王太子妃(仮)でしたが、聞いたこともない予言のせいで追放されました。ですから、今さら呼び戻されても困ります。

實藤圭

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2章:王都に降る雨

語られざる記憶

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 黒衣の騎士が去ったあと、ミラは静かにひとり祭壇を見上げていた。

 静かな祈りの時間──それは、ミラにとって唯一、自分の内に潜ることを許されたひとときだった。

 ランプと、燭台の灯りだけがともり、窓から注ぐ光の線の中で、ミラは目を閉じていた。
 だが、その瞼の裏に浮かぶのは、神でも、祈りの言葉でもない。


 ──小さな、村の教会。土の匂いのする木の床。

 窓から薄赤い光の差す中で、机を並べて字の当て合いっこをするふたりの少女。

「残念でした!クラリス、これは、“ひかり”って読むのよ」
「ああん!何回やっても覚えられないよう!」
「あはは、いい?クラリス、これはね……」

 ──クラリス。

 彼女はいつもそばにいた。
 クラリスが字を間違えれば私がそっと教え、私が泣きたい時はクラリスは黙って隣にいてくれた。
 でも──ミラは知っていた。あの子が“光を持っていた”ことを。あの子だけが、周囲に自然と好かれ、抱きしめられる存在だったことを。

 誰もが、クラリスに手を伸ばす。
 二人に、加護師としての兆しが現れた日ですら。
 「すごいね」の言葉は私ではなく──クラリスに向けられた。


 そんな中、「ミラ、お前には人を導く力がある」と言ったのは、あの“父”だった。

 物心ついたころより、村の教会で育ったミラに、初めて“血”の繋がりというものを与えた人間。
 大司教としてこの国を動かしている、あの男の笑みは、優しさよりも先に冷たかった。

「王都に来るといい。もしお前が望むのならば、すべてが手に入る」
「それは、光も?」
「ああ、もちろんだとも」
「でしたら、ついていきます。”お父様”……いえ”大司教猊下”」

 そういえば、あの男が喜ぶと思った。
 それくらいの知恵は子供でも回る。
 もちろん、あの男にしてみれば、手駒が一つ手に入った程度のことかもしれない。
 利用できるものは、”血”でもなんでも利用する。けれど、それは私にとっても同じこと。

 ──私は必死だった。
 私は、どうしても光が欲しかった。

 
 ──そして、私は聖女となった。皆が私のことを聖女様と呼ぶ。ようやく光をこの手にしたのだ。私はそう確信していた。


 なのに……クラリスが王子に見初められたと聞いた時、私は自分の中の何かが静かに割れる音を聞いた。


 まただ。また”選ばれた”のは、“あの子”だった──


 けれど、もう違う。

 今、神は私の名を呼んだ。世界の在り方を託されたのは、私──



「……ねえ、クラリス。今、どこにいるの?」

 問いかけへの、返事はない。
 けれどミラは微笑んだ。かつての記憶を胸に、親友に語りかける。

「あなたが“選ばれた”のは、過去の話なの、クラリス。でもね、心配することはないわ。だって、この私が選ばれたのだから──」

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