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──ギルドの朝は、わりと早い。
「おはようございます。本日もどうぞよろしくお願いいたします」
受付窓口でペコリと頭を下げると、すぐさま冒険者たちの視線が集まった。毎朝恒例のことだから、もう慣れっこだけど……たまにちょっと照れる。
(うん、今日も元気にがんばろう、私)
カウンター越しに並ぶ書類を手早く整理しつつ、ちらっと壁の大時計に視線を向ける。午前八時三十分、ちょうど開館と同時に駆け込んできたのは、見慣れた顔ぶれ。
「おっはよーございまーす! 昨日の報酬、まだっすかー?」
「はい、お預かりしております。……少々お待ちくださいね」
苦笑いしながら対応する私に、前の晩にしこたま飲んだのか、目の下にくまを作った弓使いの青年が手を振ってくる。
「やっべ~、今日もまた新しい依頼いけるかな……ってか、昼前に寝落ちしそうっす」
「無理のない範囲でお願いしますね。こちら、昨日の『下水道のスライム掃討』の報酬、銀貨八枚です」
「うっす! ありがとーございまっす!」
ガシャガシャと無造作に報酬袋を懐に突っ込んで去っていくその背中を見送りつつ、私はそっとため息をついた。
(……いや、元気なのはいいこと、うん)
そんな調子で、午前中のカウンター業務はサクサク進んでいく。
印象に残ったのは、新人の女の子が初任務を終えて戻ってきた時の表情。まだちょっと震えてたけど、目はちゃんと前を向いてた。
「……お疲れさまでした。ちゃんと、無事で帰ってこられて……よかったです」
そう声をかけると、彼女は目を潤ませて小さくうなずいた。
(……うん、それだけで、もうじゅうぶん)
私は、もう戦わない。
どんなに困っても、剣も魔法も使わない。
でも――受付カウンターのこの場所から、できることはある。
目の前の命を、ちゃんと迎えて、ちゃんと見送る。
それが、今の私にできる戦い。
「次の方、どうぞ。……はい、ごゆっくりどうぞ」
──そして。
定時を告げる鐘の音が、ギルドの上空に鳴り響いた。
「ふふっ、今日も……おつかれさま、私」
ロッカーに制服をしまい、ストールを肩に羽織る。かちっとロックが閉まった音を聞いてから、私はそっと拳を握りしめた。
(さあ、いくよ……至福の時間)
夕暮れの街に一歩足を踏み出すと、風がふわっと髪を揺らす。
赤みがかった雲が、ビルの隙間を流れていく。
人通りの少ない裏路地を選び、目指すはいつものあの店――
「いらっしゃい、佐倉さん。今日もひとり?」
「はい。……カウンター、空いてますか?」
店の奥から顔を出したのは、いつも変わらない〈モンス飯亭〉の女将さん。私の質問に、目元をほころばせながら頷いてくれた。
「もちろん。あなただけの特等席、空けてあるわよ」
「……うれしいです。今日も、よろしくお願いします」
カウンターの端っこ、背中を壁に預けられる角席に腰を下ろす。
(ふふ……この感じ、この感じ)
バッグからスマホを取り出し、画面をぱっとチェックしてロックをかける。
──よし、外界とはしばらくバイバイ。
「それじゃ、まずは……」
すっ。
メニューを開くまでもない。
「すみません、ビールひとつ。あと、週替わり……ありますか?」
「あるわよ。今週はね、“レイジボアのすね肉とチーズの揚げ巻き”」
「……それ、絶対ごはんに合うやつじゃないですか!」
思わず声が出ちゃった。だって、その名前だけでお腹鳴るって……ずるいよ、ほんと。
「ふふ、そう言うと思ったわ。じゃあ、それと、ちょっと濃いめの味噌スープをセットにしておくね」
「うれしい……今日、生きててよかったかも」
ほんの冗談のつもりだったけど、女将さんがにっこり笑ってくれたから、ついこっちも照れくさくなる。
しばらくして、目の前に並ぶ銀の小皿とグラス。
「……お待たせ、まずはこれからね」
カシュッ。
「……いただきます。ふふ、今日もご褒美だ」
グラスの中で、びっしりと泡がきらめく。
ひとくち、ごくり。
「っ……うん……このビール、きょうも裏切らないなあ……ぷはぁっ」
喉を潤す爽快感に、肩の力がすっと抜けていく。
視界が広がって、全身が「おつかれさま」って言ってくれてるみたい。
「さてさて……こっちも、いただいちゃいますか」
湯気を立てる一品。
見た目はちょっとアレなレイジボアのすね肉を、濃厚なチーズで巻いてカラッと揚げた逸品。
「わっ……なにこれ、チーズの香りが……」
箸でつまむと、ころんとした形の中から、肉汁がじわ~っとにじむ。
「いっただきまーす……」
ひとくち。
「……んんっ!」
ほっぺた、落ちた。
外はカリッ、中はほろほろ。すね肉のしっかりした噛みごたえと、チーズのまろやかさがベストマッチ。
「これ、絶対ごはんに合うやつ! ちょっと反則だよ~……」
ごはんを追いかけるように口に運べば、白米の甘みと肉のコクが合わさって――
「……あ、これ……一口目で今日の疲れ、ぜんぶ消えたかも」
思わず、声に出ちゃう。
店の空気もあったかくて、隣の席も空いてて、誰にも話しかけられなくて。
(……誰かと食べるのも楽しいけど……一人のこういうの、けっこう好き)
ああ、これだよ。
