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1章:辺境の村、風の道
焚き火のぬくもり
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焚き火の明かりが揺れていた。
クラリスは、毛布を肩にかけ、黙ってその光を見つめていた。
向かい側では、バルバラ・レーンと名乗った先ほどの豪快な女が、串に刺した肉をくるくると回している。
煙の香ばしい匂いが、ほんの少しだけ空腹を思い出させた。
「震えは収まったかい?」
「……ありがとうございます」
クラリスは手渡された、あぶった干し肉を少しかじる。
慣れない見た目に少し戸惑ってはいたものの、いざ口にすると、塩が効いていて、クラリスが思っていたよりずっと食べやすかった。
「どういたしまして。……ったく、あの間抜けども、こっちが迎えに来るって知ってたろうに」
バルバラは軽く舌打ちしたあと、ほうっと息を吐いてから語り出した。
「セラドって男、知ってるだろ? 王宮の“白の騎士団”団長さん。あんたを安全に送ってほしいって、私に頼んできたんだよ。城から出る時間も道順も、こっちは全部把握してた」
クラリスははっと顔を上げる。
「……セラドさんが?」
「ああ。あんたを追放するって決まったとき、すぐに手をまわしたんだろうね。あの男、真面目だからさ、あんたの事ほっとけなかったんだと思うよ。きちんと"追放"されるまではね」
その言葉を聞いて、胸の奥で張りつめていた何かが、音を立ててほどけていくような気がした。
まだ、誰かが自分を助けようとしてくれていた。
「じゃあ……どうして、私はあの男たちの馬車に……」
「勘違いってのは、たまに命取りさ」
焚き火を挟んで、バルバラの目が真っ直ぐにこちらを見ていた。
口調とは裏腹に、その瞳には、からかいも嘲りもない。
「お嬢ちゃんが王都を出たとき、すでにあたしは城の門の前にいたのさ。ところが、いつもで立っても来やしないんで顔のきく門番に聞いてみたら、あんたは別の馬車に乗って出てったっていうじゃないか。私に何の話もなくね。セラドはそんなことをする奴じゃない。……だから追ったのさ。こっちはあんたの命預かってるからね」
言い終えると、バルバラは大きな口を開けて肉をかじる。骨の周りまできれいに平らげると、無造作に口を拭った。
「色々あったみたいだけどさ、あんたは、ちゃんと守られてるんだよ。……今さら信じられないかもしれないけど」
クラリスは、バルバラの言葉に、僅かに視線を落とした。
たしかに、私は、もう“信じる”ことが怖くなっていたのかもしれない。
でも──私を、助けてくれる人たちは、確かに、いた。
「ありがとうございます。……助けていただいて、本当に、感謝しています」
深く頭を下げたクラリスに、バルバラはおおげさに手を振る。
「こっちは当たり前のことをしただけだよ。大事な荷物に傷がついちまったら商売あがったりだ」
バルバラはひとつ伸びをすると、馬車のほうを振り返った。
「さて。明日から北の道に入る。うちの村までは、三日ばかしってとこかな。途中、ちょっとした峠越えはあるけど──ま、女ひとりでも来れるくらいのとこさ。……ところで、あんた、この先どうするんだい?もちろん、村まではしっかり運んであげるけどね」
訊かれて初めて気づいた。
私はいったい、どこへ行けばいいのだろう。
「わかりません……」
「まあ、いいさ!道中しっかり考えると良い」
バルバラはあっけらかんとした様子で言うと、薪をくべた。
居場所がなかった。疑われ、追われ、すべてを失った。
でも、今目の前にあるこの焚き火の光は、どこかあたたかかった。
「さ、寒くなる前に寝な。明日からはあんたも馬車の手伝いだ。日が昇る前から仕事はたんまりある。大事な"荷物"だって言っても働くんだよ、うちの馬車じゃね」
からからと笑う声が、夜の森に溶けていった。
クラリスは、毛布を肩にかけ、黙ってその光を見つめていた。
向かい側では、バルバラ・レーンと名乗った先ほどの豪快な女が、串に刺した肉をくるくると回している。
煙の香ばしい匂いが、ほんの少しだけ空腹を思い出させた。
「震えは収まったかい?」
「……ありがとうございます」
クラリスは手渡された、あぶった干し肉を少しかじる。
慣れない見た目に少し戸惑ってはいたものの、いざ口にすると、塩が効いていて、クラリスが思っていたよりずっと食べやすかった。
「どういたしまして。……ったく、あの間抜けども、こっちが迎えに来るって知ってたろうに」
バルバラは軽く舌打ちしたあと、ほうっと息を吐いてから語り出した。
「セラドって男、知ってるだろ? 王宮の“白の騎士団”団長さん。あんたを安全に送ってほしいって、私に頼んできたんだよ。城から出る時間も道順も、こっちは全部把握してた」
クラリスははっと顔を上げる。
「……セラドさんが?」
「ああ。あんたを追放するって決まったとき、すぐに手をまわしたんだろうね。あの男、真面目だからさ、あんたの事ほっとけなかったんだと思うよ。きちんと"追放"されるまではね」
その言葉を聞いて、胸の奥で張りつめていた何かが、音を立ててほどけていくような気がした。
まだ、誰かが自分を助けようとしてくれていた。
「じゃあ……どうして、私はあの男たちの馬車に……」
「勘違いってのは、たまに命取りさ」
焚き火を挟んで、バルバラの目が真っ直ぐにこちらを見ていた。
口調とは裏腹に、その瞳には、からかいも嘲りもない。
「お嬢ちゃんが王都を出たとき、すでにあたしは城の門の前にいたのさ。ところが、いつもで立っても来やしないんで顔のきく門番に聞いてみたら、あんたは別の馬車に乗って出てったっていうじゃないか。私に何の話もなくね。セラドはそんなことをする奴じゃない。……だから追ったのさ。こっちはあんたの命預かってるからね」
言い終えると、バルバラは大きな口を開けて肉をかじる。骨の周りまできれいに平らげると、無造作に口を拭った。
「色々あったみたいだけどさ、あんたは、ちゃんと守られてるんだよ。……今さら信じられないかもしれないけど」
クラリスは、バルバラの言葉に、僅かに視線を落とした。
たしかに、私は、もう“信じる”ことが怖くなっていたのかもしれない。
でも──私を、助けてくれる人たちは、確かに、いた。
「ありがとうございます。……助けていただいて、本当に、感謝しています」
深く頭を下げたクラリスに、バルバラはおおげさに手を振る。
「こっちは当たり前のことをしただけだよ。大事な荷物に傷がついちまったら商売あがったりだ」
バルバラはひとつ伸びをすると、馬車のほうを振り返った。
「さて。明日から北の道に入る。うちの村までは、三日ばかしってとこかな。途中、ちょっとした峠越えはあるけど──ま、女ひとりでも来れるくらいのとこさ。……ところで、あんた、この先どうするんだい?もちろん、村まではしっかり運んであげるけどね」
訊かれて初めて気づいた。
私はいったい、どこへ行けばいいのだろう。
「わかりません……」
「まあ、いいさ!道中しっかり考えると良い」
バルバラはあっけらかんとした様子で言うと、薪をくべた。
居場所がなかった。疑われ、追われ、すべてを失った。
でも、今目の前にあるこの焚き火の光は、どこかあたたかかった。
「さ、寒くなる前に寝な。明日からはあんたも馬車の手伝いだ。日が昇る前から仕事はたんまりある。大事な"荷物"だって言っても働くんだよ、うちの馬車じゃね」
からからと笑う声が、夜の森に溶けていった。
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