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翌朝、夜がまだ明けきらないうちから店は落ち着かない空気に包まれていた。
バエルさんが、私の部屋のドアの前を何度も行ったり来たりしている。
そのせわしない足音だけで、彼の心配が手に取るように分かった。
「師匠、本当に本当に行かれるのですな……?」
朝食の席に着くと、バエルさんは何度目か分からない質問を繰り返した。
その真剣な顔は、まるで戦場へ部下を送り出す将軍のようである。
「ええ、もちろん行きますよ。これは、私自身の問題ですから」
私は焼きたてのパンを温かいミルクに浸しながら、落ち着いて答えた。
私の心に、恐怖や不安は全くなかった。
むしろ、これから始まる交渉という名の戦いに、少しだけ胸が高鳴っているくらいだ。
「しかし、相手はあの悪名高いアークライト子爵です。師匠の御実家とはいえ、過去の仕打ちを考えれば何をされるか……」
「大丈夫ですよ、バエルさん。今の私は、四歳で追い出された時の無力な私ではありません」
私には、この世界で得た知識という武器がある。
そして、バエルさんやゲルトさん、レオといった信頼できる仲間もいるのだ。
何より、私の隣には最強の護衛たちがいる。
私の足元では、フェンが朝食の干し肉を美味しそうに食べていた。
その隣で、ノクスがミルクをぺろぺろと静かに舐めている。
二匹は、私の決意をもう理解しているのかいつもよりずっと静かだった。
「フェンもノクスも、一緒に連れて行きます。何かあっても、この子たちが私を守ってくれますから」
私の力強い言葉に、バエルさんは少しだけ安堵したように息をついた。
それでも、心配そうな顔はまだ変わらない。
「それに、これは絶好のビジネスチャンスでもあります」
「ビジネスチャンス、でございますか?」
バエルさんが、不思議そうな顔で私を見る。
私は、彼の疑問に答えるために言葉を続けた。
「ええ。アークライト家は、今財政的にかなり追い詰められているはずです。そうでなければ、一度追い出した娘をわざわざ呼び戻したりはしません」
つまり、相手はこちらに助けを求めている立場なのだ。
交渉のテーブルについた時点で、こちらの立場の方が圧倒的に有利なのは明白だった。
「彼らが持つ資産、つまり土地や貴族としての立場を上手く利用すれば私たちのビジネスをさらに拡大できるかもしれません」
「なるほど、師匠はそこまで計算されていたのですな……」
バエルさんは、心から感嘆したようにため息をついた。
私はただ、事実を分析して最適な戦略を立てているだけだ。
感傷に、浸っている時間はない。
やがて、店の外がにわかに騒がしくなってきた。
窓から外の様子を見ると、店の前に一台の豪華な馬車が停まっていた。
黒く塗られた車体に、きらびやかな金色の装飾が施されている。
そして、その扉にはアークライト家の紋章が誇らしげに描かれていた。
以前、私が住んでいた頃には見たこともないような立派な馬車だった。
おそらく、見栄を張るためにどこかから借りてきたのだろう。
そういう無駄な出費が、家の財政を圧迫していることにあの父親は気づいてもいない。
「お迎えが来たようですね。では、行ってきます」
私は席を立つと、バエルさんに向かってにっこりと微笑んだ。
「店のことは、よろしくお願いします。私がいない間も、帳簿は毎日しっかりつけてくださいね」
「は、はい!もちろんですとも!師匠、どうかご無事で……!」
バエルさんは、涙ぐみながら深々と頭を下げた。
私はフェンとノクスをしっかりと抱きかかえると、店のドアを開けた。
店の前には、昨日と同じ執事が直立不動で立っていた。
私の姿を認めると、彼は慌てて馬車のドアを開ける。
「リリアお嬢様、お待ちしておりました。さあ、どうぞこちらへ」
その態度は、昨日以上に丁寧でそして卑屈ですらあった。
私は何も言わずに、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。
馬車の内装も、外見に負けないくらい豪華だった。
