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6.「真実の愛」とは(バーナード)
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バーナード・マクブライドの元に、ダニエラ・ウォーラーから手紙が届いた。
初めてのことだ。
ダニエラとはよく出先で出会う。今年十四歳の少女で、いつも侍女のフィル・スノウが付き従っており、見かけると娘のドロシアとエミリアが走り寄って行く。
二人との出会いは一年半前で、まだ三歳の次女のエミリアが人ごみに紛れて迷子になってしまった時だ。
五歳のドロシアは落ち着いたというより臆病な子で、決して父の傍から離れない。エミリアは活発過ぎて目が離せないが、あの日は手を振り払って走って行ってしまったのだ。
バーナードは慌てた。
母親を亡くしてまだ半年だ。二人を元気づけるために秋の収穫祭に出かけてきたのだ。初めてのフェアに夢中になったエミリアは、父親の手を振り切ってしまった。
ドロシアを抱き上げて急いでエミリアを探すと、エミリアの泣き声が聞こえた。そちらの方へ向かうと、貴族令嬢らしい少女がいて、その侍女らしき女性がエミリアを抱き上げて慰めていた。
「エミリア!」
急いで駆け寄ると侍女らしき女性が、いかにも安堵した表情でエミリアに話しかけた。
「ほら、お父様が来てくださいましたよ」
そしてエミリアをバーナードに渡した。
バーナードはほっとして
「ありがとうございます。お世話をおかけしました」
と令嬢と侍女に礼を言った。その時初めてフィル・スノウを見て、しばらく見とれてしまった。
「おとうさまぁ」
エミリアの泣き声ではっとした。
「エミリア、お父様の手を放してはいけないと言っただろう」
エミリアに注意をしてから、令嬢に向かった。
「お礼をさせてください。私はマクブライド伯爵家のバーナードです」
「ウォーラー伯爵家のダニエラです。こちらは侍女のフィル・スノウ。お嬢様の面倒を見たのはフィルですわ」
ダニエラは快活に答えた。
その日は二人にお茶とケーキをご馳走して別れた。
しかしバーナードの心には、その日からフィルという炎が灯り始めたのだ。
ダニエラを優しく見る瞳、ドロシアとエミリアの相手をする優しい仕草。
なぜか忘れられなかった。
その後、二人とはよく出会った。ダニエラは外出好きの活発な少女らしかった。
会うたびにバーナードはフィルに惹かれていく自分を意識した。二人の娘はフィルに懐き慕っている。
バーナードと妻のケイデンは情熱的に愛し合ったわけではないが、お互いを尊重し合っていた。二人の娘に恵まれたが、次女のエミリアを産んだ後、ケイデンは体の調子が戻らず、二年後に失くなってしまった。八年の結婚生活だった。
周囲はバーナードに後添えを望んだ。後継者の男子がいなかったからだ。
一年の喪が明けても、バーナードは後添えをを拒んだ。
なぜならその頃には、バーナードの心にはフィルがいたからだ。
しかし、フィルと結婚はできない。自分はマクブライド伯爵家の嫡男だったからだ。いずれは貴族から妻を娶って、責務を果たさなければならない。
それにフィルを望むことは、彼女にとって迷惑にしかならない。
一度弱気になったバーナードは、ダニエラに悩みを吐露した。本当にフィルのためならば、身分を捨ててもいいほど、バーナードは彼女を愛していたのだ。
それでもそうすればフィルが心を傷めるだろうことを思って、自分の望みをひた隠しにしていた。
しかし、バーナードはフィルも自分を愛している確信があった。自分を愛するからこそ、フィルは身を引いているのだということも。
ダニエラの手紙は率直だった。
「兄がフィルへの恋の病という熱病に罹って、まるで狂人です。フィルは怯えています。フィルを救えるのはただ一人です。あなたならおわかりですね。あなたに実はありますか」
そして最後にこう添えられていた。
「フィルはあなたを愛しているのです」
この手紙を読み終わった時、バーナードは決心した。そしてすぐに行動に移した。
「私を廃嫡してください」
両親にそう告げた。
理由を聞くと母はため息を吐いた。
「わたくしの血筋なのかしら」
そんな母の肩を父は優しく抱いた。
「わたくしの祖父はね、侯爵家の嫡男だったの。庶民の娘と恋をして、廃嫡を願ったのよ。結局祖父の両親は根負けして、所持していた男爵位を祖父に与えてその娘との結婚を許したわ。でもね」
母は寂し気に続ける。
「祖母は慣れない貴族暮らしに苦労したのよ。そしてわたくしもね。わたくし達が結婚する時、あなたのお父様はわたくしを強く望んでくださったけれど、庶民の血が入っているわたくしを反対する人が多かったわ。それでもわたくし達は愛を貫いたのよ」
父はしずかに告げた。
「私にはお前に与えられる爵位はない。与えられるのは地方の領地をひとつだけだ。だたの男となって愛を貫く自信があるか?」
バーナードは力強く答えた。
「フィル・スノウと娘達と共に生きる人生を得られるならば、何も惜しくありません」
手続きはするすると進んだが、半月かかった。
そしてバーナード・マクブライドはフィル・スノウの前に立った。
「フィル・スノウ、ただの男の私と結婚してくださいますか?」
フィルは涙を流した。
「わたくしのような者のために、あなたから何もかも奪ってしまうなんて…」
「奪われたのではないよ。得るために脱ぎ捨てたんだ」
そんな二人をウォーラー夫妻は後押しした。
「フィル、幸せにおなりなさい」
ダニエラは思った。
