役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました

☆ほしい

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「なあリゼット様、俺にもその文字ってやつを教えてもらえねえかな。」
彼の目は、燃える薪のようにまっすぐで真剣だった。

町で見たギルドの契約書や、私が熱心に本を読む姿。
それらが、彼の心に火をつけたのだろう。
ただの好奇心ではない、知ることへの強い渇望がそこにはあった。

私は、驚きと嬉しさで胸がいっぱいになる。
この村が本当の意味で豊かになるため、その第一歩が今ここから始まるのだ。

「ええもちろんよ、喜んで教えるわ。」
カイだけでなく、学びたいと願う人には誰にでも教えるつもりだ。

私の返事に、カイの顔がぱっと明るくなる。
その笑顔は、まるで雲間から差し込む太陽の光のようだった。
隣で話を聞いていた若者たちも、興味津々で顔を見合わせている。
彼らの間でも、言葉にできない何かが動き始めているのが分かった。

「本当か、リゼット様。俺たちみたいなもんに、本当に文字が覚えられるのか。」
若者の一人が、おそるおそる期待に満ちた声で尋ねてきた。

「もちろんよ、文字は誰にでも開かれた力だもの。身分や生まれなんて、全く関係ないわ。知りたいと願う心さえあれば、誰だって身につけられるのよ。」

その日から、私たちの黒い丸木舟は学びの場へと姿を変えた。
川をゆっくりと上る時間を使って、私は彼らに文字の基礎から教え始める。
教科書も紙もないから、使うのは船の床と木炭のかけらだ。

「いい、これが『カイ』というあなたの名前よ。一つ一つの線に、ちゃんとした意味が込められているの。」
私は、カイの名前をゆっくりと丁寧に書いてみせた。

カイは、生まれて初めて見る自分の名前に目を輝かせる。
彼は、不器用な手つきで私の真似をして木炭を動かした。
最初は歪んでいた線も、練習するうちにだんだんと形になっていく。

若者たちも、自分の名前を教えてもらうと大喜びだった。
彼らは夢中になって、船の床のあちこちに何度も名前を書き続ける。
その姿は、まるで新しいおもちゃを与えられた子供のようであった。
やがて、自分の名前を覚えると仲間同士で名前を書き合って笑っている。

「文字が分かると、世界がもっとはっきりと見えるようになるのよ。今までただの景色だったものが、ちゃんと意味を持つようになるの。」
私は、町で買った『辺境の民と失われた知恵』という本を再び開いてみせた。

そして、そこに書かれている物語を彼らに読んで聞かせる。
遠い国の英雄の冒険譚や、賢者の残した教えであった。
彼らは、櫂を漕ぐのも忘れて物語に聞き入っていた。

「すげえ、本の中にはこんな世界が広がってんのか。俺たちが知らないことが、世の中にはたくさんあるんだな。」
カイが、感心したように息を飲む。

「ええ、そして知識は私たちに新しい力をくれるわ。例えば、この本に書かれている燻製という技術もその一つよ。」
私は、魚を長く保存する方法について書かれたページを彼らに見せた。

そこには、燻製小屋の簡単な絵も描かれている。
その絵を指でなぞりながら、私はゆっくりと説明した。

「煙でいぶすことで、魚が腐りにくくなるの。それに独特の良い香りがついて、とても美味しくなるそうよ。煙でいぶす時間や、使う木の種類でも味が変わるんですって。」

「へえ、煙にそんな力があったなんてな。」
若者の一人が、驚きの声を上げた。
彼らにとっては、煙はただ目にしみるだけの厄介なものだったのだ。
しかし知識という光を当てれば、それは暮らしを豊かにする道具に変わる。

「薬草の知識も、きっと村の役に立つわ。見て、この絵の草は熱を下げる効果があるんですって。この村の森にも、たぶん生えているかもしれないわね。」
私は、本に描かれた薬草の絵をみんなに見せた。

森で見たことがある植物も、全く見慣れない植物もそこにはあった。
「これからは、ただの雑草だと見過ごしていたものが宝物になるかもしれないわね。」
私の言葉に、みんなが力強くうなずいた。

彼らの目には、村に帰ってからの新しい生活への期待が満ちあふれている。
彼らはもう、ただ言われたことを待つだけではない。
自らの手で、村の宝を探し出そうという意欲に燃えていた。

