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2章:王都に降る雨
黒い槍の笑み
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枢密会議の熱がまだ冷めぬ夜、大聖堂に足音が響いていた。
やがて足音が止まると、扉が静かに開く重厚な音がする。
その音に反応するように、聖堂で祈りを捧げていた聖女ミラは、白い法衣を翻した。
ミラのもとに現れたのは、黒衣の男。長身を軽く傾けて礼をとる。
「──黒い槍騎士団、騎士団長ガルヴァン・デスフォルト。お招きに預かり光栄です、聖女様」
ミラは柔らかに笑みを返す。
「こんな夜更けに、御呼び立てしてしまい申し訳ありません、デスフォルト様……。先日の神託の間の一件では素晴らしいご活躍でした。もしデスフォルト様がいなければ王太子殿下は、いったいどうなっていたことか……まさに、あなたのような、力ある方の助けが、今、この国には必要なのです」
「いやいや、力なんてものは、使う相手がいて、初めて価値があるものです。であれば、今の私は無力そのもの」
デスフォルトの言葉は柔らかいが、この男の声色には、忠誠心はもとより、敬意も侮蔑も、好意や悪意すらも、何一つ宿していないのではないかと思わせるものがあった。
「……それで、私目をこんな夜に、呼び出された理由──聖女様は、俺に“何をしてほしい”と?」
ミラは一瞬、何も答えず彼を見つめた。
「──本日の、枢密会議、いかがでしたか?」
デスフォルトは、ミラの問いに少し困ったような顔をした。
「いやあ、討伐中の山賊たちが、なかなか私を離してくれませんで、あいにく今日は出席がかないませんでした。ああ、内容だけは伺いましたよ。今回もなかなかの喜劇だったそうで」
「デスフォルト様……」
たしなめるように、ミラは言った。
「おっと、ご本人を前にこれは失礼を……」
不必要なほどに、仰々しく非礼を詫びる風のデスフォルトだったが、ミラはそれには触れることなく言った。
「お聞きになられましたように、本日の枢密会議にて、神託の御導きに従い、王太子殿下と、聖女である私の婚姻が決定されました」
「いや、まったく、めでたい話にございます」
「しかし、これは国家の根幹を揺るがしかねない前例のないこと。会議中にも反対意見が多く出たと聞き及んでいます」
「たしかに、たしかに」
デスフォルトの相槌は軽い。見る者によっては、全く話を聞いていないようにも見えるものだったが、ミラは無視するように続ける。
「……私は思うのです。これから先──神託の重みを、正しく理解できない方々が、もし現れたのなら、その時私たちはどうすべきなのかと……」
すっと、デスフォルトの口元が引き締まる。だが、それはほんの少しの間のことで、すぐにくつくつと笑いだした。不思議なことに、その目はまるで冗談を言っていない。
「なるほど。“理解できていない者”を、“正しく導け”と。……ま、そりゃあ当然でしょうなあ」
ミラはその潤んだ瞳で、デスフォルトを見つめた。
「……導き手になって下さると?」
「もちろんですとも」
デスフォルトは指を一度鳴らすと、左の胸を軽く叩いた。
「たった今、あなたは、私に力を振るう相手を与えてくださった。ご安心ください。”正しく導いて”ごらんに入れましょう。もちろん、その先は──期待しておりますよ」
ミラの笑顔が、ふっとわずかに揺れた。
だが次の瞬間には、聖女として、祝福を与えるようにやさしく語りかけた。
「ふふ……とても頼もしいお言葉ですわ、デスフォルト様。……お願いいたします。私たちの“未来”を、守ってくださいませ」
その場に、沈黙が落ちる。
雨の音すら届かぬ石の間に、二人の会話だけが冷たく響いていた。
やがて足音が止まると、扉が静かに開く重厚な音がする。
その音に反応するように、聖堂で祈りを捧げていた聖女ミラは、白い法衣を翻した。
ミラのもとに現れたのは、黒衣の男。長身を軽く傾けて礼をとる。
「──黒い槍騎士団、騎士団長ガルヴァン・デスフォルト。お招きに預かり光栄です、聖女様」
ミラは柔らかに笑みを返す。
「こんな夜更けに、御呼び立てしてしまい申し訳ありません、デスフォルト様……。先日の神託の間の一件では素晴らしいご活躍でした。もしデスフォルト様がいなければ王太子殿下は、いったいどうなっていたことか……まさに、あなたのような、力ある方の助けが、今、この国には必要なのです」
「いやいや、力なんてものは、使う相手がいて、初めて価値があるものです。であれば、今の私は無力そのもの」
デスフォルトの言葉は柔らかいが、この男の声色には、忠誠心はもとより、敬意も侮蔑も、好意や悪意すらも、何一つ宿していないのではないかと思わせるものがあった。
「……それで、私目をこんな夜に、呼び出された理由──聖女様は、俺に“何をしてほしい”と?」
ミラは一瞬、何も答えず彼を見つめた。
「──本日の、枢密会議、いかがでしたか?」
デスフォルトは、ミラの問いに少し困ったような顔をした。
「いやあ、討伐中の山賊たちが、なかなか私を離してくれませんで、あいにく今日は出席がかないませんでした。ああ、内容だけは伺いましたよ。今回もなかなかの喜劇だったそうで」
「デスフォルト様……」
たしなめるように、ミラは言った。
「おっと、ご本人を前にこれは失礼を……」
不必要なほどに、仰々しく非礼を詫びる風のデスフォルトだったが、ミラはそれには触れることなく言った。
「お聞きになられましたように、本日の枢密会議にて、神託の御導きに従い、王太子殿下と、聖女である私の婚姻が決定されました」
「いや、まったく、めでたい話にございます」
「しかし、これは国家の根幹を揺るがしかねない前例のないこと。会議中にも反対意見が多く出たと聞き及んでいます」
「たしかに、たしかに」
デスフォルトの相槌は軽い。見る者によっては、全く話を聞いていないようにも見えるものだったが、ミラは無視するように続ける。
「……私は思うのです。これから先──神託の重みを、正しく理解できない方々が、もし現れたのなら、その時私たちはどうすべきなのかと……」
すっと、デスフォルトの口元が引き締まる。だが、それはほんの少しの間のことで、すぐにくつくつと笑いだした。不思議なことに、その目はまるで冗談を言っていない。
「なるほど。“理解できていない者”を、“正しく導け”と。……ま、そりゃあ当然でしょうなあ」
ミラはその潤んだ瞳で、デスフォルトを見つめた。
「……導き手になって下さると?」
「もちろんですとも」
デスフォルトは指を一度鳴らすと、左の胸を軽く叩いた。
「たった今、あなたは、私に力を振るう相手を与えてくださった。ご安心ください。”正しく導いて”ごらんに入れましょう。もちろん、その先は──期待しておりますよ」
ミラの笑顔が、ふっとわずかに揺れた。
だが次の瞬間には、聖女として、祝福を与えるようにやさしく語りかけた。
「ふふ……とても頼もしいお言葉ですわ、デスフォルト様。……お願いいたします。私たちの“未来”を、守ってくださいませ」
その場に、沈黙が落ちる。
雨の音すら届かぬ石の間に、二人の会話だけが冷たく響いていた。
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