この結婚に承服できかねるのは兄のグレイグだけだわ。
幸せな二人を後にして、家人は気を利かせて去って行った。
これから二人には、語り合うべきことが山ほどあるだろうから。
初めてのことだ。
ダニエラとはよく出先で出会う。今年十四歳の少女で、いつも侍女のフィル・スノウが付き従っており、見かけると娘のドロシアとエミリアが走り寄って行く。
二人との出会いは一年半前で、まだ三歳の次女のエミリアが人ごみに紛れて迷子になってしまった時だ。
五歳のドロシアは落ち着いたというより臆病な子で、決して父の傍から離れない。エミリアは活発過ぎて目が離せないが、あの日は手を振り払って走って行ってしまったのだ。
バーナードは慌てた。
母親を亡くしてまだ半年だ。二人を元気づけるために秋の収穫祭に出かけてきたのだ。初めてのフェアに夢中になったエミリアは、父親の手を振り切ってしまった。
ドロシアを抱き上げて急いでエミリアを探すと、エミリアの泣き声が聞こえた。そちらの方へ向かうと、貴族令嬢らしい少女がいて、その侍女らしき女性がエミリアを抱き上げて慰めていた。
「エミリア!」
急いで駆け寄ると侍女らしき女性が、いかにも安堵した表情でエミリアに話しかけた。
「ほら、お父様が来てくださいましたよ」
そしてエミリアをバーナードに渡した。
バーナードはほっとして
「ありがとうございます。お世話をおかけしました」
と令嬢と侍女に礼を言った。その時初めてフィル・スノウを見て、しばらく見とれてしまった。
「おとうさまぁ」
エミリアの泣き声ではっとした。
「エミリア、お父様の手を放してはいけないと言っただろう」
エミリアに注意をしてから、令嬢に向かった。
「お礼をさせてください。私はマクブライド伯爵家のバーナードです」
「ウォーラー伯爵家のダニエラです。こちらは侍女のフィル・スノウ。お嬢様の面倒を見たのはフィルですわ」
ダニエラは快活に答えた。
その日は二人にお茶とケーキをご馳走して別れた。
しかしバーナードの心には、その日からフィルという炎が灯り始めたのだ。
ダニエラを優しく見る瞳、ドロシアとエミリアの相手をする優しい仕草。
なぜか忘れられなかった。
その後、二人とはよく出会った。ダニエラは外出好きの活発な少女らしかった。
会うたびにバーナードはフィルに惹かれていく自分を意識した。二人の娘はフィルに懐き慕っている。
バーナードと妻のケイデンは情熱的に愛し合ったわけではないが、お互いを尊重し合っていた。二人の娘に恵まれたが、次女のエミリアを産んだ後、ケイデンは体の調子が戻らず、二年後に失くなってしまった。八年の結婚生活だった。
周囲はバーナードに後添えを望んだ。後継者の男子がいなかったからだ。
一年の喪が明けても、バーナードは後添えをを拒んだ。
なぜならその頃には、バーナードの心にはフィルがいたからだ。
しかし、フィルと結婚はできない。自分はマクブライド伯爵家の嫡男だったからだ。いずれは貴族から妻を娶って、責務を果たさなければならない。
それにフィルを望むことは、彼女にとって迷惑にしかならない。
一度弱気になったバーナードは、ダニエラに悩みを吐露した。本当にフィルのためならば、身分を捨ててもいいほど、バーナードは彼女を愛していたのだ。
それでもそうすればフィルが心を傷めるだろうことを思って、自分の望みをひた隠しにしていた。
しかし、バーナードはフィルも自分を愛している確信があった。自分を愛するからこそ、フィルは身を引いているのだということも。
ダニエラの手紙は率直だった。
「兄がフィルへの恋の病という熱病に罹って、まるで狂人です。フィルは怯えています。フィルを救えるのはただ一人です。あなたならおわかりですね。あなたに実はありますか」
そして最後にこう添えられていた。
「フィルはあなたを愛しているのです」
この手紙を読み終わった時、バーナードは決心した。そしてすぐに行動に移した。
「私を廃嫡してください」
両親にそう告げた。
理由を聞くと母はため息を吐いた。
「わたくしの血筋なのかしら」
そんな母の肩を父は優しく抱いた。
「わたくしの祖父はね、侯爵家の嫡男だったの。庶民の娘と恋をして、廃嫡を願ったのよ。結局祖父の両親は根負けして、所持していた男爵位を祖父に与えてその娘との結婚を許したわ。でもね」
母は寂し気に続ける。
「祖母は慣れない貴族暮らしに苦労したのよ。そしてわたくしもね。わたくし達が結婚する時、あなたのお父様はわたくしを強く望んでくださったけれど、庶民の血が入っているわたくしを反対する人が多かったわ。それでもわたくし達は愛を貫いたのよ」
父はしずかに告げた。
「私にはお前に与えられる爵位はない。与えられるのは地方の領地をひとつだけだ。だたの男となって愛を貫く自信があるか?」
バーナードは力強く答えた。
「フィル・スノウと娘達と共に生きる人生を得られるならば、何も惜しくありません」
手続きはするすると進んだが、半月かかった。
そしてバーナード・マクブライドはフィル・スノウの前に立った。
「フィル・スノウ、ただの男の私と結婚してくださいますか?」
フィルは涙を流した。
「わたくしのような者のために、あなたから何もかも奪ってしまうなんて…」
「奪われたのではないよ。得るために脱ぎ捨てたんだ」
そんな二人をウォーラー夫妻は後押しした。
「フィル、幸せにおなりなさい」
ダニエラは思った。
この結婚に承服できかねるのは兄のグレイグだけだわ。
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