姫君の憂鬱と七人の自称聖女達

チャイムン

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33.闇の召喚者

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 ガーデン・パーティーでの娘達への牽制と陽動と同時に、わたくし達は隠密で神殿の調査に乗り出していた。
 実は神殿では一年ほど前に経理担当の一人の交代があった。
 主に神殿の経理は神女が中心になって神官が補佐となり回してきた。男性である神官は世俗にさらに疎く、神儀にかかる経費はもちろん、食費や様々な生活上の費用や雑費、孤児院の運営費、さらには神女達の衛生用品まで細々と気を回すことができない者が多かった。

 一年と少し前にそれまで勤めていた神官が老齢により、細かい数字を扱うことが負担になったため、交代が行われた。
 この時選出されたのが、三年前の地方との調整で中央に移ってきた優秀であると触れ込みの有る若い神官だった。
 彼の名はアデル。二十六歳の青年だが数字に強く、聖典の研究を究めたいとの希望で王都の神殿へ移ってきた。
 彼に神殿の経理担当を打診したところ、快く引き受けてくれた。
 しかし、すぐに問題が起こった。

 これは担当の神官が代わるとよく起こる問題で、だからこそ経理の担当の長は神女に任せられていた。
 つまり彼には経費の細かい部分、特に孤児院の雑費と神女や巫女達の衛生用品への支出を、全くといっていいほど理解できていなかった。
 神女は慣れたもので、「これこれこういう状態になり、これらの物が必須なのだ」と説明したのだが、アデルは理解できなかった。

 そんな大量の晒布を毎月使うことが理解できない。
 アデルと神女サラはぶつかり合い、神女の経理長サラは王宮に、わたくしと神殿管理大臣エイナイダ公爵に助力を求めてきた。

 神殿に行ったわたくしとエイナイダ公爵は、神女が備品を横流ししているのではないかとまで疑っているアデルの様を見て顔を見合わせた。
 晒布を横流しして、どれほどの利益になると言うのだろう。

 アデルはわたくしに詰め寄ってきた。
「シャイロ姫は女性であらせられるから、この不正がおわかりですよね。長い間これだけの無駄が出ていたのですよ!」
 アデルは得意満面で数字を突き付けてきた。
「不正ではありません。わたくしはひと月にこれだけの晒布を使います。他に下着も殿方よりこれくらい多く必要です」

 純粋培養の神官には刺激が強いと思ったが、わたくしは実際に必要なものを携えて行き提示してみせた。
 アデルは真っ赤な顔になりながらも、わたくしの言にようやく、しかし渋々納得した。表向きは。

 その時、アデルが顔を真っ赤にしたのは羞恥ではあったが、女性の事情を初めて知った故の羞恥だけではなく、自分が愚かで世間知らずだと辱められたと感じた怒りも含まれているのが見て取れた。

 さらにアデルは補佐である立場を超えて、自分が主軸となって神殿の経理を進めようと言う野心もあった。

 わたくしとエイナイダ公爵は
「経理の長は神女サラです。神官アデルはあくまで補佐であることを忘れないように」
 と厳しく戒めた。

 稀人召喚に当たっての事情を聴き進めていくと、神官長と神聖力の強い七人の神官、他数名の神官が神殿の全権を掌握してしまい、神女や巫女が蚊帳の外へ追い出されてしまっていたことがわかった。
 それ故に神殿の日々の運営や孤児院への食糧が止まっていたのだ。

 その音頭をとったのがアデルであることもわかった。

 アデルは聖典への造詣が深く、古代神秘術にも明るかった。
 但し神聖力には恵まれず、神々との交信を行うことはできなかった。

 わたくしが神殿の訪問を怠っている間に行われた稀人召喚に深く関わっていることは火を見るより明らかだ。
 なぜならば、召喚された稀人への経費は、アデルを通してやり取りされていたからだ。

 騒ぎを収拾に行った時、アデルは知らぬ存ぜぬで「病で伏せっている」と顔を見せず部屋に籠っていた。半年以上病に苦しんでおり、経理は他の神官に任せていたと言うのだ。

 しかし、神女サラが追いやられた状態で神殿の金を使うにはアデルの許可と書類への署名が必須なのだ。

 その時に娘達のドレスや服飾を扱った店を調査すれば、全てアデルの直筆署名がなされている書類があった。

 その場しのぎが通じると思っていたようだ。全く世間知らずだ。

 ここに至ってわたくしとエイナイダ公爵は、アデルを引っ立てて事情を聴取した。

 アデルは頑として黙秘を貫いたが、わたくしは闇の精霊の匂いを感じていた。
 神聖力がなくとも、古代神秘術にのっとれば闇の精霊の召喚の儀は可能だ。
 闇の精霊は、アデルによって娘達に植え付けられたのだ。

 さらにガーデン・パーティーでザイディーや他の"攻略対象"に優しく扱われ始めた娘達の証言もある。
 特にミサとホノカの証言は役に立った。

 闇の精霊について聞くとミサは言った。
「闇の精霊って怖いじゃないですかぁ?」
 ザイディーにしなだれかかるミサをこの時ばかりは見て見ぬ振りをして、魔法道具でわたくし達"悪役令嬢"は談笑する素振りで聞いていた。
「なんかぁ、色々お願いを叶えてくれるよって、イケメンの金髪の神官さんが言ってきたんですけどぉ」
 イケメンの金髪神官。アデルは顔立ちの整った金髪だ。間違いない。
「聖女って光のイメージじゃないですかぁ?闇って違うなと思ってお断りしましたぁ」
 なるほどとわたくし達は納得した。

 ホノカも似たようなことを言った。
「他の子が闇の精霊と取引したらしいんですけど、これってチャンスだと思ったんですよね」
 ニコニコと機嫌よく答える。
「闇の精霊を使ってきたら、私の光の力で退治するって聖女っぽいでしょ?」

 アデルは小暗い気持ちを秘めている娘達三人をどうにか唆して、闇の精霊の依坐よりましにしたのだ。

 すでにアデルは病を理由に神殿の一室に厳重に閉じ込めている。

 アデルは古代神秘術に詳しいが、神殿上層部と王家に伝わる秘密までは知らなかった。
 もちろん、わたくしが"アッテン・ジュジュ"、光と共に闇の力を授かっていることも。

 神殿長と召喚を行った七人の神官達は自室に監禁。
 現在、女王反対派と繋がっている神官達を泳がせて、こちらの味方の神女と神官そして"影"達が偵察中だ。
 後は女王反対派の確実な関与の証拠を掴むだけだ。

 苦痛に満ちた残りのガーデン・パーティをわたくし達は、ほどほどの成果を得て終えることができた。

 ところでランスフィアとイアンの仲の進捗だが、彼女は乗り気になったようだ。
 イアンはランスフィアに言ったそうだ。
「祖父があのような頭なのでご心配なさっておいででしょうか?」
 イアンの祖父のエイナイダ公爵は頭に全く毛のない、いや、輝かしいおつむりの持ち主なのだ。中身も違う意味で輝かしいほど優秀であることを付け加える。

 驚いて目を瞠り、扇で顔を目元まで隠したランスフィアにイアンは言った。
「父の髪はふさふさですから!祖母の血を受け継いでいますし、母の家もふさふさです!多分私も大丈夫です!」
 これにはランスフィアも思わず笑ってしまった。

「本気で言ってくるのが面白かったです。笑わせてくれる方は好きです」
 ランスフィアは私にこっそり語った。

 かくしてランスフィアとイアンは少しずつ間を縮めていったのだ。
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