30 / 44
2章:王都に降る雨
聖女の婚礼
しおりを挟む
翌日、セラドが評定の間に行くと、すでに何人かの上級貴族や、執政官らが集まっていた。
王命により、開かれる枢密会議は、王が呼び掛けた重臣たちによって開催される。
やがて、評定の間に、王太子リオネル・アルトラディアが現れ、枢密会議が始まった。
多くの者は、今日の会議の内容について知らされてはおらず、集まった国の中枢を担う面々の中では、先日神託の間の騒ぎがあったこともあり、おそらくそれに関連する会議であろうと囁かれていた。
だが、若き王太子の発した言葉は、そんな想像のはるかに上をいく言葉であった。
「……私は、聖女ミラ・セレスタを、次代の王妃とすることと決めた」
文官、貴族、騎士団の長たちが息を呑んだ。
皆が、いったい、この発言にどのような答えを用意すればよいのか戸惑い、神妙な空気が広がっていく。
セラドをはじめ、一部のすでに知っていた者以外にとっては、まさに予期せぬ宣言であった。
「これは──聖女様が、聖女の務めを退いてからの話でございましょうか?」
重臣のひとりが発言した。
だがリオネルは、おそらく準備していたであろう答えを披露する。
「否。ミラは聖女のまま、王太子妃となる。神の加護を授かる者こそ、国の礎にふさわしい。民もまた、聖女の加護に包まれて暮らすことを望んでいるはずだ」
評定の間がざわめきたつ。
「聖女は本来、信仰に専心する立場にございます」
「王妃の責務とは、政と王統の継承……聖務とは重ならぬものです」
「教権と王権の併合は、前例がありません」
次々とあがる反対の声に、しばらくの間リオネルは耳を傾けていたが、やがて、片手をあげてそれらを制した。
リオネルは静かに、しかし確固たる意思をもって、反対の声の主に言葉を返した。
「過去に前例がないのであらば、我が代にそれを成すだけだ。”神託”は我らに変革を求めている。本日の建議、これは予言に込められた神の意思に従い、余が形にするものである」
誰もが言葉を失った。
もし、王太子殿下の言葉が事実なのであれば──
評定の間に集まった者たちの脳裏に、数日前のクラリスの姿が浮かぶ。
──反論は、すなわち神意への抗いとなる。
セラド・ヴァレンティスは、目を静かに閉じ、黙して、座っていた。
──リオネル殿下は“神託が変革を求めている”とおっしゃられた。
神は本当にそんな“変革”を望んでいるのだろうか?
「……」
セラドは口を開きかけた。
だが、その一瞬の逡巡を、誰かの賛同の声が追い越した。
その声は高位の神官の一人だった。
「王太子殿下の仰る通りにございます。聖女様こそ、この国の未来の光──」
沈黙が破れたのはその瞬間だった。
次々と賛同の声が広がっていく。
最初反対していた者たちも、いつの間にか、賛成を口にしているようだった。
セラドは、声を呑み込んだ。
神に仕える身として、正義を貫く者として──今、その言葉を放つことが何を意味するのか。
それが、あまりに明白すぎた。
いつの間にか場は「王太子殿下万歳、王太子妃殿下万歳、聖女様万歳」の声に包まれている。
セラドには、ただその喧噪の中、万歳の声を聴くことしかできなかった。
王命により、開かれる枢密会議は、王が呼び掛けた重臣たちによって開催される。
やがて、評定の間に、王太子リオネル・アルトラディアが現れ、枢密会議が始まった。
多くの者は、今日の会議の内容について知らされてはおらず、集まった国の中枢を担う面々の中では、先日神託の間の騒ぎがあったこともあり、おそらくそれに関連する会議であろうと囁かれていた。
だが、若き王太子の発した言葉は、そんな想像のはるかに上をいく言葉であった。
「……私は、聖女ミラ・セレスタを、次代の王妃とすることと決めた」
文官、貴族、騎士団の長たちが息を呑んだ。
皆が、いったい、この発言にどのような答えを用意すればよいのか戸惑い、神妙な空気が広がっていく。
セラドをはじめ、一部のすでに知っていた者以外にとっては、まさに予期せぬ宣言であった。
「これは──聖女様が、聖女の務めを退いてからの話でございましょうか?」
重臣のひとりが発言した。
だがリオネルは、おそらく準備していたであろう答えを披露する。
「否。ミラは聖女のまま、王太子妃となる。神の加護を授かる者こそ、国の礎にふさわしい。民もまた、聖女の加護に包まれて暮らすことを望んでいるはずだ」
評定の間がざわめきたつ。
「聖女は本来、信仰に専心する立場にございます」
「王妃の責務とは、政と王統の継承……聖務とは重ならぬものです」
「教権と王権の併合は、前例がありません」
次々とあがる反対の声に、しばらくの間リオネルは耳を傾けていたが、やがて、片手をあげてそれらを制した。
リオネルは静かに、しかし確固たる意思をもって、反対の声の主に言葉を返した。
「過去に前例がないのであらば、我が代にそれを成すだけだ。”神託”は我らに変革を求めている。本日の建議、これは予言に込められた神の意思に従い、余が形にするものである」
誰もが言葉を失った。
もし、王太子殿下の言葉が事実なのであれば──
評定の間に集まった者たちの脳裏に、数日前のクラリスの姿が浮かぶ。
──反論は、すなわち神意への抗いとなる。
セラド・ヴァレンティスは、目を静かに閉じ、黙して、座っていた。
──リオネル殿下は“神託が変革を求めている”とおっしゃられた。
神は本当にそんな“変革”を望んでいるのだろうか?
