割込み王女に祝福を(婚約解消いただきました。ありがとうございました)

久留美眞理

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第九章

宴のあと

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第九章 宴のあと

 「宴会は大成功だったわね」
 今夜の出来事を何も知らない母クローディアは上機嫌だった。
 王族の臨席を賜り、伯爵家の再興を世間に知らしめた勝利の一夜の余韻に、母は酔いしれていた。
 「ホールでワルツを踊られていたお二人は、在りし日の伯爵と、奥さまのご令嬢時代そのものでした。美しすぎて、わたくし、涙が止まりませんでしたわ」
 ばあやは、そう言ってから、子爵の視線に気づき
 「旦那さま、おやすみ前に、カモミールティーはいかがでございますか?」
 と、言った。子爵が返事をしなかったので、ベアトリックスは
 「わたくし、カモミールティーをいただきたいわ」
と言った。
 「どうぞ」
 「ありがとう。ばあや」
 ベアトリックスは、温かいお茶を飲むと
 「ばあやのお陰で気持ちが落ち着いたみたい。お母さま、わたくし、疲れたので休ませていただくわ。何より早く着替えたいの。夜会用のドレスなんて久しぶりだったし、きつくて」
 (早くコルセットを外したいわ)
 とベアトリックスは思っていた。
 「伯爵は、西で休まれる?ベアティさえよければ東に泊まっていただいたら?結婚前に寝室を共にすることはなくとも、婚約者同士だから、一つ屋根の下にいてもいいでしょう」
 母の言葉に驚いて
 「いえ、伯爵は西に・・・」
 とベアトリックスが言うのを押しとどめ、レイモンドは
 「どちらに寝るにしても、まだ夜は長い。ベアトリックス、少しつきあってもらえませんか?」
 と言って、スコッチをグラスに注いだ。
 「あれだけ飲まれていたのに、まだ足りないの?」
 と、母クローディアが言った。
 「顔色に出ないなんて、ずいぶん強いなあ」
 と子爵が笑顔で言う。
 「お邪魔な我々は消えるよ」
 と、二人は部屋を出て行く。
 「婚約発表の夜ですもの、話すことがいっぱいあって、寝るのが惜しいのよね」
 そう言う母に子爵が
 「あなたが思い出しているのは、最初の婚約式だろう。新伯爵は亡きご主人に瓜二つだから」
 と言った。
 「まあ、パーシー。あなたったら、天国の人にヤキモチを焼いたりなさって」
 母クローディアがホホホと高笑いを残して、消えた。

 「お酒はお部屋まで運ばせますわ。レイモンド、寝室へご案内します」
 「いいじゃないか。少し話し相手になってくれても。まだ飲み足りないんだ」
 スコッチをあおったあとでレイモンドが言った。
 「もうお茶になさったら?」
ベアトリックスがカモミールティーを勧めても、彼は一顧だにせず、スコッチをグラスに注ぎ足している。
「せめて、一緒にお水を飲まれたほうがいいわ、ウイスキーをストレートで飲むのはお体に良くないから」
 と言って、水差しを傾けてグラスに水を注ぐベアトリックスに
 「きみは優しいんだな。わたしの体を気遣ってくれるのか」
 と、レイモンドは言った。
 その言葉の皮肉めいた響きに、ベアトリックスは気づかず
 「当然でしょう。あなたは大切なフィアンセですもの」
 と言って、レイモンドの前に、水の入ったグラスを置いた。
 「大切なフィアンセ、だと」
 レイモンドは失笑すると
 「きみが心にもないことを言っているのがわかるよ。だけど、信じたくなる・・・憎んで遠ざけるには、愛らしすぎるんだ。ベアトリックス・・・きみはきれいだ。王女の婚約者に内定している男が、叙爵の名誉を手に入れようかという大事な時に、理性を失うくらいだからな」
 そう言うと、レイモンドはまたもスコッチをあおり
 「そのドレス、背中が空きすぎじゃないか?両肩も出ているし」
 と、不機嫌そうに言った。
 「夜会服って、こういうものでしょう?他の女の人たちと、特に違う恰好はしていないわ」
 とベアトリックスが言うと
 「そこらの女が何を着ても、男の気持ちは動かんよ」
 と言って、彼はグラスを置いた。
 