学びと発見に満ちた船旅は、あっという間に過ぎていった。
数日後、私たちの目の前に見慣れた村の景色が広がってくる。
川岸には、たくさんの人影が見えた。
村人たちが、私たちの帰りを今か今かと待ちわびてくれていたのだ。

「帰ってきたぞー。」
船の上から、若者の一人が大きく手を振って叫んだ。
その声に、岸辺から大きな歓声が上がる。

船が岸に着くと、アルフレッドや長老が駆け寄ってきた。
彼らの顔には、安堵と喜びの色が浮かんでいる。

「お嬢様、ご無事で何よりでございます。心配しておりました、本当に。」
アルフレッドが、涙ぐみながら私の手を取った。

「巫女様、交易はいかがでしたかな。」
長老が、少し心配そうな顔で尋ねてくる。
私は、にっこりと微笑んで船の上を指差した。

「ええ、見てください。これが、私たちの成果です。」
私の言葉を合図に、若者たちが次々と船から荷物を降ろし始めた。
ずっしりと重い塩の袋や、黒光りする鉄の塊。
そして、未来への希望が詰まったたくさんの種の袋があった。

それらが地面に並べられていくのを見て、村人たちから驚きの声が上がる。
「すごい、こんなにたくさんの塩を。」
「この鉄があれば、新しい鍬がたくさん作れるぞ。」
「この袋の中には、一体何が入っているんだ。」

村人たちは、宝の山を前にして興奮を隠せない様子だった。
カイが、みんなの前に進み出て誇らしげに胸を張る。

「みんな、聞いてくれ。リゼット様のおかげで、町の商人ギルドと大きな契約を結ぶことができたんだ。」
カイは、市場での出来事を少し興奮した様子で語り始めた。

ギルド長との出会いや、蜂蜜と引き換えにこれらの品物を手に入れたこと。
彼の話を聞き終えると、村中が再び割れんばかりの歓声に包まれた。
皆が、私たちの成功を自分のことのように喜んでくれている。

「さすがは、我らが巫女様だ。」
「リゼット様、万歳。」
村人たちの私への称賛の声は、もはや信仰に近いものになっていた。

長老が、私の前に進み出て深く頭を下げる。
「巫女様、この御恩は言葉では言い尽くせません。あなた様は、この村の救い主でございます。」

「やめてください、長老。これは、私一人の力ではありません。船を作ってくれたみんなや、町で一緒に頑張ってくれたカイさんたちがいたからです。」
私の言葉に、カイや若者たちは少し照れくさそうに頭を掻いた。

しかし、その顔は誇りと自信に満ちている。
この交易の成功は、彼らを大きく成長させたようだった。

その夜、村では私たちの帰還と成功を祝う盛大な宴が開かれた。
広場には大きなたき火が焚かれ、村人たちの笑顔を明るく照らしている。
私は、その宴の席で村人たちに向かって次の計画を発表した。

「みんな、私たちの村は今日から新しい時代に入ります。まず、この鉄を使って新しい農具を作りましょう。そして、この種をまくために畑をさらに広げるのです。」
私の言葉に、村人たちは期待に満ちた目でうなずいた。

「それから、川で獲れた魚を無駄にしないために燻製小屋を建てます。病気や怪我に備えて、薬草を集めておく必要もあるわね。」
私の計画は、次から次へとあふれ出てくる。

その全てが、この村をさらに豊かにするためのものだった。
そして、私は最後に一番大切な計画を発表する。

「最後に、この村に小さな学校を作りたいと思います。文字を学び、知識を分かち合うための場所です。」
私の提案に、村人たちは少し驚いたようにざわめいた。

学校なんて、彼らには想像もつかないものだったのだろう。
しかし、カイが力強く立ち上がって言った。

「俺も、リゼット様に文字を習っている。文字が分かれば、世界はもっと広くなるんだ。」
カイの言葉には、不思議な説得力があった。

彼の言葉を聞いて、村人たちの間の戸惑いはすぐに消えていく。
代わりに、新しい学びへの興味が芽生え始めていた。

「ありがとう、カイ。」
私は、彼の助け舟に心から感謝した。
彼の隣には、いつの間にか頼もしいリーダーの顔つきがあった。
彼ならきっと私の計画を支え、村人たちをまとめてくれるだろう。

宴の熱気の中で、村の新しい未来が確かな形となって見え始めていた。
翌日から、私たちの村は再び活気に満ちあふれることになる。
新しい農具や新しい作物、そして新しい学びが始まるのだ。
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