王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

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4章:祈りの果て

光 -後編-

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「……私の代わりに、バルバラ……お願いできるかしら?」

 セラヴィアの髪が風に揺れる。

 クラリスは「私の代わり」という言葉に、セラヴィアを見た。
 それ以上は何も言わないセラヴィアの様子に一抹の不安がよぎる。

 だが今は——

 クラリスは拳をぎゅっと握りしめた。

「やります。やらせてください!」

 セラヴィアをまっすぐに見て答える。

「いい返事……ありがとう。お願いするわ……」

 セラヴィアは優しい目で、クラリスを見返した。

「でも、ここまでの大怪我……徹夜になるかもしれない。──昔々あるところに──」
「昔話は、今は結構です」

 クラリスは、何度目かの“昔々”を遮って、苦笑した。当の本人は真面目な面持ちで、「どうして?」と不思議そうにしている。慌ててクラリスは尋ねた。

「……しばらくの間、ずっと加護を与え続けないといけない……そういうことですか?」
「そう……怪我だけじゃなく、血もたくさん流れているから……それを、加護で助けてあげないといけない……」

 セラヴィアは、軽く眉間にしわを寄せる。

「わかりました。とにかく怪我の手当てから、ですね」
「そうね……お願いするわ……」

 そう言うと、セラヴィアはよろよろと、その場に膝をついた。

「大丈夫ですか!? セラヴィアさん」

「柄にもなく張り切っちゃったから、きっと、疲れたのね……」

 力の抜けた声。

「セラヴィアさん……?」
「少し休めば大丈夫よ……それより……」

 セラヴィアは、深く呼吸をしながら、バルバラの方を見た。クラリスが小さくうなずく。

「はい。──じゃあ、始めます」


 クラリスはバルバラの脇に膝をついた。
 そっと手をかざし、目を閉じる。呼吸が深くなる。

 それは、さっきのセラヴィアと、まったく同じ動き、同じ仕草。もし誰かが、その時のセラヴィアの顔を見たとしたら、少しだけ微笑んだことに気付いたかもしれない。

 やがて、周囲の空気が、ゆっくりと静まり返る。

 そして──掌から、淡い光が静かに広がっていった。

 輝きはクラリスの呼吸に合わせて増していく。光がクラリスと、バルバラの傷を包み、そのまま二人を覆い隠す。さらに強さを増した光は、傍にいるセラヴィアまでも呑み込んでいく。

「これほどなの……あなたは……」

 自らもまばゆい光に包まれたセラヴィアの目には、光しか映っていなかった。先ほどまで崖だった場所も、空も、地面も、すべてが光だった。

——こんなに眩しい光は見たことがない……これではまるで──

 言いかけたセラヴィアは、静かに首を振った。

 どれくらい時間が経っただろうか、徐々に輝きが弱まり、朧げに浮かんでくるバルバラの身体からは、傷跡ですら消えたように見えた。

 クラリスの掌から光が完全に消えたとき、かすれてはいるが、うめき声とはまた違う、穏やかな息が、バルバラから漏れる。

 クラリスは小さくうなずくと、セラヴィアを見た。

「あは……それでいい……」

 セラヴィアは満足そうに頷いた。

 バルバラの様子を見に集まっていた隊の面々から、どよめきが起こる。

「信じられない……」
「バルバラさんはもう大丈夫なのか!?」
「すげえ……本物の聖女だ!」

 セラヴィアはクラリスの肩を軽く小突く。

「クラリス……今のあなたは……最高の加護師よ」
「やめてください……」

 セラヴィアはクラリスの返事に一瞬おどけたような表情になったが、すぐに真面目な顔をすると言った。

「……それじゃあ……」
「はい。傷はふさがった、そしてこの後が大事……ですよね?」
「そう……バルバラの流した血と失った力が戻るのに、おそらく……一晩はかかるでしょうね」

 セラヴィアは一呼吸置いて、続けた。

「焦って加護の力を強くしすぎると、相手の身体をかえって悪くする。呼吸と合わせるように、そっと、ね」
「わかりました」

「ありがとう……クラリス」

 セラヴィアはクラリスにそう言うと、ゆっくりと立ち上がり、周りに集まっていた者たちと話を始めた。

 しばらくして、何人かでこのまま星の小山の様子を見に行くこと、そのほかの者は、バルバラとクラリス、怪我人らを連れて村まで戻ること、と今後の方針が決まり、それぞれに支度を整え始めた。

 その間も、柔らかな光に包まれたクラリスの手は、バルバラの身体にそっと添えられていた。



* * *



 村へ戻る準備が整うと、出来合いの布で作った担架に乗せられたバルバラが馬車に運ばれた。

「じゃあ、バルバラを頼むわね」
「はい……え? セラヴィアさんは……?」

 クラリスは、セラヴィアを見つめる。

 少しだけ考えるように間を置いて、セラヴィアは答えた。

「……もしこのまま帰ったら、目を覚ましたバルバラに叱られちゃうわ……そう思わない?」

 それはどこか独り言のようでもあり、どこかいつものセラヴィアでもあった。
 クラリスの問いを優しく受け流すその答えに、クラリスはそれ以上を聞けなかった。


 村へ向かって動き出す馬車。クラリスはしばらくの間、身を乗り出して、遠ざかっていくセラヴィアの背中を見つめていた。

 長い銀色の髪が、風に舞う。

「セラヴィアさん……」

 やがて、クラリスは意を決したように、バルバラへと向き直る。
 かざしたその手は、柔らかな光を灯し続けていた。

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