 「やつと、示し合わせて逢引きしていたのか?よりにもよって婚約発表の夜に」
 
 「示し合わせたなんて、違います。わたくしは第三王女がお越しになることを知りませんでした。まして、アーヴィン氏が来るなんて思ってもいなかったわ・・・あなたとのダンスのあと、夜風にあたりに出たら、たまたまアーヴィン氏と会ってしまって・・・口をきかないのも変だと思って、挨拶をして・・・それから世間話をしたんです」
 「とんだ世間話だな」
 レイモンドは、掃き捨てるように言った
 「きみは、凄腕の娼婦以上の女だよ。あの男から、途方もない金を引っ張って子爵家を立て直し、やつが用済みになったら婚約解消、そして、今度は爵位持ちのわたしに乗り換えた、というわけか。わたしのことも利用価値が無くなったら捨てるつもりなのか」
 「何をおっしゃってるの?乗り換えるだなんて・・・わたくし、あなたの言われることの意味がわからないわ。婚約解消はあちらからよ。王女さまがアーヴィン氏を気に入られて、国王陛下に結婚したいと願い出られ、アーヴィン家の当主が父に婚約解消を告げに来ました。両親もわたくしも、その件についてはきちんとお話ししたはずよ。あなたも理解してくださったわ」
 ベアトリックスはそう言うと、レイモンドの横顔に視線を投げた。

、「レイモンド、あなた疲れておられるんじゃなくって?」。

 レイモンドは、またもグラスを空にした。ベアトリックスの問いにはこたえず、黙り込んでいる。

 「わたくしも、疲れてしまって・・・気分がよくないの。お先に失礼するわ。おやすみなさい」
 
 そう言って、ベアトリックスが二階に上ろうとしたら、レイモンドがついてきた。
 「きみがそう言うなら、酒は終わりだ。わたしも休むよ。部屋の前まで案内してほしい。東には来たことがなかったから、どこが今夜の寝室かわからないんだ」
 と言った。
 
 「じゃあここで。また明日」

 客用寝室のドアの前でそう言ったベアトリックスの手首を、レイモンドがグッと掴み、彼女を部屋へと押し入れた。
 伯爵の背後で重いドアがバタンと音をたてて閉まった。
 「ベアトリックス、話があるんだ」
 「お話なら、明日にしてくださらないかしら。今夜、いろんなことがあって、わたくし、ほんとうに疲れて・・・お互い、今夜は頭を冷やしたほうがいいわ。レイモンド、おやすみなさい」
 ベアトリックスが言うと、レイモンドは
 「あの男のことで疲れたのか?」とたずねてきた。
 ベアトリックスは言葉を返さなかった。
 「襲われて傷ついたから、いたわってくれとでも?」
 ベアトリックスはそれにもこたえず、ベッドの脇にあるサイドテーブルに持ってきた燭台を置き、反対側のサイドテーブルの燭台にも火をつけた。
 「聖書をお読みになると、よく眠れるっていうわ」
 「嘘つき女が、聖書を勧めるのか」
 レイモンドは、乾いた笑い声をたてた。

 「きみの謝罪を、わたしは聞いていない」
 レイモンドはそう言って
 「今日はわたしにとって人生最良の日となるはずだったんだ。伯爵の地位を譲り受け、王族も招いたパーティーで、わたしは若く美しい婚約者を披露して、喜びをかみしめるはずだった」
 「それなのに・・・わたくしが、それを台無しにしたとおっしゃるのね」
 「そうだ。あの男が卑劣で無礼なのは今さら言っても仕方がない。問題は、ベアトリックス、きみに隙があったことだ」
 その時、トン、トン、とドアをノックする音がした。
 
 母がスコッチとグラスを乗せたトレイを持ってあらわれた。
 「子爵夫人みずから・・・申し訳ありません」
 トレイを受け取ったレイモンドがそう言うと
 「こんな時間に二人だけで寝室にいた、なんてこと、使用人に見られたら、たちまち噂になるわ。レイモンド、朝まで二人で過ごすのは決して上品な紳士のふるまいではないけれど、ベアティが良しとするならわたくしは見て見ぬふりで下がります。庭で情熱的なキスを交わしていた二人に、今さら無粋なことは言わないわ。式まで待てないのよね、わかるわよ」
と微笑んだあと
 「ただし、ちゃんと結婚するのよ、いいわね」
 とレイモンドに釘を刺し
 「わたくし、今夜は、東で休みます。ここの向かいの部屋にいるから」
 と言って出て行った。

