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「師匠! 俺たちに料理を教えてくだせえ!」
巨大な地下都市の調理場に、ドワーフの鍛冶師長ボルガノンさんの魂の叫びが響き渡る。そのあまりに真剣な眼差しと、地面に深々とつけられた頭に、私は完全に固まってしまった。
「えっ、ええっ!? し、師匠って……人違いです! 私はただのギルドの受付嬢で……」
「とぼけるんじゃねえ!」
ボルガノンさんが、がばりと顔を上げる。その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
「このクリスタルポテトの味……。俺たちが今までただの石ころみてえに扱ってきた、このイモの本当の魂の味だ! これを引き出せるなんざ、ただ者じゃねえ! あんたは料理の神に選ばれし者だ!」
周りの腕っぷしの強そうなドワーフたちも「そうだ、そうだ!」「師匠!」と口々に同意の声を上げる。もはや私の言葉など、誰の耳にも届いていないようだ。
(ど、どうしよう……。私、そんな大それた者じゃ……)
困り果てて助けを求めるように仲間たちに視線を送ると、アランさんは「ははは、君はどこへ行っても人を惹きつけるな」と面白そうに笑っている。ナナミちゃんとミャレーに至っては「すごーい! 佐倉さん、師匠ですって!」「レナはドワーフの親分になるのかニャ!」と、完全に他人事のようにはしゃいでいた。
……味方は、いないらしい。
「師匠! ぐずぐずしてる暇はねえですよ! コンテストまであと三日しかねえんです! まずはこの! 地底湖のヌシを! どうにかしてくだせえ!」
ボルガノンさんはもう完全に私を師匠として認識している。彼は調理台の上にどすんと置かれた、巨大なナマズのような魚を指差した。全長二メートルはあろうか。ぬめりとした黒い巨体。これが地底湖のヌシか。見た目のインパクトがすごい。
「こいつをいつも通り丸焼きにしても、どうにも泥臭さが抜けなくて困ってたんでさぁ」
「……丸焼き、ですか」
私は思わずこめかみを押さえた。こんな繊細そうな白身魚を丸焼きにしていたなんて。ドワーフたちの豪快さには本当に頭が下がる。
(でも……やるしかない、か)
彼らのこの純粋な料理への期待を、裏切ることはできなかった。
私は覚悟を決め、すうっと息を吸い込む。
「分かりました。そのヌシ……私に任せてください。ただし、私は師匠ではありません。料理のアドバイザーとして皆さんに協力します。いいですね?」
「おう! アドバイザーでもなんでもいい! あんたについていきやすぜ、師匠!」
……ダメだ、この人たちには何を言っても無駄らしい。私は早々に訂正するのを諦めた。
まずはこのヌシという魚をどう調理するか。女将さんから教わった料理の基本を思い出す。『素材の味を、活かす』。
私はヌシの巨大な腹をそっと指で押してみた。かなりの弾力。そして、このぬめり。
(……このキモ……使えるかもしれない)
私はヴァルミナ様から贈られたミスリル銀のナイフを取り出し、ヌシの腹にすっと刃を入れる。周りのドワーフたちが「おおっ」とどよめきの声を上げた。
私が取り出したのは、巨大なピンク色の肝臓だった。
「師匠、そいつはいつも捨ててやすぜ。泥臭くて食えたもんじゃねえ」
ボルガノンさんの言葉に、私は首を横に振った。
「いいえ。これは宝の山ですよ。丁寧な下処理さえすれば、極上の珍味になります」
私はドワーフたちに、ヌシの肝の血抜きと筋の取り方を丁寧に教えていく。最初は不格好だった彼らの手つきも、持ち前の手先の器用さでみるみるうちに上達していく。
