その林檎を齧ったら

チャイムン

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 呆れた。
 このファイアーストーンのジュエリーはわたくしの母の実家、ソルダム公爵家から送られたものだ。
 アデライードに相続の権利はない。

 ずっとアデライードが身に着けているアクアドロップの指輪の指輪もそうなのだ。

 父は突然何かに憑かれたように迫ってきた。

「さあ、そのファイアーストーンをアデライードに渡しなさい」
 わたくしからむしり取らんばかりの勢いで迫ってきた。
 その顔を、表情を見たわたくしは覚った。
 わたくしと同じ黒い髪、緑の瞳。
 それなのにその表情は父ではなかった。母セアラにそっくりだった。

 そう。母セアラはアデライードではなく、父の中に潜んでいたのだ。愛する男の中に。愛してくれない男の中に。

「さあ、渡しなさい」
 父の声に母の声が重なる。
 わたくしの首元に手をかけた。

 その時、小柄な人影が私に飛びついた。

「やめて!お父様!!」

 アデライードだった。

 アデライードがわたくしに飛びついた瞬間、ビシっと何かが割れるような音がした。そしてアデライードの顔が苦痛に歪んだ。

「ああーーーーー」
 アデライードが叫んだ。しかし、わたくしを庇うように抱きしめて離れない。

「アデライード!アデライード!どうしたの?苦しいの?」
 わたくしは必死でアデライードを引き離そうとした。アデライードはさらに力を入れる。

「負けてはいけないの。この指輪に負けてはいけないの」
 アデライードがうわごとのように叫ぶ。

「指輪が言うの。わたくしを支配するの。おねえさま!助けて」

 指輪とはアクアドロップの指輪だろうか?ファイアーストーンの指輪だろうか?
 確認しようとしたその時、ファイアーストーンの指輪をはめめたわたくしの指に苦痛が走った。ネックレスを着けた首が熱くなり、締められるような苦しさが走った。

 ビシッビシッと軋むような音が響き、わたくしの苦痛が増した。アデライードも同じらしい。
「ああっ!」
 苦痛の声を上げる。

「おねえさま、大好きよ!大好き!」

 ああ、わたくしはアデライードのその好意に応えてきただろうか。
 今更、後悔が大波のように襲い掛かる。

 妹を好いてはいた。
 しかし、家族の愛を得られず、恨んでいたのではないか?

 わたくしは自分のことばかりを考えていたような気がする。

 アデライードの呪いが解ければ、グィードの元へ行ける。そのために無為に日々を過ごしていたのではないだろうか。

「ごめんなさい、アデライード。わたくし、自分の悲しさに精いっぱいだったわ」
 アデライードを抱きしめる。
 苦痛が強まる。

 苦痛のさなかに、わたくし達はお互いを思いやった。

 姉妹として、女同士として、人として。

 ふと気づくと、わたくしの背中からグィードが抱きしめ、アデライードの背中からセルシオ王子が抱きしめていた。
「負けるな」
 グィードが囁く。

 わたくし達はさらに強く抱きしめ合った。

 一際大きくビシっという音が響いた。

 わたくしは気を失った。

 気が付くとわたくしはグィードの腕の中にいて、顔を上げるとアデライードはセルシオ王子の腕の中にいた。

 ファイアーストーンとアクアドロップは砕け散っていた。

 父は無様にひっくり返っていた。

 すぐに夜会は散会になった。

 魔導士がやってきて、呪いが解けたことを告げた。

 その夜の出来事は不可解な醜聞として巷に広がった。

 アデライードの呪いは解け、今後は王太子妃としての教育を受けることになった。
「あれだけの騒ぎを起こしたのですから、認められるのは至難の業ですよ。もしかしたら第二妃にとどまるかもしれません」
 王妃様が厳しい顔で言ったが、愛し合う二人はそれでも手を放さないと誓い合っていた。

 わたくしは…

 あの騒ぎから半年、離れに引きこもって暮らしていた。
 グィードが消えたのだ。

 父はわたくしを腫れものでもあつかうように、遠巻きにしていたが、それがわたくしには救いだった。
 王子の仮の婚約者のお役御免の後、新しい相手をあてがわれてはたまらない。
 その辺は王家との約束を、くれぐれも言い聞かされているらしい。

 鬱々と過ごしているある日、王宮から夜会の招待状が届いた。
 わたくしはお断りの旨、返事をした。

 その夜会の夜、思いもかけない訪問者が来た。

「お嬢様、お客様でございます」
 わたくしは夜会の催促だと思い
「お断りして」
 とすげなく言った。
 しかし侍女は
「そういうわけにはまいりません。隣国のゾォーイ帝国の第二公子殿下でございます」

 ゾォーイ帝国!
 長く後継者争いをしている国ではないか。我が国よりも順位は上だ。

 しぶしぶ着替え、客間へ行く。

 そこにいたのは…

 グィードだった。

 わたくしを見るとグィードは膝を折り、林檎を捧げるように差し出した。
 わたくしは後先も考えずに林檎を受け取った。

 ああ、そう。
 わたくしはこれが欲しかったの。

 魔法の林檎。
 わたくしが触れると時が動き出す林檎。
 齧ればわたくしの呪いが解ける真っ赤な林檎。

 わたくしはその林檎を齧った。

 その途端、体がふわりと浮いた。
 グィードに抱き上げられていた。

「これで君は僕のものだ。連れて行くよ。僕の国に」
「どこへでも行くわ。わたくしはあなたのものよ」

 そのまま離れを出て、馬車に乗せられた。

「兄と対決してきた。勝ったよ」
 グィードが淡々と報告する。

「まだまだ不安定だけど、伴侶としてきてくれるね?」
 まあ、なんて言い草かしら?

「わたくし達のお約束でしょう?その林檎を齧ったら、わたくしはあなただけのものなのよ」

 あなたとならば、地獄でも幸せだわ。
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