 「お母さま、待って」
 そう言って、母を追おうとしたベアトリックスの口を、レイモンドの大きな手が後ろから塞いだ。
 そして、軽々と彼女の体を持ち上げると、ベッドの上に彼女の体を横たえた。
 思わず、キャッと声が出た。
 「静かにしろ」
 「レイモンド、どういうこと?」
 ベアトリックスが体を起こそうとすると、彼が覆いかぶさってきた。
 「やめてください。神様の前で誓うまで、何もしないっておっしゃっていたのは嘘だったんですか?」
 「下品な平民の男に、つけ入る隙を与えたような女を、淑女として扱うわけがないだろう。あの野郎、王女の男娼の分際で、わたしの婚約者に・・・男に掘られてるほうがよっぽど似合いのくせにな」
 と言った。
 レイモンドの体を押しのけようとしても、胸板が厚くがっしりした軍人の体はびくともしない。力でかなうはずなどない。
 「お願いです、レイモンド。わたくしはあなたのこと、嫌いになりたくないんです。お兄さまのように頼もしくて、慕わしい方だと思っています。これからもずっとそう思いたい・・・だから、こんなこと・・・やめて」
 と、やっとの思いで言った。
 「結婚前に、一夜を過ごすなんて・・・わたくし」
と、続ける彼女の言葉を
 「ベアトリックス、前の婚約者とは何もなかったと言いながら、人の来ない裏庭で、あの男と口づけしていたお前を、もうわたしは信じていない。あれが無理やり襲われた女の顔か?お前が、あの男を篭絡したその手管で、今から、わたしも楽しませてもらおうか」
と、遮った。
 レイモンドが、ベアトリックスを「お前呼ばわり」した。
 「わたしが、いくらメイドの息子でも、まさか先々代伯爵のキズモノ娘をあてがわれるとはな」
 と苦々しげに言うレイモンドに
 「わたくし、あなたに嘘は言ってないわ。エドワード・アーヴィン氏とは三回会っただけで婚約が決まって、その後、王女のお茶会に招かれて二人で出席しました。そのあとすぐに婚約を解消したことは周知の事実ですわ。両親もきちんと説明して、あなたはわかってくださったはずです。わたくしはキズモノじゃありません。それなのに篭絡とか、手管とか、いったい何のことですの?」
 と言い返した。
 「じゃあ、今すぐ服を脱げ。今夜、お前が『手つかず』だったと証明できたなら、結婚してやるよ」

 ベアトリックスは
 「わかりました。とにかく体をどけてください」
 と言った。
 男の体が離れ、ひとまずベアトリックスはホッとした。
 ふうっと息を吸い込んだ後、彼女は立ち上がり、ベッドから離れて、鏡の前の椅子に腰を下ろした。
 「もし、わたくしが無垢でなければ、あなたには必要がない存在なんですね?」
 と、レイモンドに問うた。
 「当然だろう。あんな男に弄ばれた女の未来を引き受けるほど、わたしはお人よしじゃない」
 と冷たく言い放った。兄のような、優しいいとこだと信じてきたレイモンドの豹変に、ベアトリックスはただただ驚いていた。
 