そして下処理を終えたヌシキモを、酒と地底で採れたという香りの良いハーブと一緒に蒸し器にかける。しばらくして蓋を開けると、ふわりと湯気と共に濃厚で芳醇な香りが立ち上った。
完成したのは、美しいあんこう色をした『ヌシキモの酒蒸し』だった。薄くスライスして、特製のポン酢醤油で食べてもらう。
「な、なんだ、こりゃあ!?」
ボルガノンさんは一口食べた瞬間、目玉が飛び出さんばかりに驚いた。
「口の中でとろける……! 濃厚でクリーミーで……。これが本当に、あの泥臭いキモだってのか!?」
「う、うめええええ! 酒だ! 酒持ってこい!」
「今までこんなうめえもんを捨てていたとは……! 俺たちはなんてバカだったんだ!」
ドワーフたちはその未知なる美味しさに完全にノックアウトされていた。中には感動のあまり涙を流している者さえいる。
(……ふふ。まずは掴みはオッケー、かしら)
私は満足げに頷いた。
次に、ヌシの身の部分。これもただ焼くだけでは芸がない。私は女将さんから教わった魔獣出汁の技術を応用することにした。ヌシの骨や頭から丁寧に出汁を取り、そこに地底のキノコや香味野菜をたっぷりと加えて煮込んでいく。そして切り身にしたヌシの身を、その特製の出汁でさっと煮る。
『ヌシのあら煮風、地底仕立て』の完成だ。ふわふわの白い身に、甘辛い濃厚なタレがじっくりと染み込んでいる。
これもまたドワーフたちに大絶賛された。
「うおおお! なんだ、この優しい味は!」
「身がふわふわだ! 骨までしゃぶりてえ!」
彼らは地酒の巨大なジョッキを片手に、もう完全な宴会騒ぎだ。
私はそんな彼らの幸せそうな顔を見て、心の中でそっと微笑んだ。料理で人を笑顔にする。その喜びを、私はまた一つ知ることができた。
コンテストまで、あと二日。この調子なら、あるいは本当に、あのプライドの高そうなエルフたちの鼻を明かすことができるかもしれない。
私のドワーフの国での新しい挑戦は、まだ始まったばかりだ。
巨大な地下都市の調理場に、ドワーフの鍛冶師長ボルガノンさんの魂の叫びが響き渡る。そのあまりに真剣な眼差しと、地面に深々とつけられた頭に、私は完全に固まってしまった。
「えっ、ええっ!? し、師匠って……人違いです! 私はただのギルドの受付嬢で……」
「とぼけるんじゃねえ!」
ボルガノンさんが、がばりと顔を上げる。その目にはうっすらと涙さえ浮かんでいた。
「このクリスタルポテトの味……。俺たちが今までただの石ころみてえに扱ってきた、このイモの本当の魂の味だ! これを引き出せるなんざ、ただ者じゃねえ! あんたは料理の神に選ばれし者だ!」
周りの腕っぷしの強そうなドワーフたちも「そうだ、そうだ!」「師匠!」と口々に同意の声を上げる。もはや私の言葉など、誰の耳にも届いていないようだ。
(ど、どうしよう……。私、そんな大それた者じゃ……)
困り果てて助けを求めるように仲間たちに視線を送ると、アランさんは「ははは、君はどこへ行っても人を惹きつけるな」と面白そうに笑っている。ナナミちゃんとミャレーに至っては「すごーい! 佐倉さん、師匠ですって!」「レナはドワーフの親分になるのかニャ!」と、完全に他人事のようにはしゃいでいた。
……味方は、いないらしい。
「師匠! ぐずぐずしてる暇はねえですよ! コンテストまであと三日しかねえんです! まずはこの! 地底湖のヌシを! どうにかしてくだせえ!」
ボルガノンさんはもう完全に私を師匠として認識している。彼は調理台の上にどすんと置かれた、巨大なナマズのような魚を指差した。全長二メートルはあろうか。ぬめりとした黒い巨体。これが地底湖のヌシか。見た目のインパクトがすごい。
「こいつをいつも通り丸焼きにしても、どうにも泥臭さが抜けなくて困ってたんでさぁ」
