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生きて 001
しおりを挟む「私は今から、ここで自殺します」
「……」
レヴィの放った一言に、僕は反応できずにいた。
衝撃を受け固まってしまった僕を尻目に、レヴィは墓地の奥へと足を進めていく。
「お、おい! ちょっと待てって!」
「……まだ何か?」
「何か、じゃねえよ。お前、さっきのは冗談なんだよな? まさか本当に、死んで責任を取ろうとか思ってるんじゃないよな?」
「この状況で笑えないジョークを言う程、私は未熟者じゃありませんよ」
彼女は笑う。
最後の最後、世話になった僕に心配を掛けまいと。
……いや、ダメだよ。
どうして笑ってるんだよ。
「なあ、落ち着こうぜ? まだ頭が混乱してるだけだって。そりゃ、自分がゾンビだったなんて事実を思い出したら誰だって困惑するさ。一旦深呼吸して、冷静になろう」
「私は冷静ですよ。考えに考えた末、責任を取ろうとしているだけです」
「いや、お前は冷静じゃない。もう一回よく考えるんだ」
僕は必死に、レヴィをなだめようと試みる。
が、彼女の意志は強く、僕の声に耳を傾ける気配はない……首をフルフルと横に振り、小さく息を吐く。
「結論は変わりません。自分がゾンビだったと思い出した時から、ずっと考えていたことですから」
「ずっとって……いつから思い出してたんだ?」
「昼間にステータス画面を見た時です。見覚えのない不気味なスキルが、私の記憶を呼び起こしました」
言って、レヴィは僕に見えるようにステータス画面を開いた。
……レベル34? 彼女の年齢には似つかわしくない高レベルだが、それは恐らくゾンビ時代の経験値が影響しているのだろう。
だから、問題はそこじゃない。
重要なのは――スキル。
「【彼岸の穢れ】……この手で触れた人間を腐らせてしまう、常時発動型のスキルです」
それは、言い逃れの余地もない決定的な証拠。
ゾンビが持つ【腐食】のスキルと瓜二つ。
これを見て、レヴィは思い出してしまったのだ。
自分が――ゾンビだったことを。
「これでわかったでしょう? 人間に戻れた今でも、私の本質はゾンビのままなんです」
「でも、だからってお前が死ぬ必要なんてどこにも……」
「では訊きますが、他にどうやって責任を取ればいいのですか? 私は私が殺してしまった人たちのために、何ができるというのですか?」
「……」
鬼気迫る彼女の表情を見て、僕は言葉を失う。
当たり障りのないことなら何とでも言えるだろう……罪悪感を持つだけで充分だとか、生きていくことが何よりの償いだとか。
だが、そんな上っ面の慰めでは止められないと、直感でわかってしまう。
だから、何も言えない。
後悔。
反省。
罪悪感。
それらは時に、途轍もなく大きなエネルギーを生み出す……僕のような人間が、それらを覆せるはずもない。
僕のような、自殺をしたことのある人間が。
覚悟を決めて自死を望む相手を――止められるはずがない。
「そんな顔をしないでください、イチカさん。あなたが気に病む必要なんてないんです。本当なら私、ずっと前に死んでいるんですから。なぜかゾンビから人間に戻ったことで有耶無耶になりましたけど……だから、これが正しい決着の方法なんですよ」
「……正しいわけないだろ。人が死んで、子どもが死んで、それが最善なんて……そんなの、正しいはずがない」
正解であるはずがない。
だって、それじゃあまりにも。
救いがなさ過ぎる。
「救いならありましたよ。今日一日、イチカさんやミアさんと遊べただけで、もう悔いはないんです。ゾンビのまま誰かに殺されるより、ずっとマシな最期じゃないですか……これ以上を望むのは、都合が良過ぎますよ」
「都合が……」
「ご都合主義、ですかね。ゾンビになって人間を襲ってきた女の子が、何の因果か人間に戻ることができ、その後も幸せに暮らしました……なんて、世界は許してくれません。罪には罰を、ケジメをつけなければいけないのです」
「……そのケジメの方法が問題なんだろ、この場合。死ぬなんて、最悪の解決法だ。臭いものに蓋をして、責任から逃げてるだけじゃないか」
碌に説得すらできない僕は、あろうことかレヴィを糾弾してしまう。
責任から逃げるなと。
でも、こいつを止めるためならなんだって……
「いいじゃないですか、逃げても」
ポロっと。
レヴィの目から、大粒の涙がこぼれた。
「私は魔物だったんですよ? もしかしたら、自分の大切な人を襲ったかもしれないんですよ? 何人殺したかもわからない、何人食べたかもわからない……逃げて終わりにする以外、どうしろって言うんですか?」
私は。
一体誰に、許してもらえばいいんですか?
「……」
レヴィがゾンビとして猛威を振るっていたのは、三百年前。
もう、当時を知る者は誰一人として生きていない。
彼女の罪を許せる人間は。
この世界に、存在しない。
「死ぬしかないんですよ、イチカさん。死んで、終わりにするしかないんです……それが、私のできる唯一の責任の取り方なんですから」
話は終わりだと言わんばかりに、レヴィは僕から目を逸らした。
このままでは、彼女は死んでしまう。
自らの手で。
自らの罪を、終わりにしてしまう。
「……ってる」
「え?」
「……間違ってるんだよ、そんなの!」
僕は一歩踏み出し。
レヴィの肩を、強く掴んだ。
「死んだら何もかも終わっちまうんだよ! 馬鹿みたいな冗談で笑ったり、ちょっとしたことにムカついて怒ったり、美味しいアイスを食べて喜んだり……全部、できなくなっちまうんだよ! 確かに苦しみからは解放されるかもしれない。罪悪感で咽び泣くことはなくなるかもしれない。でも、人生ってそれだけじゃないだろ! 僕と一緒にふざけて、楽しいなって思わなかったのか? ミアに絡み酒をされて、面倒臭くても憎めないなって感じなかったのか? そういうあれこれを終わりにしなきゃいけない程、お前の背負う責任は重いのかよ!」
「……責任は、重いですよ。私は、人を殺したんですから……」
「お前の意志じゃないだろ! ゾンビだった頃の行動に、レヴィ・コラリスの意志は全く関係ないじゃないか!」
「……だから、そんなのは詭弁で……」
「詭弁でも言い訳でもいい! 理屈のない暴論でも、破綻した論理でも構わない! 自分が生きたいと思うなら、それでいいんだ!」
頼むから。
頼むからお前は、僕みたいに死なないでくれ。
高野一夏のようには。
ならないでくれ。
「……さっき、誰に許してもらえばいいって言ったよな?」
「は、はい……」
「僕が許すよ」
言って。
僕は、レヴィの右手首を掴む。
「っ⁉ な、何してるんですかイチカさん! 私の手に触ると、スキルが……」
「知ってる」
グイッと、彼女の腕を引き。
自分の左胸へと――押し当てた。
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