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まず運ばれてきたのは、砂肝のニンニク醤油漬け。一口食べると、砂肝のコリコリとした独特の食感と、ニンニク醤油の香ばしい風味が口いっぱいに広がる。これは、確かにビールが止まらなくなる味だ。
「んー!美味しい!この食感、癖になりますね!」
「でしょう?ナナミちゃんも、なかなかの飲み助だねぇ」
女将さんにからかわれ、ナナミちゃんは「えへへー」と照れ笑いを浮かべている。
そして、いよいよお待ちかねの卵焼きとモツ煮が、湯気を立てながら私たちの前に置かれた。
ナナミちゃんの目の前に置かれた卵焼きは、美しい黄金色に輝き、見るからに出汁をたっぷりと含んでぷるぷると震えている。
「うわあああ!これです、これ!いただきます!」
ナナミちゃんは、お箸でそっと卵焼きを一切れつまむと、はふはふと息を吹きかけながら、幸せそうにそれを口に運んだ。
「……んんーっ!おいひい……!口に入れた瞬間、出汁がじゅわーって……!こんな卵焼き、初めて食べました……!」
その感動っぷりは、見ているこちらも笑顔になるほどだ。
私も、自分のモツ煮に箸を伸ばす。じっくりと煮込まれたモツは、驚くほど柔らかく、臭みはまったくない。味噌ベースの濃厚なコクと、野菜の甘みが溶け込んだ汁が、体の隅々まで染み渡っていくようだ。
「……はぁー、やっぱりこれだなぁ……」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。派手さはないけれど、何度食べても飽きない、深く、優しい味わい。これこそが、〈モンス飯亭〉の真骨頂なのだ。
私たちが夢中で料理を味わっていると、ナナミちゃんがふと、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、女将さん。隣の“エーテル”さん、最近お客さん、減ってるみたいですけど……何かあったんですか?」
その問いに、私は少しだけドキリとしたが、女将さんは平然とした様子で答えた。
「さあねぇ。流行り廃りなんて、どこにでもあることさ。ただ……」
女将さんは、一度言葉を切ると、いたずらっぽく笑った。
「あそこのシェフさん、時々うちに飲みに来るようになったよ」
「「えええええっ!?」」
私とナナミちゃんの声が、綺麗にハモった。
「あの、精霊を操るっていう、すごいシェフさんがですか!?」
「ああ。最初は、偵察のつもりだったみたいだけどね。うちの料理を一口食べたら、いたく感動しちまってね。『これが……本物の味……!私の料理は、ただの魔法のショーだったというのか……!』なんて、カウンターで泣き崩れちまって、大変だったんだよ」
女将さんが語る衝撃の事実に、私たちは言葉もなかった。
「それで今じゃ、すっかりうちの常連さ。『女将殿!ぜひ、拙者に料理の極意を!』なんて言って、毎晩のように通ってくるんだ。まあ、可愛い弟子ができたみたいで、私も悪い気はしないけどね」
まさか、ライバル店のシェフが、女将さんに弟子入りしていたとは。この路地裏で、そんな熱いドラマが繰り広げられていたなんて、誰が想像しただろうか。
「なんだか……すごい展開ですね……」
「ふふ、人生、何があるか分からないから面白いんじゃないか。さ、そんな話はさておき、二人とも、お酒はまだ飲むかい?」
女将さんの言葉に、私とナナミちゃんは顔を見合わせ、そしてにっこりと笑った。
「「はい!もちろん!」」
その夜は、三人で色々な話をした。仕事の愚痴や、恋の話、そして美味しい料理の話。ナナミちゃんはすっかり女将さんに懐き、私もまた、この店の温かい雰囲気に、心から癒やされていた。
ライバル店の出現というちょっとした波乱は、結果的に、〈モンス飯亭〉の絆を、そしてこの路地裏の魅力を、さらに深いものにしてくれたのかもしれない。
新しい風も、いつかは心地よい日常の一部になる。私は、そんなことを考えながら、熱燗のおかわりを頼んだ。
隣では、ナナミちゃんが「女将さん!この砂肝、どうやったらこんなに美味しくなるんですか!?」と、熱心に質問攻めを続けている。その光景が、なんだかとても微笑ましくて、私はくすりと笑った。
カウンターの上の、温かい灯り。立ち上る湯気と、美味しそうな香り。そして、気心の知れた人たちとの、楽しい会話。
これ以上の幸せは、きっとどこにもない。
私は、このささやかで、かけがえのない日常を、これからもずっと大切にしていこうと、改めて心に誓った。
「女将さん、このお店、本当に最高ですね」
「あら、今さらじゃないか」
女将さんは、そう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔こそが、この店の何よりの看板なのだろう。
外は、すっかり夜の帳が下りていた。
