【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)

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まず運ばれてきたのは、砂肝のニンニク醤油漬け。一口食べると、砂肝のコリコリとした独特の食感と、ニンニク醤油の香ばしい風味が口いっぱいに広がる。これは、確かにビールが止まらなくなる味だ。

「んー!美味しい!この食感、癖になりますね!」

「でしょう?ナナミちゃんも、なかなかの飲み助だねぇ」

女将さんにからかわれ、ナナミちゃんは「えへへー」と照れ笑いを浮かべている。

そして、いよいよお待ちかねの卵焼きとモツ煮が、湯気を立てながら私たちの前に置かれた。

ナナミちゃんの目の前に置かれた卵焼きは、美しい黄金色に輝き、見るからに出汁をたっぷりと含んでぷるぷると震えている。

「うわあああ!これです、これ!いただきます!」

ナナミちゃんは、お箸でそっと卵焼きを一切れつまむと、はふはふと息を吹きかけながら、幸せそうにそれを口に運んだ。

「……んんーっ!おいひい……!口に入れた瞬間、出汁がじゅわーって……!こんな卵焼き、初めて食べました……!」

その感動っぷりは、見ているこちらも笑顔になるほどだ。

私も、自分のモツ煮に箸を伸ばす。じっくりと煮込まれたモツは、驚くほど柔らかく、臭みはまったくない。味噌ベースの濃厚なコクと、野菜の甘みが溶け込んだ汁が、体の隅々まで染み渡っていくようだ。

「……はぁー、やっぱりこれだなぁ……」

思わず、そんな言葉が漏れてしまう。派手さはないけれど、何度食べても飽きない、深く、優しい味わい。これこそが、〈モンス飯亭〉の真骨頂なのだ。

私たちが夢中で料理を味わっていると、ナナミちゃんがふと、何かを思い出したように顔を上げた。

「そういえば、女将さん。隣の“エーテル”さん、最近お客さん、減ってるみたいですけど……何かあったんですか?」

その問いに、私は少しだけドキリとしたが、女将さんは平然とした様子で答えた。

「さあねぇ。流行り廃りなんて、どこにでもあることさ。ただ……」

女将さんは、一度言葉を切ると、いたずらっぽく笑った。

「あそこのシェフさん、時々うちに飲みに来るようになったよ」

「「えええええっ!?」」

私とナナミちゃんの声が、綺麗にハモった。

「あの、精霊を操るっていう、すごいシェフさんがですか!?」

「ああ。最初は、偵察のつもりだったみたいだけどね。うちの料理を一口食べたら、いたく感動しちまってね。『これが……本物の味……!私の料理は、ただの魔法のショーだったというのか……!』なんて、カウンターで泣き崩れちまって、大変だったんだよ」

女将さんが語る衝撃の事実に、私たちは言葉もなかった。

「それで今じゃ、すっかりうちの常連さ。『女将殿!ぜひ、拙者に料理の極意を!』なんて言って、毎晩のように通ってくるんだ。まあ、可愛い弟子ができたみたいで、私も悪い気はしないけどね」

まさか、ライバル店のシェフが、女将さんに弟子入りしていたとは。この路地裏で、そんな熱いドラマが繰り広げられていたなんて、誰が想像しただろうか。

「なんだか……すごい展開ですね……」

「ふふ、人生、何があるか分からないから面白いんじゃないか。さ、そんな話はさておき、二人とも、お酒はまだ飲むかい?」

女将さんの言葉に、私とナナミちゃんは顔を見合わせ、そしてにっこりと笑った。

「「はい!もちろん!」」

その夜は、三人で色々な話をした。仕事の愚痴や、恋の話、そして美味しい料理の話。ナナミちゃんはすっかり女将さんに懐き、私もまた、この店の温かい雰囲気に、心から癒やされていた。

ライバル店の出現というちょっとした波乱は、結果的に、〈モンス飯亭〉の絆を、そしてこの路地裏の魅力を、さらに深いものにしてくれたのかもしれない。

新しい風も、いつかは心地よい日常の一部になる。私は、そんなことを考えながら、熱燗のおかわりを頼んだ。

隣では、ナナミちゃんが「女将さん!この砂肝、どうやったらこんなに美味しくなるんですか!?」と、熱心に質問攻めを続けている。その光景が、なんだかとても微笑ましくて、私はくすりと笑った。

カウンターの上の、温かい灯り。立ち上る湯気と、美味しそうな香り。そして、気心の知れた人たちとの、楽しい会話。

これ以上の幸せは、きっとどこにもない。

私は、このささやかで、かけがえのない日常を、これからもずっと大切にしていこうと、改めて心に誓った。

「女将さん、このお店、本当に最高ですね」

「あら、今さらじゃないか」

女将さんは、そう言うと、満面の笑みを浮かべた。その笑顔こそが、この店の何よりの看板なのだろう。

外は、すっかり夜の帳が下りていた。

しかし、この路地裏の小さな飯処の中だけは、いつまでも温かい光と笑い声に満ちていた。
私も、その光の一部になれていることが、誇らしかった。
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