 「子爵は、未亡人だった母と結婚しましたわ。小さかったわたしを連れて。子爵が母をキズモノ扱いしたなんて、当人たちはおろか、口の軽い一部の使用人たちからさえ、聞いたことがありません」
 「子爵の趣向なんて知らんよ。価値観なんて人それぞれだからな。ただ俺は、嫁に来る前に他の男の手垢がついた女など、妻にするのはごめんだ。それも王子の御手付きならともかく、平民の商人に体を許した女など、売女と同じだ。だから売女として抱いてやるよ」
 そこで言葉を区切ったあと
 「二回結婚した子爵夫人を引き合いに出して、自分を正当化する気か?キスの相手はわたしだったと母親まで騙して、図太い女だな」
 「騙したわけじゃないわ。廊下でお母さまに会ったとき、あなたご自身がおっしゃったんじゃないの。自分を抑えきれずに、つい、って」
 「あのとき庇ってやったのに、感謝の言葉もなく、それが当然のような顔をしやがって」
と怒気をあらわにした。
 「子爵夫人は、お前の父親と一緒になった時は生娘だったはずだ」と彼は吐き捨てると「キズモノだとバレるのが恐いなら、今すぐ部屋を出て行ってもいいんだぞ。結婚の約束は帳消しだがな」
 レイモンドは、鏡の向こうのベアトリックスを見つめてそう言った。

 「わかりました。わたくしの潔白を証明しますわ」
 
 ベアトリックスはドレスの襟元を併せているリボン飾りに手をかけた。
 彼女の目には涙があふれていた。
 今夜のパーティーで、二人は楽しくダンスを踊ったはずだ。招待客に二人で挨拶もした。あの時の優しかったレイモンドが、ベアトリックスに隙があったせいだと彼女を責めた。そして、聞くに堪えない汚い言葉で、エドワード・アーヴィンを罵った。今の彼女はそんな伯爵が恐ろしく、不安でたまらなくなったうえ、未知の男女の行為を求められ、彼女は困惑と恥ずかしさでいっぱいになった。
 (わたくしの身の潔白を、この人に証明して、ちゃんと伯爵夫人にならないと・・・家族を失望させられないわ。今夜、社交界にお披露目もしてしまったんだもの)
 そう思うものの、指が震えてリボンがほどけない。
 寒くもないのに歯がカチカチ震え、膝もガクガクしてくる。
 
 「レイモンド、ごめんなさい。許してください・・・わたくし、やっぱり」
 
 女の涙と懇願なんて、欲望に火のついた男の気持ちを鎮めるどころか、かえって燃え上がらせてしまう薪の役割しかしない。
 だが、ベアトリックスにはそんなことはわからない。
 ただひたすら、「ごめんなさい」「許してください」を繰り返していた。
 服を脱ぐ手を止めたベアトリックスに焦れたレイモンドは、彼女を再び抱きかかえた。
 ベッドに横たえられた彼女に
 「自分で出来ないのなら、わたしが脱がせてやる」
 そう言って、リボンをひっぱり、併せていた襟もとを一気に広げた。
 「レイモンド、お願い。そこまでなさるのなら、せめて、わたくしを愛しているとおっしゃってください」
 ベアトリックスがそう言うと
 「売女を愛するはずがないだろう。男は、好きな女じゃなくてもできるんだ」
 と、なおも彼女の服を引っ張った。
 力が強すぎたのか、布が裂けるビリッという音がした
 裂けた服の下にコルセットを身に着けていたのを見て
 「まだこんな面倒なものがあるのか」
 と呟いたレイモンドは、彼女の半身を起こし、自分の胸に包むように抱いて、背中に手を回した。
そして、慣れた手つきで、彼女のコルセットの紐をほどき出した。

 「いや、やめて!」
 彼の手を振り払い、胸元を両手で押さえ、拒絶するベアトリックスに
 「動くな。おとなしくするんだ」
 と言い、レイモンドは再び彼女を強く抱き寄せた。
「何も、恐いことじゃない」
と言って、彼がむき出しになっている彼女の肩に唇を押し当てた瞬間、ベアトリックスの全身に鳥肌が立った。

