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第19話 嘆きの森への進軍と皇帝の策

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翌日、私が目を覚ますと、王宮はヴァイスハイト家の残党が潜む『嘆きの森』への大規模な討伐作戦の準備で騒然としていた。作戦の総指揮を執るのは、騎士団長のレオン様だ。私は体調が万全ではないという理由で、陛下とレオン様から固く、王宮での待機を命じられていた。

「ミカ、君はここで待っていてくれ。必ず、良い知らせを持って帰る」

出陣の直前、甲冑に身を包んだレオン様が私の執務室を訪れた。その姿はいつも以上に凛々しく、英雄の風格に満ちていた。

「はい。ご武運をお祈りしています」

本当は私も一緒に行きたかった。私のスキルがあれば、もっと安全に、効率的に作戦を進められるはずだ。しかし彼らの、私を心から心配する気持ちを無下にはできなかった。

「心配するな。君が示してくれた正確な地図と、敵の配置図がある。これほど有利な戦はない」

彼は私の頭を大きな手でわしわしと撫でた。子供扱いされているようで少しむっとしたが、その手の温かさが私の不安を和らげてくれる。

「必ず帰ってくる。だから君はここで、君のすべきことをしていてくれ」

そう言うと、彼は踵を返し部屋を出ていった。その広い背中を見送りながら、私はぎゅっと拳を握りしめた。

私にできること。それは彼らが、安心して戦える状況を作ることだ。

私は執務室の机に向かい、スキルを発動させた。ターゲットはグラシエ伯爵。そして彼とヴァイスハイト家の資金の流れだ。

レオン様たちが森の亡霊たちと戦っている間に、私は彼らの生命線を断つ。

私の頭の中で、二つの組織の金の流れが瞬時に可視化されていく。金の出所はグラシエ伯爵の砂糖事業による莫大な利益だ。その金が複数のダミー会社を経由し、ヴァイスハイト家の残党の武器購入や、食料調達の資金として流れている。完璧なマネーロンダリングだ。

しかし私のスキルにとっては、その流れを遡ることなど造作もない。私はその不正な金の流れの、動かぬ証拠を次々と羊皮紙にリストアップしていく。これさえあればグラシエ伯爵を、完全に追い詰めることができる。

作業に没頭していると、不意に執務室の扉が開いた。

「精が出るな、筆頭監査官殿」

そこに立っていたのは、皇帝アルベルト陛下だった。

「陛下。なぜこちらに」

「なに、君が一人でまた無理をしていないか、心配になってな」

彼は穏やかに微笑むと、私が書き上げた書類の山を見て感嘆の息を漏らした。

「これはすごいな。グラシエ伯爵の息の根を止めるには、十分すぎる証拠だ」

「はい。あとはこれを、いつ、どのタイミングで使うかですが」

私が言うと、陛下はふっと挑戦的な笑みを浮かべた。

「そのことなんだがな、ミカ。君に一つ頼みたいことがある」

「頼みですか?」

「ああ。君にしかできないことだ」

陛下は私の耳元にそっと顔を寄せ、囁くようにその作戦を告げた。その内容はあまりにも大胆で、そして狡猾なものだった。私は驚きに目を見開いたが、すぐにその意図を理解し、不敵に笑った。

「承知いたしました陛下。最高の舞台をご用意いたします」

数時間後。

レオン様率いる騎士団が『嘆きの森』でヴァイスハイト家の残党と激しい戦闘を繰り広げている、まさにその頃だ。王都ではグラシエ伯爵の屋敷で、盛大な夜会が開かれていた。彼は騎士団が王都を留守にしているこの隙に、自分に与する貴族たちを集め、今後の対策を練ろうとしていたのだ。

夜会が最高潮に達した、その時だった。会場の扉がゆっくりと開かれ、一人の人物が静かに入場した。その人物の登場に会場中の貴族たちが息を呑み、音楽が止まる。

現れたのは皇帝アルベルト陛下、その人だった。しかも護衛もほとんど連れていない。まるでふらりと立ち寄ったかのような、気軽な様子だ。

「な、陛下。なぜこのような場所に」

グラシエ伯爵が慌てて駆け寄る。

「なに伯爵。君が楽しい宴を開いていると聞いてな。私も混ぜてもらおうかと思ってな」

陛下はにこやかに言うと、会場をゆっくりと見渡した。その視線に多くの貴族たちが、バツが悪そうに顔を伏せる。

「ちょうどよかった。皆に、見せたいものがあるのだ」

陛下がぱちんと指を鳴らすと、会場の壁に魔法のスクリーンが出現した。そこに映し出されたのは『嘆きの森』でヴァイスハイト家の残党と戦う、騎士団のライブ映像だった。

私のスキルを応用した遠隔映像の中継だ。それが陛下の考えた狡猾な作戦だった。

映像はレオン様の圧倒的な強さと、騎士団の勇猛果敢な戦いぶりを克明に映し出している。そして次々と捕縛されていく、ヴァイスハイト家の残党たち。

「ご覧の通りだ、諸君」

陛下は静かに言った。「我が国の反逆者たちは今、こうして我が忠実なる騎士団によって、一掃されつつある」

会場は、完全な沈黙に包まれた。グラシエ伯爵の顔からは血の気が失せている。

そして陛下は、とどめの一撃を放った。

「ああそうだ。もう一つ面白いものを見せてやろう」

スクリーンが切り替わり、そこに映し出されたのは、私が作成したグラシエ伯爵の不正な資金の流れを示す詳細な報告書だった。彼の砂糖事業の利益が、いかにして反逆者たちの資金となっていたか。その動かぬ証拠に、会場は騒然となった。

「ぐっ…」

グラシエ伯爵は、その場に膝から崩れ落ちた。完全な敗北だった。彼は最も油断した、気の大きくなった瞬間に全てを暴露され、社会的に完全に抹殺されたのだ。

陛下はその無様な姿を冷たい目で見下ろすと、静かに言った。

「ミカ・アシュフィールドは私の剣だ。そして私の盾だ。彼女に逆らうことは、この私に、そしてこの国に逆らうことと同義だと知るがいい」

その言葉は、その場にいる全ての貴族たちの胸に深く、鋭く突き刺さった。

その頃、王宮の私の執務室。私はスクリーンに映し出される陛下の完璧な勝利を満足げに見つめていた。そしてもう一つのスクリーンに映る、レオン様の無事な姿に、心から安堵の息を漏らす。

物理的な戦場で戦う騎士団長。情報という戦場で戦う皇帝。そしてその両方を後方から支援する私。

私たちは、最高のチームだ。

私は二人の英雄からの熱い信頼を一身に受けながら、次なる『お片付け』の計画を練り始める。この国が完全にクリーンになるまで、私の仕事はまだまだ終わりそうになかった。
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