柔らかいビロードが張られた座席に、細やかな彫刻が施された窓枠。
しかし、よく見るとビロードは所々擦り切れており彫刻にはうっすらと埃が積もっている。
見せかけだけの、中身のない豪華さだ。
それが、今のアークライト家の現状をよく物語っていた。
執事が乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
見慣れたポルタの街並みが、窓の外を流れていく。
「お嬢様がポルタで大変なご活躍をされていると、ご当主様も大変お喜びでございました」
執事が、探るような口調で話しかけてきた。
私は窓の外に視線を向けたまま、短く答える。
「そうですか」
「はい。まさか、お嬢様にあれほどの商才がおありだったとは我々も全く気づきませず……。まこと、見る目がなかったと反省しきりでございます」
その言葉に、嘘偽りはないのだろう。
しかし、それは後悔から来るものではなく利用価値のある人間を見逃していたという打算から来るものだ。
「家の財政は、相変わらず厳しいのですか?」
私は、単刀直入に尋ねた。
執事は、一瞬だけ言葉に詰まって気まずそうにする。
「……いえ、そのようなことは……。ご当主様の、優れた手腕により領地経営はまことに順調でございます」
その答えは、あまりにも白々しかった。
彼の泳いだ視線と、わずかに強張った口元が嘘をついていると雄弁に語っている。
「そうですか。それは、何よりです」
私は、それ以上追及するのをやめた。
これ以上聞かなくても、状況は手に取るように分かるからだ。
馬車はポルタの城門を抜け、かつて私が歩いた街道を今度は逆方向へと進んでいく。
数時間も走ると、見慣れた田園風景が広がってきた。
アークライト子爵家の、広大な領地だ。
しかし、その光景は私の記憶にあるものとは大きく様変わりしていた。
畑は見るからに荒れており、作物もまばらにしか育っていない。
道端ですれ違う領民たちは、皆一様に痩せこけてその顔には生気がなかった。
私が暮らすアルム村の方が、よほど活気に満ちている。
「……ひどい、有様ですね」
思わず、私の口から声が漏れた。
執事は、気まずそうに俯いている。
「今年は、少し日照りが続きましたもので……」
天候のせいではないだろう。
これは、明らかに領主の失政が原因だ。
重税を課して、領地のインフラ整備も怠ってきた結果がこれだ。
この領地には、もはや未来はないのかもしれない。
やがて、丘の上に見覚えのある屋敷が見えてきた。
私が四年間、息を潜めるようにして暮らしたアークライト子爵家の屋敷。
外壁は、以前と変わらず白く輝いて見える。
しかし、庭の手入れは全く行き届いておらず雑草が伸び放題になっていた。
使用人の数も、明らかに減っているのだろう。
馬車が屋敷の正面玄関に到着すると、一人の男が私たちを待ち構えていた。
見栄っ張りで、浪費家の私の父親。
アルフォンス・アークライト子爵、その人だった。
「おお、リリア!よくぞ、帰ってきてくれた!」
アルフォンスは、両手を大きく広げて満面の作り笑みを浮かべて私を迎えた。
その顔には、父親としての愛情などひとかけらも感じられない。
ただ、金蔓を見るような嫌らしい光が宿っているだけだった。
彼の服装は、一見すると豪華な貴族のものに見える。
しかし、袖口は少しほつれており金色の刺繍も心なしか色褪せていた。
「さあ、中へ。母さんも、兄さんたちもお前の帰りを心待ちにしていたのだぞ」
アルフォンスに促され、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。
フェンとノクスは、アルフォンスに対して低い唸り声を上げている。
彼らは、本能でこの男が敵であることを理解しているのだ。
屋敷の中は、私がいた頃よりもさらに薄暗くそして寒々しく感じられた。
壁に飾られた絵画は傾いており、床の絨毯は色褪せている。
かつての栄華は、もはやどこにも残っていなかった。
広いホールの中央で、三人の男女が私を待ち構えていた。
私の母である、イザベラ。
長男の、ヘクター。
そして、長女の、セシリア。
彼らの顔にもまた、父と同じ打算的な笑みが張り付いていた。
