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2章:王都に降る雨
白き盾の葛藤
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白い盾騎士団、騎士団長セラド・ヴァレンティスは、執務室で一人佇んでいた。
神託の間の一件に関する報告書を読み終えた彼は、ふうとため息をつくと、そのまま視線を窓外にやる。
雨はまだ止んでいない。
天の涙か、それとも何かを覆い隠す帳なのか。暗く濁った空模様が、ここ数日、王都を沈ませている。
──それは、昼の祈りを終え、セラドが執務室に戻ってきた時のことだった。
「──セラド様」
執務室に入るや否や、騎士見習いとしてセラドの傍仕えをしているカリオンから、思ってもみなかった言葉を告げられた。
「明日の議会にて、王太子殿下が正式に“婚姻と聖務の両立”を建議されるとのことです」
セラドは、一瞬自分の耳を疑った。
「すまない、カリオン。……もう一度、言ってくれないか?」
「リオネル王太子殿下が、“婚姻と聖務の両立”を建議、されるとのことです」
ゆっくり、だが、はっきりとカリオンは繰り返した。
「……両立、だと?」
思わず漏れた声に、カリオンは小さく頷く。
「はい。聖女ミラ様を、おそらくは、聖女のまま王太子妃として迎えられるとのご意向を……。教会からは異論なし、と」
「……先日、あんなことがあったばかりではないか……」
「王太子殿下も人ですから、何か傷心をいやすような、そういう存在を必要とされていたのかもしれませんね」
確かにあれ以降、リオネル殿下は憔悴しきっているように見えた。
だが、だからと言って、そのような癒しを求めるような人となりであっただろうか。
しかも、その相手に、よりにもよって、聖女を選ばれたとは──
セラドの知る王太子殿下と、今の王太子殿下が重ならない。
セラドは一瞬だけ目を閉じた。
王太子殿下による建議である。建議とは名ばかりの決定事項なのであろう。
それよりも、セラドには“教会からは異論なし”、その言葉にこそ、引っかかるものを感じていた。
王権と教権の線引きは、この国の根幹をなす慎重なバランスである。
その境界が、たった一人の若者の“感情”ひとつで塗り替えられようとしている。あるいは──
「……これも神託だというのですか?」
無意識にこぼれたその声に、カリオンは聞こえなかった風を装い、その場を辞す。
セラドは片手だけをあげ、カリオンを見送った。
──セラドは“信じていた”。
聖女の神託は絶対。王子は敬虔で、清らかな理想を持つ若者。
だが、クラリス追放からわずか数日──あまりにも急すぎる。あまりにも、整いすぎている。
「おれは……何を守っているのだろうか……」
雨はまだ止まない。
暗く濁った空は、セラドの問いに答えることはなかった。
神託の間の一件に関する報告書を読み終えた彼は、ふうとため息をつくと、そのまま視線を窓外にやる。
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「──セラド様」
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「明日の議会にて、王太子殿下が正式に“婚姻と聖務の両立”を建議されるとのことです」
セラドは、一瞬自分の耳を疑った。
「すまない、カリオン。……もう一度、言ってくれないか?」
「リオネル王太子殿下が、“婚姻と聖務の両立”を建議、されるとのことです」
ゆっくり、だが、はっきりとカリオンは繰り返した。
「……両立、だと?」
思わず漏れた声に、カリオンは小さく頷く。
「はい。聖女ミラ様を、おそらくは、聖女のまま王太子妃として迎えられるとのご意向を……。教会からは異論なし、と」
「……先日、あんなことがあったばかりではないか……」
「王太子殿下も人ですから、何か傷心をいやすような、そういう存在を必要とされていたのかもしれませんね」
確かにあれ以降、リオネル殿下は憔悴しきっているように見えた。
だが、だからと言って、そのような癒しを求めるような人となりであっただろうか。
しかも、その相手に、よりにもよって、聖女を選ばれたとは──
セラドの知る王太子殿下と、今の王太子殿下が重ならない。
セラドは一瞬だけ目を閉じた。
王太子殿下による建議である。建議とは名ばかりの決定事項なのであろう。
それよりも、セラドには“教会からは異論なし”、その言葉にこそ、引っかかるものを感じていた。
王権と教権の線引きは、この国の根幹をなす慎重なバランスである。
その境界が、たった一人の若者の“感情”ひとつで塗り替えられようとしている。あるいは──
「……これも神託だというのですか?」
無意識にこぼれたその声に、カリオンは聞こえなかった風を装い、その場を辞す。
セラドは片手だけをあげ、カリオンを見送った。
──セラドは“信じていた”。
聖女の神託は絶対。王子は敬虔で、清らかな理想を持つ若者。
だが、クラリス追放からわずか数日──あまりにも急すぎる。あまりにも、整いすぎている。
「おれは……何を守っているのだろうか……」
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暗く濁った空は、セラドの問いに答えることはなかった。
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