その林檎を齧ったら

チャイムン

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7.アクアドロップの行方

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 一年が過ぎ、領地のアデライードは落ちついて来たとの報告がやってきた。
 父は、待っていたとばかりにアデライードを王都に呼び寄せた。

 アデライードが落ち着き、王都に戻ることは嬉しかった。
 しかし、わたくしにはもやもやした寂しさが纏わりついて拭えなかった。

 結局わたくしは、母にも父にも愛されていないのだ。

 エラ夫人は優しく、弟のスヴェンは可愛い。
 肉親と離れ離れだったアデライードが戻ってきてくれるのは嬉しい。

 しかし、わたくしはまた、大勢の中にいながらただ独りぼっちの疎外感を味わうのだ。

 アデライードが帰ってきた時、わたくしはあるものをみつけて、ぞううっと総身が震えた。

 アデライードはアクアドロップの指輪を嵌めていたのだ。

 一体、いつから?

 元からアデライードに甘い父は、彼女に多くの宝飾品を与えていた。
 わたくしは母の面子のために、同じくらい宝飾品を身に着けさせられていた。
 だから、それは恨む筋合いはない。寂しくはあるけれど。

 アデライードは元気よく馬車から降り、帰還の挨拶をした。もちろんわたくしにも。

「おねえさま!お会いしたかったわ」
 そう言って抱きついた次の瞬間、ドンと突き放し、頬を打った。

「よくもわたくしの前に出てこられましたね!この泥棒の女狐が!」

 みなが呆気にとられた。

 アデライードはわたくしを罵倒し続けた。わたくしは呆然とするしかなかった。

 父とエラ夫人がアデライードを抱き込むように屋敷へ入れた後、わたくしは一人で庭に佇んでいた。

 誰にも会いたくなくて、庭のガゼボに座っていた。

 邸内は騒がしく、荷物の出し入れが行こなわれていた。

 ふと、わたくしは気づいた。

 わたくしの部屋のものが、離れに運ばれていることに。

 そうか。わたくしは離れに置かれるのね。
 愛されない子供は、顧みられないのか。

 夕刻、メイドがわたくしを探しに来た。夕食の時間だろうと付いて行くと、父の執務室に通された。

 父は渋面だった。
「わかってくれ、グリセルダ」
 何を?
「アデライードはお前のことを見さえしなければ、可愛い娘のままなのだ。だから…」
 だから?
「今日から離れで暮らしてくれ」
 一家水入らずの生活を邪魔しないために?

 愛されない妻の愛されない娘。それがわたくし。

 ぽろりと涙がこぼれた。一粒だけ。

 わたくしの答えはひとつしかなかった。
「はい。おおせのままに。お父様」

 その夜から始まった、たった一人の生活。
 世話をしてくれる使用人はたくさんいたが、一人の食事は味気ない。

 わたくしの楽しみは、学園でグィードに会えることだった。グィードの魔法の林檎がなければ、セアラのようになっていたかもしれない。

 学園でグィードに会えるとは言え、仮にも王子の婚約者。必要以上に傍に居られない。

 グィードがわたくしに林檎をわたす。
 わたくしが受け取る。
 その瞬間に触れる指先だけが、温かい思いをくれた。

 翌年、アデライードが学園へ入学すると、わたくしはまるで隔離されるように別の馬車で時間をずらして登校するようになった。

 そして父からかけられる言葉は
「早く呪いを解いてやりなさい」
 がほとんどだった。

 セルシア王子は優しかった。
 わたくしはファイアーストーンのジュエリーとアクアドロップの指輪の話を共有していた。

 来年、ファイアーストーンのジュエリーが手元にくれば、わたくしとセルシア王子の希望がひらけるかもしれないのだ。

 セルシア王子は律儀にわたくしを、様々な催しにエスコートした。
 まだ年の足りないアデライードが出席できないため、それらは平和だった。

 しかし、学園でアデライードとばったり会うと、彼女は口汚くわたくしを罵った。

 学園でのわたくしとアデライードの評価は二分された。

 わたくしの場合は、妹から全てを奪った悪女、もうひとつは逆で妹や家族から虐げられている可哀想なグリセルダ。
 アデライードも同じように、姉に全てを奪われた可哀想なアデライード、そして姉から全てを奪おうとする悪女と。

 それらに耳をかさないようにして時をやりすごし、わたくしは十六歳になった。

 ようやくあのファイアーストーンのジュエリーを相続できるのだ。

 ソルダム公爵家から、それらが贈られてすぐ、セルシオ王子がそれを見たいから夜会に着けてきてくれと熱心に強請った。もちろんわたくしも是非見て欲しかったので、ファイアーストーンのジュエリーを着けて行った。
 そこで思いがけないことが起こったのだ。

 まだ夜会に出ることを許されないはずのアデライードを、父が連れてきてしまったのだ。

 アデライードはツカツカとわたくし達に歩み寄り、わたくしを叩こうとしたらしい。だが、何かに跳ね飛ばされたように、後ろへ飛んで行った。

 わたくしとアデライードの間に、厳しい顔をしたグィードが立ちふさがった。

 セルシオ王子は父に向って言った。
「まだアデライード嬢は夜会への参加を認められていません。どういうおつもりですか?」
 父はおどおどして言った。
「アデライードが強請ったのもので…アデライードは王子殿下をお慕いしているのです。それに…」
 もごもごと続ける。
「アデライードにも、そのファイアーストーンのジュエリーを受け継ぐ資格があるのでは…」

 わたくし達は呆れ果てた。
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