しかし、その目の奥には隠しきれない嫉妬と焦りの色がどす黒く渦巻いている。
「まあ、リリア。ずいぶんと、立派になって……」
母のイザベラが、猫なで声で言った。
その声は、私の記憶にある冷たく無関心な声とは全く違っていた。
「その服、とても素敵ね。ポルタで買ったのかしら?私にも、今度紹介してちょうだいな」
姉のセシリアは、私の着ているワンピースを値踏みするように見つめている。
このワンピースは、バエルさんが懇意にしている仕立て屋に作らせた特注品だ。
彼女が着ている、古びたドレスとは比べ物にならないだろう。
「ちっ……。追い出されたくせに、随分といい暮らしをしているようだな」
兄のヘクターだけは、感情を隠そうともせずに吐き捨てるように言った。
その目は、私の腕に抱かれたフェンとノクスを憎々しげに見つめている。
「なんだ、その汚いケダモノは。そんなものを、この神聖なアークライト家の屋敷に入れるな!」
ヘクターが手を伸ばし、フェンを叩こうとしたその時だった。
「グルルルルル……!」
フェンが、鋭い牙を剥き出しにしてヘクターを威嚇した。
その声には、聖獣だけが持つ圧倒的な威圧感が込められている。
「ひっ……!」
ヘクターは、短い悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
その情けない姿に、私は思わず鼻で笑いそうになった。
「私の家族に、手を出さないでいただけますか」
私は、凍るような声で冷たく言い放った。
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
アルフォンスが、慌てて二人の間に入った。
「こ、こら、ヘクター!リリアの、大事なペットなのだぞ!乱暴なことをするでない!」
「さあ、リリア、立ち話もなんだ。応接室へ行こう。お前のために、とっておきの紅茶を用意させたのだ」
アルフォンスは、必死にその場を取り繕おうとしている。
私は、その茶番に付き合ってやることにした。
彼らが、一体どんな芝居を打つつもりなのかじっくりと見届けてやろうじゃないか。
私は、尻餅をついたまま呆然としているヘクターを一瞥すると悠然と応接室へと向かった。
私の後ろを、四人の家族がそれぞれの思惑を抱えながらついてくる。
バエルさんが、私の部屋のドアの前を何度も行ったり来たりしている。
そのせわしない足音だけで、彼の心配が手に取るように分かった。
「師匠、本当に本当に行かれるのですな……?」
朝食の席に着くと、バエルさんは何度目か分からない質問を繰り返した。
その真剣な顔は、まるで戦場へ部下を送り出す将軍のようである。
「ええ、もちろん行きますよ。これは、私自身の問題ですから」
私は焼きたてのパンを温かいミルクに浸しながら、落ち着いて答えた。
私の心に、恐怖や不安は全くなかった。
むしろ、これから始まる交渉という名の戦いに、少しだけ胸が高鳴っているくらいだ。
「しかし、相手はあの悪名高いアークライト子爵です。師匠の御実家とはいえ、過去の仕打ちを考えれば何をされるか……」
「大丈夫ですよ、バエルさん。今の私は、四歳で追い出された時の無力な私ではありません」
私には、この世界で得た知識という武器がある。
そして、バエルさんやゲルトさん、レオといった信頼できる仲間もいるのだ。
何より、私の隣には最強の護衛たちがいる。
私の足元では、フェンが朝食の干し肉を美味しそうに食べていた。
その隣で、ノクスがミルクをぺろぺろと静かに舐めている。
二匹は、私の決意をもう理解しているのかいつもよりずっと静かだった。
「フェンもノクスも、一緒に連れて行きます。何かあっても、この子たちが私を守ってくれますから」
私の力強い言葉に、バエルさんは少しだけ安堵したように息をついた。
それでも、心配そうな顔はまだ変わらない。
「それに、これは絶好のビジネスチャンスでもあります」
「ビジネスチャンス、でございますか?」
バエルさんが、不思議そうな顔で私を見る。
私は、彼の疑問に答えるために言葉を続けた。
