毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン

文字の大きさ
23 / 35

23.ためらう心を振り切って

しおりを挟む
 オティーリエ王女の教育は再開されたが、遅々として進まない。
 毎回、オティーリエ王女の癇癪で授業が中断している。
 度々、オティーリエ王女の授業の補佐に呼ばれた私は、ふとある疑念が生まれた。

 オティーリエ王女は実はインジャル語もフェディリア語も、それなりにわかっているのではないか。それを隠しているように私には思えた。

 夏がやってきて、私は十七歳になった。
 朝から贈り物が運ばれてきていた。
 その日の午後、王妃殿下が私の部屋へ訪れた。
 美しい真珠のティアラを渡された。

「十七歳おめでとう。今日はあなたに言い渡したいことがあって来ました」
 改めた口調でおっしゃる。

「明日の夜、バシュロがあなたを訪ねます。決して断らないように」
 私は驚いた。王妃殿下が設けた一年の猶予にはまだ一か月余りある。
 私の顔は蒼白になったらしい。王妃殿下が私を抱き寄せた。
「不安なのはわかります。全てバシュロに任せなさい」
 私は必死になって言った。
「まだ期限ではございません」
「ああ、そのこと…」

 王妃殿下は私をソファーに導き、隣り合って座った。
「もう十分です。わたくしは見切りを付けました。それにバシュロもオティーリエ王女を認めないと言っています」
「でも…」
「バシュロが嫌ですか?側妃になった時に、受け入れたはずですよ。妃の務めを果たすのです」
 王妃殿下は優しく私の手をとった。

「あなたも知っての通り、三国協議が半年以内に行われます。そこでオティーリエ王女から"王女"の地位がなくなります」

 三国協議では、カテーナ王国は解体され現在の四公爵が共同で治める公国となる。カテーナ公国はインジャル王国とフェディリア王国の監視と援助の元で、自治制になる。軍部は上層部がすでに捕縛され、罪を問われている。王族は一貴族の伯爵位となり、領地と年俸を与えられることになってる。もう中央には戻れず、領地で暮らすのだ。

「もしも次の新枕の儀が失敗に終われば、わたくしは三回目を行わないことに決めました。この決定は国王陛下も承認なさいました。あなたはこの国の唯一の妃となるのです。そして」
 ぎゅっと手を握った。
「近いうちに、あなたは正妃となるでしょう」
 私は震えた。
「それでは、オティーリエ王女は…」
 言葉が出ない。

「粗略にはは扱わないつもりです。でも…」
 少し口ごもってから続けられる。
「覚えていますか?フェディリア王国の王弟殿下の話を」
「まさかオティーリエ王女を第四妃に?」
「できれば避けたいのですが、あちらが強く求められているのです。できるだけ努力しますが、もしかしたらということもあります」

 私は項垂れた。
「あんまりではありませんか。わたくしの家族よりひどいです…」
「ええ。冷酷ですね。これが政治なのです」

 王妃殿下は私の顔を両手で挟んで上を向かせた。
「堂々となさい。そう教育したはずです」
 そして優しく頬にくちづけられた。
「可愛いベル。あなたはあなたの幸せを大切にしなさい」
 頬がかっと熱くなる。王妃殿下にも私のバシュロ様への思いが気づかれていたなんて。そんなにあからさまだっただろうか。

 その夜は私の誕生日を祝う晩餐会があったが、何を食べても砂を噛む思いだった。バシュロ様の顔をまともに見られない。

 翌日は何をして過ごしたか、ほとんど覚えていない。公務がお休みになったことが、余計私を落ち着かない気分にさせた。

 夜、魔導ランプの光度を落とした寝室で、私は白いナイトウェアにガウンを羽織った姿でベッドの縁に座らされた。新枕の儀の時と同じだ。

「バシュロ王太子殿下がお見えになりました」
 侍女が告げれば、心臓の鼓動が痛いほど早くなる。

「こんばんは、ベル」
 バシュロ様が部屋に入ると入れ違いのように侍女達が退出する。
 薄暗い部屋では、バシュロ様がどんな顔をしているかわからない。

「傍に行ってもいい?」
 問われるバシュロ様。
 私は声が出ない。
「君の許可がなければ近づかないから、安心して」
 それでも私は震えた。

 心の半分ではオティーリエ王女への酷な扱いに憤っていたが、もう半分ではバシュロ様を欲していた。私だけを愛して欲しいという、勝手な気持ちに戸惑っていた。

 本当はわかっていた。
 居間にある雪に閉ざされた湖のタペストリー。
 寝室に一枚だけ高い場所に嵌め殺しになっている、星のステンドグラス。
 毎朝届く、露に濡れた一輪の花。

