王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

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4章:祈りの果て

光 -中編-

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「クラリースっ!!!」

 バルバラは一声叫ぶと、その大柄な体には似つかわしくない身のこなしでクラリスに向かって身体を投げ出した。

「きゃっ!」

 バルバラの体当たりに、クラリスの身体が地面を転がる。
 バルバラは倒れそうになるのをぐっとこらえ、勢いそのままにさらにもう一歩跳ぶ──

「がぁっ!」
「バルバラ!!」

 バルバラとセラヴィアの叫び声が交差する。
 幸い直撃こそ免れたものの、バルバラの身体は巨大な岩に弾き飛ばされていた。回転しながら地面に叩きつけられたその身体は、軽く背中を丸めたまま動かない。

「……っ! みんな、崖から離れなさい! 続けて岩が落ちてくるかもしれない! クラリスはけが人を見て! それから……」

 セラヴィアは短くいくつか続けて指示を出すと、バルバラに駆け寄った。

「これは……ひどい……」

 バルバラの脇腹からは、肋骨が突き出し、その先から伝った血が地面に濡れた赤い地図を描いている。緩く開いた口元からは、呼吸をするたびに血の混じった泡がこぼれ落ちた。
 セラヴィアは、バルバラの側に膝をつき、その手を取る。その瞬間、セラヴィアはほんのわずかほっとしたように頬を緩めた。

「……まだ、バルバラは、まだ……!」

 セラヴィアは、その指がかすかに動くのを確かめるようにそっと撫でると、胸の上に静かに置き、焦る気持ちを落ち着かせるように目を閉じた。そして、右手をすっと血に塗れた脇腹にかざすと、小さく祈りをつぶやく。

 これまでに幾度も光を帯びてきたその手は、ひとつ、ふたつ、みっつとセラヴィアが息を吐いても、それでもなお、セラヴィアの合図を待つように、息をひそめている。

「……っ」

 右手をじっと見るセラヴィア。
 転んだ少年に手をかざしたあの日の光景が脳裏をよぎる──

 セラヴィアは首を左右に振ると、深く息をし、ゆっくりと目を閉じる。
 そしてもう一度、セラヴィアは、その右手を伸ばす。

 だが、セラヴィアのその手は先ほどまでと変わらず、ただ赤く染められた脇腹のそばで静かに震えるだけだった。

 ──空気が、ひどく静かになった。

 セラヴィアの額に汗がにじむ。
 セラヴィアは空を見上げ、一つ息を吐いた。
 そして──少し離れた場所でぺたんと座り込んでいた、彼女に目をやった。


 その時、突き飛ばされたクラリスは、目の前で起きたその光景に、まだその場から動けないでいた。

 ──私をかばってバルバラさんが……私がぼんやりしていたから……

「クラリスっ!」

 クラリスはセラヴィアの呼び声に、ようやく現実に引き戻される。

「は、はい!」
「大丈夫!? ……けがは?」

 クラリスはその言葉にはっとした。自分の身体の痛む箇所をいくつか確認してみたが、膝や手のひらに血がにじんでいるほかは、大きなけがもないようだった。

「大丈夫です! ちょっと擦りむいたくらいで」
「よかった……こっちに来てもらえる!?」

 セラヴィアが、クラリスを大きく手招きする。
 クラリスはセラヴィアのもとまで駆け寄ると、その傍らの凄惨な姿のバルバラに息をのんだ。

「そんな……バルバラさん……私が……っ……」

 クラリスは泣きそうになるのをぐっとこらえ、セラヴィアを見る。そんなクラリスにセラヴィアはゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫……まだ、バルバラは死なない」

 セラヴィアはクラリス──そして自分に言い聞かせるようにきっぱりと言った。

「……それでね、大事なお願い。」

 セラヴィアはクラリスの目をじっと見つめると、静かに続けた。

「──クラリス」

 その名を呼ぶ声に、クラリスの胸がきゅっとなった。

「……私の代わりに、バルバラ……頼めるかしら?」


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