「ええ。アークライト家は、今財政的にかなり追い詰められているはずです。そうでなければ、一度追い出した娘をわざわざ呼び戻したりはしません」
つまり、相手はこちらに助けを求めている立場なのだ。
交渉のテーブルについた時点で、こちらの立場の方が圧倒的に有利なのは明白だった。
「彼らが持つ資産、つまり土地や貴族としての立場を上手く利用すれば私たちのビジネスをさらに拡大できるかもしれません」
「なるほど、師匠はそこまで計算されていたのですな……」
バエルさんは、心から感嘆したようにため息をついた。
私はただ、事実を分析して最適な戦略を立てているだけだ。
感傷に、浸っている時間はない。
やがて、店の外がにわかに騒がしくなってきた。
窓から外の様子を見ると、店の前に一台の豪華な馬車が停まっていた。
黒く塗られた車体に、きらびやかな金色の装飾が施されている。
そして、その扉にはアークライト家の紋章が誇らしげに描かれていた。
以前、私が住んでいた頃には見たこともないような立派な馬車だった。
おそらく、見栄を張るためにどこかから借りてきたのだろう。
そういう無駄な出費が、家の財政を圧迫していることにあの父親は気づいてもいない。
「お迎えが来たようですね。では、行ってきます」
私は席を立つと、バエルさんに向かってにっこりと微笑んだ。
「店のことは、よろしくお願いします。私がいない間も、帳簿は毎日しっかりつけてくださいね」
「は、はい!もちろんですとも!師匠、どうかご無事で……!」
バエルさんは、涙ぐみながら深々と頭を下げた。
私はフェンとノクスをしっかりと抱きかかえると、店のドアを開けた。
店の前には、昨日と同じ執事が直立不動で立っていた。
私の姿を認めると、彼は慌てて馬車のドアを開ける。
「リリアお嬢様、お待ちしておりました。さあ、どうぞこちらへ」
その態度は、昨日以上に丁寧でそして卑屈ですらあった。
私は何も言わずに、ゆっくりと馬車に乗り込んだ。
馬車の内装も、外見に負けないくらい豪華だった。
柔らかいビロードが張られた座席に、細やかな彫刻が施された窓枠。
しかし、よく見るとビロードは所々擦り切れており彫刻にはうっすらと埃が積もっている。
見せかけだけの、中身のない豪華さだ。
それが、今のアークライト家の現状をよく物語っていた。
執事が乗り込むと、馬車はゆっくりと動き出した。
見慣れたポルタの街並みが、窓の外を流れていく。
「お嬢様がポルタで大変なご活躍をされていると、ご当主様も大変お喜びでございました」
執事が、探るような口調で話しかけてきた。
私は窓の外に視線を向けたまま、短く答える。
「そうですか」
「はい。まさか、お嬢様にあれほどの商才がおありだったとは我々も全く気づきませず……。まこと、見る目がなかったと反省しきりでございます」
その言葉に、嘘偽りはないのだろう。
しかし、それは後悔から来るものではなく利用価値のある人間を見逃していたという打算から来るものだ。
「家の財政は、相変わらず厳しいのですか?」
私は、単刀直入に尋ねた。
執事は、一瞬だけ言葉に詰まって気まずそうにする。
「……いえ、そのようなことは……。ご当主様の、優れた手腕により領地経営はまことに順調でございます」
その答えは、あまりにも白々しかった。
彼の泳いだ視線と、わずかに強張った口元が嘘をついていると雄弁に語っている。
「そうですか。それは、何よりです」
私は、それ以上追及するのをやめた。
これ以上聞かなくても、状況は手に取るように分かるからだ。
馬車はポルタの城門を抜け、かつて私が歩いた街道を今度は逆方向へと進んでいく。
数時間も走ると、見慣れた田園風景が広がってきた。
アークライト子爵家の、広大な領地だ。
しかし、その光景は私の記憶にあるものとは大きく様変わりしていた。
畑は見るからに荒れており、作物もまばらにしか育っていない。
道端ですれ違う領民たちは、皆一様に痩せこけてその顔には生気がなかった。
私が暮らすアルム村の方が、よほど活気に満ちている。
「……ひどい、有様ですね」
思わず、私の口から声が漏れた。
執事は、気まずそうに俯いている。
「今年は、少し日照りが続きましたもので……」
