毒家族から逃亡、のち側妃

チャイムン

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27.白粉とそばかす

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「オティーリエ王女殿下。ここではあなたのお母様は指一本出せません。大丈夫ですわ。あなたはもう、お母様の言いなりになる必要はないのですよ」
 オティーリエ王女は一瞬目を見開いた。その目からまた、涙が溢れ出た。
 私は微笑んで慰めた。
「オティーリエ王女殿下のお母様は、わたくしの実の母親そっくりです」
 オティーリエ王女はひどく驚いた顔になった。

「わたくしのお話を致しましょう。その前に、お顔を洗った方がよろしいですわ」
 私は侍女を呼び寄せ、オティーリエ王女を手伝わせた。
 その間に、お茶とお菓子を用意させた。

 洗顔を終えて戻ってきたオティーリエ王女が向かい側に座る。私はインジャル語で静かに、側妃になるまでの話を語った。

 オティーリエ王女は驚きを隠せないようだった。
「わたくし達、とても似た境遇ですわね」
 私が言うと、オティーリエ王女は寂しそうに言った。
「でもあなたはバシュロ様に愛されているわ。わかるわ。とても大切にされているもの。わたくしも誰かに大切にされたかった。そうなると思っていたのに…」
 涙がぽろりと頬を転げ落ちた。

 彼女もまた、毒のような母親から逃げようともがいていたのだ。長年囚われていたものから抜け出しことは、とても難しいのだ。すぐ後ろを追ってくるような不安からは、なかなか逃れられない。
 インジャルでの生活に甘い夢を抱いていたのだろう。いざ来てみると、冷淡な婚約者がいた。夫たるバシュロ様に捨てられまいと、必死に虚勢をはっていたのだ。

「あなたはいいわね。しみひとつないきれいな肌…わたくしなんて、そばかすがひどくて化粧なしでは人前に出られないわ」
 私はオティーリエ王女の"そばかす"に以前から疑念を持っていた。
「大変失礼とは存じますが、オティーリエ王女殿下のお肌は本当に、そばかすなのでしょうか?」
「それはどうして?」
「そばかすにしては広範囲が赤くて、茶色い色素沈着が点と言うよりまだらに近いのです。昔、わたくしが見た症状と似ています」

 オティーリエ王女は顔に手をやって、目を見開いた。
「症状?」
「十年近く前になりますが、私の元の家族が買い求めた粗悪品の白粉で、母と妹が似た状態になったのです」
「なんですって?」
「そのお顔の症状はいつからですか?白粉を使い始めてからではありませんか?」
「そうね…」
 オティーリエ王女は考え込んだ。

「そうだったかもしれないわ。化粧を始めたのはそばかすが少しあったからよ。母がみっともないから塗りなさいって。十二歳くらいだったかしら?」
 オティーリエ王女の顔の肌は、赤みがかって薄茶色い染みが頬や鼻の上辺りに広がっている。
「それでも最近は少しおさまってきたのよ。痛いことも痒いこともないし。インジャルの白粉はすごいわって思っていたのよ」

 痛みに痒み。
 ほぼ間違いないだろう。
「おそらく、そのお顔はそばかすではなく化粧かぶれですわ」
「化粧かぶれ?」
「ええ。間違いないでしょう」
「治るの?」
「治るでしょう」
 オティーリエ王女はほっとした顔になった。

「母は三歳の妹のお披露目のために、件の白粉を買い求めて、自分にも妹にもたっぷり塗ったのです。白粉は普通粉をはたいて使うものですが、それを売った商人は水と油で練ってクリームのようにして塗るといいですよと、専用の油と一緒に母に勧めたのです。二人は陶磁器のような真っ白な肌になりましたが、使い続けているうちに痛みと痒みを感じるようになり、肌が赤らみ、そのうち薄茶色の大きなそばかすのようなしみができてきたのです」
 オティーリエ王女は、話している私を食い入るように見つめる。
「おそらく、母の白粉はオティーリエ王女殿下のお品よりかなり粗悪な物だったのでしょう。一か月もすると母の顔は腫れあがるようになり、医師を呼んで化粧かぶれと診断されました」

 沈黙が少し流れた。

「よろしかったら、侍医を呼びましょうか」
 オティーリエ王女は少しためらった後、言った。
「お願い。呼んでちょうだい」

 侍医が呼ばれ、診察が行われた。
 侍医が言うには、件の粗悪品の白粉は十年ほど前に出回って、同じような症状になる婦人が続出したのだ。それを売っていた商人は、どこかへ雲隠れしてしまった。おそらくカテーナ王国でもそれを売っているのだろうと。

「やはりあの時の症状と同じです。これはそばかすではありません。しばらくは化粧をなさらず、処方した薬液をお塗りください。三日に一度治療師を寄こしますので、癒しの術を受けてくだされば、おそらくひと月で治るでしょう」
 そう言いおいて、侍医は帰って行った。

「治るのね…」
 オティーリエ王女は涙ぐんだ。

「オティーリエ王女殿下、あなたはずっとインジャル語をお話しなさっていますが、おかしなところはございませんでした。これからはお気になさらずお話しくださいますね?」
 オティーリエ王女ははっとしたようだ。
「教師の前では恥ずかしいわ」
「話さなくては上達しませんわ」
「そうね。ここはカテーナではないのですもの。あの意地悪な教師はいないのよね」
「お小さい時に嫌な目にお遭いになったのですか?」
「ええ…」
 オティーリエ王女は下を向いた。
「とても意地悪な女だったわ」

 私は思案した。
「ではオティーリエ王女殿下、わたくしとお話し致しましょう?毎日午後のお茶をご一緒して、インジャル語とフェディリア語でお話し致しましょう?」
「あなた、どこまでお人好しなの」
 オティーリエ王女は笑った。

 やはりオティーリエ王女は、インジャル語もフェディリア語もわかっていた。

 私は渋い顔をするバシュロ様を諫めながら、午後のお茶をオティーリエ王女と楽しんだ。

 夏の終わりのデビュタントの謁見も夜会も、治療中という理由でオティーリエ王女は欠席となり、秋がやってきた。
 北のフェディリア王国が雪に閉ざされる前に、カテーナの行く末を決める三国協議が行われることになった。
 インジャルの代表者はバシュロ様だ。

「では行ってくるよ、ベル」
 頑ななバシュロ様は、私にだけ挨拶して出かけて行った。
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