しかし、この路地裏の小さな飯処の中だけは、いつまでも温かい光と笑い声に満ちていた。
私も、その光の一部になれていることが、誇らしかった。
「んー!美味しい!この食感、癖になりますね!」
「でしょう?ナナミちゃんも、なかなかの飲み助だねぇ」
女将さんにからかわれ、ナナミちゃんは「えへへー」と照れ笑いを浮かべている。
そして、いよいよお待ちかねの卵焼きとモツ煮が、湯気を立てながら私たちの前に置かれた。
ナナミちゃんの目の前に置かれた卵焼きは、美しい黄金色に輝き、見るからに出汁をたっぷりと含んでぷるぷると震えている。
「うわあああ!これです、これ!いただきます!」
ナナミちゃんは、お箸でそっと卵焼きを一切れつまむと、はふはふと息を吹きかけながら、幸せそうにそれを口に運んだ。
「……んんーっ!おいひい……!口に入れた瞬間、出汁がじゅわーって……!こんな卵焼き、初めて食べました……!」
その感動っぷりは、見ているこちらも笑顔になるほどだ。
私も、自分のモツ煮に箸を伸ばす。じっくりと煮込まれたモツは、驚くほど柔らかく、臭みはまったくない。味噌ベースの濃厚なコクと、野菜の甘みが溶け込んだ汁が、体の隅々まで染み渡っていくようだ。
「……はぁー、やっぱりこれだなぁ……」
思わず、そんな言葉が漏れてしまう。派手さはないけれど、何度食べても飽きない、深く、優しい味わい。これこそが、〈モンス飯亭〉の真骨頂なのだ。
私たちが夢中で料理を味わっていると、ナナミちゃんがふと、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、女将さん。隣の“エーテル”さん、最近お客さん、減ってるみたいですけど……何かあったんですか?」
その問いに、私は少しだけドキリとしたが、女将さんは平然とした様子で答えた。
「さあねぇ。流行り廃りなんて、どこにでもあることさ。ただ……」
女将さんは、一度言葉を切ると、いたずらっぽく笑った。
「あそこのシェフさん、時々うちに飲みに来るようになったよ」
「「えええええっ!?」」
私とナナミちゃんの声が、綺麗にハモった。
「あの、精霊を操るっていう、すごいシェフさんがですか!?」
「ああ。最初は、偵察のつもりだったみたいだけどね。うちの料理を一口食べたら、いたく感動しちまってね。『これが……本物の味……!私の料理は、ただの魔法のショーだったというのか……!』なんて、カウンターで泣き崩れちまって、大変だったんだよ」
女将さんが語る衝撃の事実に、私たちは言葉もなかった。
「それで今じゃ、すっかりうちの常連さ。『女将殿!ぜひ、拙者に料理の極意を!』なんて言って、毎晩のように通ってくるんだ。まあ、可愛い弟子ができたみたいで、私も悪い気はしないけどね」
まさか、ライバル店のシェフが、女将さんに弟子入りしていたとは。この路地裏で、そんな熱いドラマが繰り広げられていたなんて、誰が想像しただろうか。
「なんだか……すごい展開ですね……」
「ふふ、人生、何があるか分からないから面白いんじゃないか。さ、そんな話はさておき、二人とも、お酒はまだ飲むかい?」
女将さんの言葉に、私とナナミちゃんは顔を見合わせ、そしてにっこりと笑った。
「「はい!もちろん!」」
その夜は、三人で色々な話をした。仕事の愚痴や、恋の話、そして美味しい料理の話。ナナミちゃんはすっかり女将さんに懐き、私もまた、この店の温かい雰囲気に、心から癒やされていた。
ライバル店の出現というちょっとした波乱は、結果的に、〈モンス飯亭〉の絆を、そしてこの路地裏の魅力を、さらに深いものにしてくれたのかもしれない。
新しい風も、いつかは心地よい日常の一部になる。私は、そんなことを考えながら、熱燗のおかわりを頼んだ。
隣では、ナナミちゃんが「女将さん!この砂肝、どうやったらこんなに美味しくなるんですか!?」と、熱心に質問攻めを続けている。その光景が、なんだかとても微笑ましくて、私はくすりと笑った。
カウンターの上の、温かい灯り。立ち上る湯気と、美味しそうな香り。そして、気心の知れた人たちとの、楽しい会話。
これ以上の幸せは、きっとどこにもない。
私は、このささやかで、かけがえのない日常を、これからもずっと大切にしていこうと、改めて心に誓った。
「女将さん、このお店、本当に最高ですね」
「あら、今さらじゃないか」
女将さんは、そう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔こそが、この店の何よりの看板なのだろう。
外は、すっかり夜の帳が下りていた。
しかし、この路地裏の小さな飯処の中だけは、いつまでも温かい光と笑い声に満ちていた。
私も、その光の一部になれていることが、誇らしかった。
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