天候のせいではないだろう。
これは、明らかに領主の失政が原因だ。
重税を課して、領地のインフラ整備も怠ってきた結果がこれだ。
この領地には、もはや未来はないのかもしれない。
やがて、丘の上に見覚えのある屋敷が見えてきた。
私が四年間、息を潜めるようにして暮らしたアークライト子爵家の屋敷。
外壁は、以前と変わらず白く輝いて見える。
しかし、庭の手入れは全く行き届いておらず雑草が伸び放題になっていた。
使用人の数も、明らかに減っているのだろう。
馬車が屋敷の正面玄関に到着すると、一人の男が私たちを待ち構えていた。
見栄っ張りで、浪費家の私の父親。
アルフォンス・アークライト子爵、その人だった。
「おお、リリア!よくぞ、帰ってきてくれた!」
アルフォンスは、両手を大きく広げて満面の作り笑みを浮かべて私を迎えた。
その顔には、父親としての愛情などひとかけらも感じられない。
ただ、金蔓を見るような嫌らしい光が宿っているだけだった。
彼の服装は、一見すると豪華な貴族のものに見える。
しかし、袖口は少しほつれており金色の刺繍も心なしか色褪せていた。
「さあ、中へ。母さんも、兄さんたちもお前の帰りを心待ちにしていたのだぞ」
アルフォンスに促され、私は屋敷の中へと足を踏み入れた。
フェンとノクスは、アルフォンスに対して低い唸り声を上げている。
彼らは、本能でこの男が敵であることを理解しているのだ。
屋敷の中は、私がいた頃よりもさらに薄暗くそして寒々しく感じられた。
壁に飾られた絵画は傾いており、床の絨毯は色褪せている。
かつての栄華は、もはやどこにも残っていなかった。
広いホールの中央で、三人の男女が私を待ち構えていた。
私の母である、イザベラ。
長男の、ヘクター。
そして、長女の、セシリア。
彼らの顔にもまた、父と同じ打算的な笑みが張り付いていた。
しかし、その目の奥には隠しきれない嫉妬と焦りの色がどす黒く渦巻いている。
「まあ、リリア。ずいぶんと、立派になって……」
母のイザベラが、猫なで声で言った。
その声は、私の記憶にある冷たく無関心な声とは全く違っていた。
「その服、とても素敵ね。ポルタで買ったのかしら?私にも、今度紹介してちょうだいな」
姉のセシリアは、私の着ているワンピースを値踏みするように見つめている。
このワンピースは、バエルさんが懇意にしている仕立て屋に作らせた特注品だ。
彼女が着ている、古びたドレスとは比べ物にならないだろう。
「ちっ……。追い出されたくせに、随分といい暮らしをしているようだな」
兄のヘクターだけは、感情を隠そうともせずに吐き捨てるように言った。
その目は、私の腕に抱かれたフェンとノクスを憎々しげに見つめている。
「なんだ、その汚いケダモノは。そんなものを、この神聖なアークライト家の屋敷に入れるな!」
ヘクターが手を伸ばし、フェンを叩こうとしたその時だった。
「グルルルルル……!」
フェンが、鋭い牙を剥き出しにしてヘクターを威嚇した。
その声には、聖獣だけが持つ圧倒的な威圧感が込められている。
「ひっ……!」
ヘクターは、短い悲鳴を上げてその場に尻餅をついた。
その情けない姿に、私は思わず鼻で笑いそうになった。
「私の家族に、手を出さないでいただけますか」
私は、凍るような声で冷たく言い放った。
その場の空気が、一瞬で張り詰める。
アルフォンスが、慌てて二人の間に入った。
「こ、こら、ヘクター!リリアの、大事なペットなのだぞ!乱暴なことをするでない!」
「さあ、リリア、立ち話もなんだ。応接室へ行こう。お前のために、とっておきの紅茶を用意させたのだ」
アルフォンスは、必死にその場を取り繕おうとしている。
私は、その茶番に付き合ってやることにした。
彼らが、一体どんな芝居を打つつもりなのかじっくりと見届けてやろうじゃないか。
私は、尻餅をついたまま呆然としているヘクターを一瞥すると悠然と応接室へと向かった。
私の後ろを、四人の家族がそれぞれの思惑を抱えながらついてくる。
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