私は地面に、作業で使う道具の絵を描いて見せた。
これも昔の博物館で見た、船づくりの道具の記憶を元にしている。
鍛冶屋の親方は、私の描いた絵をじっと見つめた。
そして、すぐにその意味を理解したようだった。

「なるほど、これなら確かに効率よく木を削れますな。お任せください、巫女様。最高の道具を作ってみせましょう」

親方は弟子たちに指示を飛ばし、すぐに炉に火を入れた。
カン、カンという槌の音が村に響き渡る。
それは新しい時代の始まりを告げる、合図のようにも聞こえた。

昼過ぎに、カイたちが森から戻ってきた。
その顔は、満足感と興奮で輝いていた。

「リゼット様、見つけたぜ。とんでもなくでっかい木をな」

カイの案内に従って、村人たちみんなで森へと向かう。
そこには天に届くような、一本の巨大な樫の木が立っていた。
幹の太さは、大人が五人で手を繋いでも届きそうにない。

「すごいわ、これなら十人以上が乗れる大きな船が作れる」

私はその巨木を見上げて、感心したように声を上げた。
木を切り倒すのは、とても大変な作業だった。
何本もの斧が、代わる代わる幹に打ち込まれる。
森には、気持ちの良い音が響き渡った。
数時間後、巨木は地響きと共にその体をゆっくりと横たえた。

切り倒した木は、重すぎて村まで運ぶことができない。
私たちはその場で船の形に、ある程度まで加工することにした。

「まず枝を全部落として、幹を丸太の状態にするの。そして船の底を平らに削って、安定させるのよ」

私が指示を出すと、村人たちは慣れた手つきで作業を始めた。
家づくりで身につけた、チームワークは完璧だった。

数日をかけて、丸太は巨大なカヌーのような形に削られていく。
外側が完成すると、次はいよいよ中をくり抜く作業だ。

その頃には鍛冶場でも、私が頼んだ通りの道具が完成していた。
切れ味は抜群で、面白いように木を削っていくことができる。

「すげえ、この道具は使いやすいぜ」

若者たちは、新しい道具の性能に声を上げた。
彼らは夢中になって、船の内側を削り始めた。
トントンという、無数のノミの音が森の中に響く。
それはまるで、巨大なキツツキの群れが木を彫っているかのようだった。

作業は、想像以上に根気がいるものだった。
船の壁は、少しずつ薄くなっていく。
私は時々壁の厚さを確かめながら、削りすぎないように指示を出した。

「底の部分は、少し厚めに残しておいてね。船の強さを保つためよ。横の部分は、人が座るのに邪魔にならないくらいまで薄くしましょう」

村人たちは汗と木屑にまみれながら、黙々と作業を続けた。
誰も、文句は一つも言わない。
自分たちの手で未来への乗り物を作っているという喜びが、彼らの体を動かしていた。

そして作業開始から一週間が経った頃、ついにくり抜き作業が完了した。
中には大人数が楽に座れる、広々とした空間が生まれている。

「できたぞ」

カイがノミを置いて、達成感に満ちた声でぽつりと呟いた。
その声に、周りで作業していた村人たちも次々と顔を上げる。
彼らの顔には深い疲労と、それを上回る大きな達成感が浮かんでいた。

「「「おおおおおっ」」」

誰かが上げた叫び声をきっかけに、森中に喜びの声が広がった。
皆は互いの頑張りを褒めあい、肩を叩き合っている。
私も、胸に込み上げてくる熱いものを感じていた。

「すごいじゃないみんな、本当に立派な船ができたわ」

「これも、リゼット様のおかげです」

「巫女様、万歳」

村人たちの歓声に包まれて、私は少し照れくさく笑った。
しかし船づくりは、まだこれで終わりではない。

「みんな、喜ぶのはまだ早いのよ。このままでは水を吸って、船が重くなってしまうわ。最後に、船が水を吸わないようにする仕上げが必要なの」

「仕上げの、まじないか」

カイが、不思議そうに聞き返した。
私は、にっこりと頷いた。

「ええ、森の恵みをもう一度借りるのよ」

私は村人たちに指示して、森の松から松脂をたくさん集めてきてもらった。
そしてそれを大きな鍋に入れ、火にかけてゆっくりと煮詰めていく。

鍋の中では松脂が溶けて、黒くて粘り気のある液体に変わっていった。
独特の、森の香りが辺りに広がっていく。

「この黒い液体を、船の内側と外側にまんべんなく塗るの。これが乾けば、水を弾く強力な膜になってくれるわ」

これは、防水効果のある天然のペンキだ。
昔の船も、同じような方法で防水加工をしていた。
村人たちは感心したように頷き、早速作業に取り掛かってくれた。

刷毛のような便利なものはないから、布の切れ端を使って手で丁寧に塗っていく。
船体は、みるみるうちに黒く艶やかに輝き始めた。
その姿は、まるで黒い宝石で作られた芸術品のようである。

「綺麗だなあ」

誰かが、うっとりとして呟いた。
黒い船体は森の緑によく映え、不思議な美しさを放っている。
村人たちの手によって、ただの丸太が魂を宿したかのように生まれ変わったのだ。

私は黒く輝く船のへりに、そっと手を触れた。
まだ松脂の温かさが、かすかに残っている。
この船が村に運ぶ未来を思い、私は乾き始めた船体をいつまでも見つめていた。
村人たちが、最後の仕上げである松脂を塗る作業に夢中になっている。
その真剣な横顔は、もはや貧しい村人ではない。
自らの手で未来を切り開く、誇り高い職人の顔つきだった。
カイが私の隣にやってきて、同じように船を眺めている。
彼の目にも、満足そうな色が浮かんでいた。
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