これが、私の最強スタイル。
「おはようございます。本日もどうぞよろしくお願いいたします」
受付窓口でペコリと頭を下げると、すぐさま冒険者たちの視線が集まった。毎朝恒例のことだから、もう慣れっこだけど……たまにちょっと照れる。
(うん、今日も元気にがんばろう、私)
カウンター越しに並ぶ書類を手早く整理しつつ、ちらっと壁の大時計に視線を向ける。午前八時三十分、ちょうど開館と同時に駆け込んできたのは、見慣れた顔ぶれ。
「おっはよーございまーす! 昨日の報酬、まだっすかー?」
「はい、お預かりしております。……少々お待ちくださいね」
苦笑いしながら対応する私に、前の晩にしこたま飲んだのか、目の下にくまを作った弓使いの青年が手を振ってくる。
「やっべ~、今日もまた新しい依頼いけるかな……ってか、昼前に寝落ちしそうっす」
「無理のない範囲でお願いしますね。こちら、昨日の『下水道のスライム掃討』の報酬、銀貨八枚です」
「うっす! ありがとーございまっす!」
ガシャガシャと無造作に報酬袋を懐に突っ込んで去っていくその背中を見送りつつ、私はそっとため息をついた。
(……いや、元気なのはいいこと、うん)
そんな調子で、午前中のカウンター業務はサクサク進んでいく。
印象に残ったのは、新人の女の子が初任務を終えて戻ってきた時の表情。まだちょっと震えてたけど、目はちゃんと前を向いてた。
「……お疲れさまでした。ちゃんと、無事で帰ってこられて……よかったです」
そう声をかけると、彼女は目を潤ませて小さくうなずいた。
(……うん、それだけで、もうじゅうぶん)
私は、もう戦わない。
どんなに困っても、剣も魔法も使わない。
でも――受付カウンターのこの場所から、できることはある。
目の前の命を、ちゃんと迎えて、ちゃんと見送る。
それが、今の私にできる戦い。
「次の方、どうぞ。……はい、ごゆっくりどうぞ」
──そして。
定時を告げる鐘の音が、ギルドの上空に鳴り響いた。
「ふふっ、今日も……おつかれさま、私」
ロッカーに制服をしまい、ストールを肩に羽織る。かちっとロックが閉まった音を聞いてから、私はそっと拳を握りしめた。
(さあ、いくよ……至福の時間)
夕暮れの街に一歩足を踏み出すと、風がふわっと髪を揺らす。
赤みがかった雲が、ビルの隙間を流れていく。
人通りの少ない裏路地を選び、目指すはいつものあの店――
「いらっしゃい、佐倉さん。今日もひとり?」
「はい。……カウンター、空いてますか?」
店の奥から顔を出したのは、いつも変わらない〈モンス飯亭〉の女将さん。私の質問に、目元をほころばせながら頷いてくれた。
「もちろん。あなただけの特等席、空けてあるわよ」
「……うれしいです。今日も、よろしくお願いします」
カウンターの端っこ、背中を壁に預けられる角席に腰を下ろす。
(ふふ……この感じ、この感じ)
バッグからスマホを取り出し、画面をぱっとチェックしてロックをかける。
──よし、外界とはしばらくバイバイ。
「それじゃ、まずは……」
すっ。
メニューを開くまでもない。
「すみません、ビールひとつ。あと、週替わり……ありますか?」
「あるわよ。今週はね、“レイジボアのすね肉とチーズの揚げ巻き”」
「……それ、絶対ごはんに合うやつじゃないですか!」
思わず声が出ちゃった。だって、その名前だけでお腹鳴るって……ずるいよ、ほんと。
「ふふ、そう言うと思ったわ。じゃあ、それと、ちょっと濃いめの味噌スープをセットにしておくね」
「うれしい……今日、生きててよかったかも」
ほんの冗談のつもりだったけど、女将さんがにっこり笑ってくれたから、ついこっちも照れくさくなる。
しばらくして、目の前に並ぶ銀の小皿とグラス。
「……お待たせ、まずはこれからね」
カシュッ。
「……いただきます。ふふ、今日もご褒美だ」
グラスの中で、びっしりと泡がきらめく。
ひとくち、ごくり。
「っ……うん……このビール、きょうも裏切らないなあ……ぷはぁっ」
喉を潤す爽快感に、肩の力がすっと抜けていく。
視界が広がって、全身が「おつかれさま」って言ってくれてるみたい。
「さてさて……こっちも、いただいちゃいますか」
湯気を立てる一品。
見た目はちょっとアレなレイジボアのすね肉を、濃厚なチーズで巻いてカラッと揚げた逸品。
「わっ……なにこれ、チーズの香りが……」
箸でつまむと、ころんとした形の中から、肉汁がじわ~っとにじむ。
「いっただきまーす……」
ひとくち。
「……んんっ!」
ほっぺた、落ちた。
外はカリッ、中はほろほろ。すね肉のしっかりした噛みごたえと、チーズのまろやかさがベストマッチ。
「これ、絶対ごはんに合うやつ! ちょっと反則だよ~……」
ごはんを追いかけるように口に運べば、白米の甘みと肉のコクが合わさって――
「……あ、これ……一口目で今日の疲れ、ぜんぶ消えたかも」
思わず、声に出ちゃう。
店の空気もあったかくて、隣の席も空いてて、誰にも話しかけられなくて。
(……誰かと食べるのも楽しいけど……一人のこういうの、けっこう好き)
ああ、これだよ。
これが、私の最強スタイル。
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