 「いやよ!助けて!エドワード!助けて」
 彼女は無我夢中で叫んだ。

 レイモンドが動きを止め、沈黙が流れた。
 
 ベアトリックスは自分自身の発した言葉に、ただ驚いていた。
 我知らず口にしたエドワードという名前。
 自分はエドワード・アーヴィンの名を呼んだのだ。
 
 長い沈黙ののちレイモンドが
 「お前・・・自分がキズモノだと、金のために商人の息子と寝たと認めるんだな?」
 と言った。
 ベアトリックスは、嗚咽をもらしながら
 「いいえ」
 とこたえた。
 「往生際が悪いぞ。まだ自分は清らかだと言い張るつもりか?」
 「今までどんな男性とも関係をもったことなどありません。この先、お金のために誰かと関係を持つことも、ましてや、この先、家門のためにあなたに身を許すこともないわ。わたくしは娼婦じゃないもの。それに・・・エドワード・アーヴィンだって、王女の男娼なんかじゃないわ」
 と言うなり、大きな声をあげて泣き崩れた。涙があとからあとから湧いてきて止まらない。そんなべアトリックスに、レイモンドは
 「別の男の名を、二人きりの寝室で呼ばれたうえに、今度は、その男の弁護か。どこまでわたしをバカにすれば気がすむんだ」
 そう言って、唾を吐きかけた。
 
 「もういいわ。ベアティ」

 気がつくと、母が部屋の中にいた。

 「おかあさま、いつからそこに・・・」
 「お酒のおかわりを聞きに来たのよ。ノックしても返事がないから、ドアを少し開けたの。そしたら、あなたの涙声が聞こえてきたものだから」
 と母はこたえて

 「ベアティ、今夜はわたくしと一緒に休みましょう。ね、落ち着いて。誰にもあなたを傷つけさせはしないわ。今までごめんなさい、ベアティ、あなたをこれほど嘆かせることになるなんて。すべてわたくしが悪かったわ。伯爵家の再興だなんて浮かれて、この男の人間性を調べることもしなかったわたくしの責任よ」
そう言うと、ベアトリックスにガウンを着せて、そっと抱きしめた。
「おかあさま・・・」
 ベアトリックスは母の胸で、泣いた。

 「伯爵、あなたに半分流れているミッドフォード家の血に免じて、今夜のあなたの恥ずべきふるまいについては内密にします。あなたのためじゃなく、亡くなった夫の名誉のためにね。あなたのような人が甥だなんて、ベアトリックスの父も、きっと天国で激怒していることでしょう」
 母はレイモンドに淡々と言った。
「待ってください、伯母さま」
「あなたに伯母と呼ばれたくないわ」
「ベアトリックスを泣かせてしまったことは謝ります。ちょっとした意見の違いから口論になっただけで、わたしが彼女を傷つけようとしたなどというのは誤解です」
 レイモンドは姑息にも言い訳を始めた。

「伯爵、あなたの釈明に貸す耳はありません。ベアトリックスの着衣の乱れを見れば、あなたが街の無頼漢にも劣る男だとわかりますもの」
「どうせ結婚する仲でしょう。少し早いというだけで」
レイモンドの言葉を遮って
「娘がよければ黙認します、とわたくしは言ったのよ。まさか無理強いするなんて・・・この子、怯えて泣いていますわ。あなたを優しい大人の男性だと思えばこそ、娘を託したというのに・・・伯爵、この結婚は白紙にします。娘を信じないで娼婦呼ばわりするような人のもとへ嫁がせるなどできませんわ。それから、最後に一つ言わせていただきます。我が家を困窮から救ってくれた恩人のことを、今後、二度と、卑しい平民呼ばわりなさらないでください。卑しいのはあなたですわ。エドワード・アーヴィン氏のことで、ベアトリックスがあなたに言いたかったこともわたくしと同じだと思います。決して娘が彼と特別な関係にあったからではないわ」
 クローディアは、きっぱりと言った。
 二人が部屋を出ようとした時、ブライトストーン子爵が入ってきた。彼はレイモンドに向かって猟銃を構えて
 「今すぐここを出て行け。妻と娘に無礼を働く男を、わたしは許すつもりはない。それに、これも持って行け。貴様宛の請求書だ。娼館からのな」
 と紙の束を投げつけて言った。
 「子爵の出る幕じゃないでしょう。ここは、すでに当代伯爵となったわたしの屋敷です。わたしに出て行けと言える者はいないはずだ。さらに言わせてもらうが、娼館通いが責められるほどのことか?後腐れのない女と一夜限りの遊びが、そんなにいけないことですかね。あなたも男ならわかるでしょう」
 言い返す伯爵に
 「わからんね」
 と言ったあと「命が惜しくないのだな」と、子爵は猟銃を上にあげ、レイモンドのこめかみに銃先を当てた。
 
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