「……丸焼き、ですか」
私は思わずこめかみを押さえた。こんな繊細そうな白身魚を丸焼きにしていたなんて。ドワーフたちの豪快さには本当に頭が下がる。
(でも……やるしかない、か)
彼らのこの純粋な料理への期待を、裏切ることはできなかった。
私は覚悟を決め、すうっと息を吸い込む。
「分かりました。そのヌシ……私に任せてください。ただし、私は師匠ではありません。料理のアドバイザーとして皆さんに協力します。いいですね?」
「おう! アドバイザーでもなんでもいい! あんたについていきやすぜ、師匠!」
……ダメだ、この人たちには何を言っても無駄らしい。私は早々に訂正するのを諦めた。
まずはこのヌシという魚をどう調理するか。女将さんから教わった料理の基本を思い出す。『素材の味を、活かす』。
私はヌシの巨大な腹をそっと指で押してみた。かなりの弾力。そして、このぬめり。
(……このキモ……使えるかもしれない)
私はヴァルミナ様から贈られたミスリル銀のナイフを取り出し、ヌシの腹にすっと刃を入れる。周りのドワーフたちが「おおっ」とどよめきの声を上げた。
私が取り出したのは、巨大なピンク色の肝臓だった。
「師匠、そいつはいつも捨ててやすぜ。泥臭くて食えたもんじゃねえ」
ボルガノンさんの言葉に、私は首を横に振った。
「いいえ。これは宝の山ですよ。丁寧な下処理さえすれば、極上の珍味になります」
私はドワーフたちに、ヌシの肝の血抜きと筋の取り方を丁寧に教えていく。最初は不格好だった彼らの手つきも、持ち前の手先の器用さでみるみるうちに上達していく。
そして下処理を終えたヌシキモを、酒と地底で採れたという香りの良いハーブと一緒に蒸し器にかける。しばらくして蓋を開けると、ふわりと湯気と共に濃厚で芳醇な香りが立ち上った。
完成したのは、美しいあんこう色をした『ヌシキモの酒蒸し』だった。薄くスライスして、特製のポン酢醤油で食べてもらう。
「な、なんだ、こりゃあ!?」
ボルガノンさんは一口食べた瞬間、目玉が飛び出さんばかりに驚いた。
「口の中でとろける……! 濃厚でクリーミーで……。これが本当に、あの泥臭いキモだってのか!?」
「う、うめええええ! 酒だ! 酒持ってこい!」
「今までこんなうめえもんを捨てていたとは……! 俺たちはなんてバカだったんだ!」
ドワーフたちはその未知なる美味しさに完全にノックアウトされていた。中には感動のあまり涙を流している者さえいる。
(……ふふ。まずは掴みはオッケー、かしら)
私は満足げに頷いた。
次に、ヌシの身の部分。これもただ焼くだけでは芸がない。私は女将さんから教わった魔獣出汁の技術を応用することにした。ヌシの骨や頭から丁寧に出汁を取り、そこに地底のキノコや香味野菜をたっぷりと加えて煮込んでいく。そして切り身にしたヌシの身を、その特製の出汁でさっと煮る。
『ヌシのあら煮風、地底仕立て』の完成だ。ふわふわの白い身に、甘辛い濃厚なタレがじっくりと染み込んでいる。
これもまたドワーフたちに大絶賛された。
「うおおお! なんだ、この優しい味は!」
「身がふわふわだ! 骨までしゃぶりてえ!」
彼らは地酒の巨大なジョッキを片手に、もう完全な宴会騒ぎだ。
私はそんな彼らの幸せそうな顔を見て、心の中でそっと微笑んだ。料理で人を笑顔にする。その喜びを、私はまた一つ知ることができた。
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私のドワーフの国での新しい挑戦は、まだ始まったばかりだ。
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