 震えながら私は両手をバシュロ様に伸ばしていた。
 ゆっくりとバシュロ様が近づいてきて、私の両手を優しく握った。

 翌朝、私は少しけだるい幸せな気分と、花の香りで目覚めた。
 なぜこんなに幸せなのか、最初分らなかった。多幸感に包まれてふわふわした気分だ。
 目を開けると、部屋は花で埋め尽くされていた。

「おはようございます。ベルナデット様」
 侍女が嬉しそうに微笑んでいる。
 身支度を手伝ってくれながら言う。
「ご覧ください。この花は全部王太子殿下が、手ずから摘んで運ばれたのですよ」
 そこへドアが開いて、大きな籠一杯に花を入れて持ったバシュロ様が入ってきた。

「おはよう、ベル」
 バシュロ様は花籠を置くと、私にくちづけた。

「あなたはあなたの幸せを大切にしなさい」
 王妃殿下の言葉を思い出す。

 今は、今だけは自分のことだけを考えてもいいだろう。

 今、私はこの上もなく幸せだ。
しおりを挟む
感想 111

あなたにおすすめの小説

婚姻無効になったので新しい人生始めます

Na20
恋愛
旧題:婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~ セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 2025年10月24日(金) レジーナブックス様より発売決定!

初めから離婚ありきの結婚ですよ

ひとみん
恋愛
シュルファ国の王女でもあった、私ベアトリス・シュルファが、ほぼ脅迫同然でアルンゼン国王に嫁いできたのが、半年前。 嫁いできたは良いが、宰相を筆頭に嫌がらせされるものの、やられっぱなしではないのが、私。 ようやく入手した離縁届を手に、反撃を開始するわよ! ご都合主義のザル設定ですが、どうぞ寛大なお心でお読み下さいマセ。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

妃殿下、私の婚約者から手を引いてくれませんか?

ハートリオ
恋愛
茶髪茶目のポッチャリ令嬢ロサ。 イケメン達を翻弄するも無自覚。 ロサには人に言えない、言いたくない秘密があってイケメンどころではないのだ。 そんなロサ、長年の婚約者が婚約を解消しようとしているらしいと聞かされ… 剣、馬車、ドレスのヨーロッパ風異世界です。 御脱字、申し訳ございません。 1話が長めだと思われるかもしれませんが会話が多いので読みやすいのではないかと思います。 楽しんでいただけたら嬉しいです。 よろしくお願いいたします。

愛のない結婚をした継母に転生したようなので、天使のような息子を溺愛します

美杉日和。(旧美杉。)
恋愛
目が覚めると私は昔読んでいた本の中の登場人物、公爵家の後妻となった元王女ビオラに転生していた。 人嫌いの公爵は、王家によって組まれた前妻もビオラのことも毛嫌いしており、何をするのも全て別。二人の結婚には愛情の欠片もなく、ビオラは使用人たちにすら相手にされぬ生活を送っていた。 それでもめげずにこの家にしがみついていたのは、ビオラが公爵のことが本当に好きだったから。しかしその想いは報われることなどなく彼女は消え、私がこの体に入ってしまったらしい。 嫌われ者のビオラに転生し、この先どうしようかと考えあぐねていると、この物語の主人公であるルカが声をかけてきた。物語の中で悲惨な幼少期を過ごし、闇落ち予定のルカは純粋なまなざしで自分を見ている。天使のような可愛らしさと優しさに、気づけば彼を救って本物の家族になりたいと考える様に。 二人一緒ならばもう孤独ではないと、私はルカとの絆を深めていく。 するといつしか私を取り巻く周りの人々の目も、変わり始めるのだったーー

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

【完結】「政略結婚ですのでお構いなく!」

仙桜可律
恋愛
文官の妹が王子に見初められたことで、派閥間の勢力図が変わった。 「で、政略結婚って言われましてもお父様……」 優秀な兄と妹に挟まれて、何事もほどほどにこなしてきたミランダ。代々優秀な文官を輩出してきたシューゼル伯爵家は良縁に恵まれるそうだ。 適齢期になったら適当に釣り合う方と適当にお付き合いをして適当な時期に結婚したいと思っていた。 それなのに代々武官の家柄で有名なリッキー家と結婚だなんて。 のんびりに見えて豪胆な令嬢と 体力系にしか自信がないワンコ令息 24.4.87 本編完結 以降不定期で番外編予定

処理中です...