「……」
セラドは口を開きかけた。
だが、その一瞬の逡巡を、誰かの賛同の声が追い越した。
その声は高位の神官の一人だった。
「王太子殿下の仰る通りにございます。聖女様こそ、この国の未来の光──」
沈黙が破れたのはその瞬間だった。
次々と賛同の声が広がっていく。
最初反対していた者たちも、いつの間にか、賛成を口にしているようだった。
セラドは、声を呑み込んだ。
神に仕える身として、正義を貫く者として──今、その言葉を放つことが何を意味するのか。
それが、あまりに明白すぎた。
いつの間にか場は「王太子殿下万歳、王太子妃殿下万歳、聖女様万歳」の声に包まれている。
セラドには、ただその喧噪の中、万歳の声を聴くことしかできなかった。
6
あなたにおすすめの小説
「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です
希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」
卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。
「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」
私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。
婚約破棄されたら、実はわたし聖女でした~捨てられ令嬢は神殿に迎えられ、元婚約者は断罪される~
腐ったバナナ
ファンタジー
「地味で役立たずな令嬢」――そう婚約者に笑われ、社交パーティで公開婚約破棄されたエリス。
誰も味方はいない、絶望の夜。だがそのとき、神殿の大神官が告げた。「彼女こそ真の聖女だ」と――。
一夜にして立場は逆転。かつて自分を捨てた婚約者は社交界から孤立し、失態をさらす。
傷ついた心を抱えながらも、エリスは新たな力を手に、国を救う奇跡を起こし、人々の尊敬を勝ち取っていく。
聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います
菜花
ファンタジー
ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。
この国を護ってきた私が、なぜ婚約破棄されなければいけないの?
柊
ファンタジー
ルミドール聖王国第一王子アルベリク・ダランディールに、「聖女としてふさわしくない」と言われ、同時に婚約破棄されてしまった聖女ヴィアナ。失意のどん底に落ち込むヴィアナだったが、第二王子マリクに「この国を出よう」と誘われ、そのまま求婚される。それを受け入れたヴィアナは聖女聖人が確認されたことのないテレンツィアへと向かうが……。
※複数のサイトに投稿しています。
「聖女はもう用済み」と言って私を追放した国は、今や崩壊寸前です。私が戻れば危機を救えるようですが、私はもう、二度と国には戻りません【完結】
小平ニコ
ファンタジー
聖女として、ずっと国の平和を守ってきたラスティーナ。だがある日、婚約者であるウルナイト王子に、「聖女とか、そういうのもういいんで、国から出てってもらえます?」と言われ、国を追放される。
これからは、ウルナイト王子が召喚術で呼び出した『魔獣』が国の守護をするので、ラスティーナはもう用済みとのことらしい。王も、重臣たちも、国民すらも、嘲りの笑みを浮かべるばかりで、誰もラスティーナを庇ってはくれなかった。
失意の中、ラスティーナは国を去り、隣国に移り住む。
無慈悲に追放されたことで、しばらくは人間不信気味だったラスティーナだが、優しい人たちと出会い、現在は、平凡ながらも幸せな日々を過ごしていた。
そんなある日のこと。
ラスティーナは新聞の記事で、自分を追放した国が崩壊寸前であることを知る。
『自分が戻れば国を救えるかもしれない』と思うラスティーナだったが、新聞に書いてあった『ある情報』を読んだことで、国を救いたいという気持ちは、一気に無くなってしまう。
そしてラスティーナは、決別の言葉を、ハッキリと口にするのだった……
【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?
つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。
正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。
姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。
王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。
ふざけんな!!!
姉は、ただの公爵令嬢じゃない!
「精霊の愛し子」だ!
国を繁栄させる存在だ!
怒り狂っているのは精霊達も同じ。
特に王太子!
お前は姉と「約束」してるだろ!
何を勝手に反故してる!
「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも?
他サイトにも公開中
地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ
タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。
灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。
だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。
ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。
婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。
嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。
その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。
翌朝、追放の命が下る。
砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。
――“真実を映す者、偽りを滅ぼす”
彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。
地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる