王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

文字の大きさ
43 / 44
4章:祈りの果て

光 -中編-

しおりを挟む
「クラリースっ!!!」

 バルバラは一声叫ぶと、その大柄な体には似つかわしくない身のこなしでクラリスに向かって身体を投げ出した。

「きゃっ!」

 バルバラの体当たりに、クラリスの身体が地面を転がる。
 バルバラは倒れそうになるのをぐっとこらえ、勢いそのままにさらにもう一歩跳ぶ──

「がぁっ!」
「バルバラ!!」

 バルバラとセラヴィアの叫び声が交差する。
 幸い直撃こそ免れたものの、バルバラの身体は巨大な岩に弾き飛ばされていた。回転しながら地面に叩きつけられたその身体は、軽く背中を丸めたまま動かない。

「……っ! みんな、崖から離れなさい! 続けて岩が落ちてくるかもしれない! クラリスはけが人を見て! それから……」

 セラヴィアは短くいくつか続けて指示を出すと、バルバラに駆け寄った。

「これは……ひどい……」

 バルバラの脇腹からは、肋骨が突き出し、その先から伝った血が地面に濡れた赤い地図を描いている。緩く開いた口元からは、呼吸をするたびに血の混じった泡がこぼれ落ちた。
 セラヴィアは、バルバラの側に膝をつき、その手を取る。その瞬間、セラヴィアはほんのわずかほっとしたように頬を緩めた。

「……まだ、バルバラは、まだ……!」

 セラヴィアは、その指がかすかに動くのを確かめるようにそっと撫でると、胸の上に静かに置き、焦る気持ちを落ち着かせるように目を閉じた。そして、右手をすっと血に塗れた脇腹にかざすと、小さく祈りをつぶやく。

 これまでに幾度も光を帯びてきたその手は、ひとつ、ふたつ、みっつとセラヴィアが息を吐いても、それでもなお、セラヴィアの合図を待つように、息をひそめている。

「……っ」

 右手をじっと見るセラヴィア。
 転んだ少年に手をかざしたあの日の光景が脳裏をよぎる──

 セラヴィアは首を左右に振ると、深く息をし、ゆっくりと目を閉じる。
 そしてもう一度、セラヴィアは、その右手を伸ばす。

 だが、セラヴィアのその手は先ほどまでと変わらず、ただ赤く染められた脇腹のそばで静かに震えるだけだった。

 ──空気が、ひどく静かになった。

 セラヴィアの額に汗がにじむ。
 セラヴィアは空を見上げ、一つ息を吐いた。
 そして──少し離れた場所でぺたんと座り込んでいた、彼女に目をやった。


 その時、突き飛ばされたクラリスは、目の前で起きたその光景に、まだその場から動けないでいた。

 ──私をかばってバルバラさんが……私がぼんやりしていたから……

「クラリスっ!」

 クラリスはセラヴィアの呼び声に、ようやく現実に引き戻される。

「は、はい!」
「大丈夫!? ……けがは?」

 クラリスはその言葉にはっとした。自分の身体の痛む箇所をいくつか確認してみたが、膝や手のひらに血がにじんでいるほかは、大きなけがもないようだった。

「大丈夫です! ちょっと擦りむいたくらいで」
「よかった……こっちに来てもらえる!?」

 セラヴィアが、クラリスを大きく手招きする。
 クラリスはセラヴィアのもとまで駆け寄ると、その傍らの凄惨な姿のバルバラに息をのんだ。

「そんな……バルバラさん……私が……っ……」

 クラリスは泣きそうになるのをぐっとこらえ、セラヴィアを見る。そんなクラリスにセラヴィアはゆっくりと首を横に振った。

「大丈夫……まだ、バルバラは死なない」

 セラヴィアはクラリス──そして自分に言い聞かせるようにきっぱりと言った。

「……それでね、大事なお願い。」

 セラヴィアはクラリスの目をじっと見つめると、静かに続けた。

「──クラリス」

 その名を呼ぶ声に、クラリスの胸がきゅっとなった。

「……私の代わりに、バルバラ……頼めるかしら?」


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

聖女を追放した国が滅びかけ、今さら戻ってこいは遅い

タマ マコト
ファンタジー
聖女リディアは国と民のために全てを捧げてきたのに、王太子ユリウスと伯爵令嬢エリシアの陰謀によって“無能”と断じられ、婚約も地位も奪われる。 さらに追放の夜、護衛に偽装した兵たちに命まで狙われ、雨の森で倒れ込む。 絶望の淵で彼女を救ったのは、隣国ノルディアの騎士団。 暖かな場所に運ばれたリディアは、初めて“聖女ではなく、一人の人間として扱われる優しさ”に触れ、自分がどれほど疲れ、傷ついていたかを思い知る。 そして彼女と祖国の運命は、この瞬間から静かにすれ違い始める。

婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~

腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。 誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。 一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。 傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。

聖女業に飽きて喫茶店開いたんだけど、追放を言い渡されたので辺境に移り住みます!【完結】

青緑 ネトロア
ファンタジー
 聖女が喫茶店を開くけど、追放されて辺境に移り住んだ物語と、聖女のいない王都。 ——————————————— 物語内のノーラとデイジーは同一人物です。 王都の小話は追記予定。 修正を入れることがあるかもしれませんが、作品・物語自体は完結です。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】

小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。 これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。 失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。 無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。 そんなある日のこと。 ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。 『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。 そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……

聖女を怒らせたら・・・

朝山みどり
ファンタジー
ある国が聖樹を浄化して貰うために聖女を召喚した。仕事を終わらせれば帰れるならと聖女は浄化の旅に出た。浄化の旅は辛く、聖樹の浄化も大変だったが聖女は頑張った。聖女のそばでは王子も励ました。やがて二人はお互いに心惹かれるようになったが・・・

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

処理中です...