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第三章 芽吹き
噂
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「もうすぐクリスマスだね。ねぇ、知ってる?先生たちがクリスマス会してくれるんだって!」
「そうなの?やったあ!サンタさんもきてくれるかな?」
「うん!私ね、ユニコーンのぬいぐるみお願いするの」
「いいなぁ!僕は...車のおもちゃ!」
「楽しみだね」
「うん!楽しみ」
パタパタ....。
小児病棟に入院している子どもたちの声と足音。残り一ヶ月を切ったクリスマスに期待しているようだ。
「クリスマス会のお知らせでも掲示してたのかしら」
花乃は、病室を出て廊下を歩いた先にある休憩室にいた。母は、洗濯をしに家まで戻ってくれている。
手すりをつたってここまで歩き、自販機の「ブーン」という機械音を頼りに、缶ジュースを買って休憩室の机についた。
プシュッとプルタブを引っ張ると、甘酸っぱいフルーツの香りがして、花乃は口に運んでコクリと一口飲む。
「晴れてるみたいね。とっても明るい」
この休憩室は天井がガラス張りになっているらしい。以前、瞼の裏に感じる光を理由に母に尋ねたら、そう教えてもらった。
「さて、これからどうしましょう?...千春、今日は仕事かな?...後で会えるかも」
ここ一週間、姿を現さない千春のことを考える。休日だったのだろうか。
その間、別の医師が花乃の担当をしてくれていた。
思えば千春が担当医になってくれてからは、ほとんど毎日顔を合わせていた。数日会っていないだけでなんだか落ち着かない。
*****
先日、花乃の誕生日を千春と過ごした日。
宿に泊まって、翌朝もまた早朝の静けさの中で温泉に入り、美味しい朝食を食べて。
花乃が満足したところで、病院に戻ると、実は両親も羽を伸ばしていたことを知った。
両親は、花乃がどんな顔で帰ってくるか楽しみにしていたらしく、事前に聞いていた帰宅時間に病棟の外まで出てきてくれていた。ニコニコで戻った娘をみて、嬉しそうな声で「おかえり」と言って抱きしめてくれたのだ。
「ふふ、楽しかったなぁ」
毎日その日のことを思い返して、ニマニマしてしまう。両親からは、「また思い出してるのか」と何度もツッコミが入っていた。
****
缶ジュースをゆっくり味わっていると、廊下の向こうから小さな話し声が聞こえてきた。
「...ね。知ってる?新しい先生が入ってきたの」
どうやら看護師たちが、声をひそめて話しているようだ。
「え、そうなの?知らなかった」
「...そう。今日、病棟に挨拶に来たって。他の看護師たちが騒いでた」
「へぇ。...珍しいね、こんな時期に」
「...それがね、私聞いちゃったのよ」
「...何を?」
「...妙な噂」
「...噂?」
「...そう。手越先生の」
「手越先生って、春斗先生?...そんなの前からじゃない?」
「違うわよ。...私が言ってるのは、千春先生の方」
何気なく会話が耳に入ってきていた花乃は、よく知る名前が出てきて驚いた。思わず、耳をそばだてる。
「え...千春先生?」
「そう」
「...千春先生がどうしたの?」
「なんかね、連絡がとれないって。...一週間前から、行方不明なんだって」
ヒュッと花乃の喉が鳴る。
「...それ、本当?」
「...真実はわからないの。でも、事実、今千春先生出勤してないでしょ?」
「確かに...。じゃ、その新しく来た先生は千春先生の代わりってこと?」
「...わからないわ。でも、どうもそうらしいって話になってて」
「え~...どうなってるんだろうね」
「...ね。...あ、やば。師長だ。仕事戻らなきゃ」
「うわ、いこっ」
それを最後に、看護師たちはパタパタ早足で行ってしまった。
(なに、それ?)
千春が行方不明?...そんなの嘘だ。
花乃は、缶ジュースのことも忘れて、立ち上がる。朝から痺れがあって少しふらついたが、そんなことは関係ない。確かめなければ。
手すりをつたってなるべく急ぎ足で、病院の電話が置いてある場所まで歩いていった。
(...この辺だったはず。...あった!)
ペタペタと手で探って、電話らしき形を見つける。
千春の電話番号。何かあったらかけておいでと、念の為に教えてくれていた。
点字を確認しながら、ひとつひとつ確実にボタンを押していく。
プルルル...プルルル...。
受話器の向こうで呼び出し音が鳴った。
心臓が勝手に騒いで、嫌な汗で手がじっとりと濡れていた。
(千春...千春...出て、お願い)
...おかけになった電話をお呼びしましたがーー。
「出ない...」
結局、何度電話しても電話の向こうから響くのは、同じ音声だった。
(...どうして出ないの?...千春?)
花乃は、病室に戻っても胸騒ぎがおさまらず、一晩中眠ることができなかった。
「そうなの?やったあ!サンタさんもきてくれるかな?」
「うん!私ね、ユニコーンのぬいぐるみお願いするの」
「いいなぁ!僕は...車のおもちゃ!」
「楽しみだね」
「うん!楽しみ」
パタパタ....。
小児病棟に入院している子どもたちの声と足音。残り一ヶ月を切ったクリスマスに期待しているようだ。
「クリスマス会のお知らせでも掲示してたのかしら」
花乃は、病室を出て廊下を歩いた先にある休憩室にいた。母は、洗濯をしに家まで戻ってくれている。
手すりをつたってここまで歩き、自販機の「ブーン」という機械音を頼りに、缶ジュースを買って休憩室の机についた。
プシュッとプルタブを引っ張ると、甘酸っぱいフルーツの香りがして、花乃は口に運んでコクリと一口飲む。
「晴れてるみたいね。とっても明るい」
この休憩室は天井がガラス張りになっているらしい。以前、瞼の裏に感じる光を理由に母に尋ねたら、そう教えてもらった。
「さて、これからどうしましょう?...千春、今日は仕事かな?...後で会えるかも」
ここ一週間、姿を現さない千春のことを考える。休日だったのだろうか。
その間、別の医師が花乃の担当をしてくれていた。
思えば千春が担当医になってくれてからは、ほとんど毎日顔を合わせていた。数日会っていないだけでなんだか落ち着かない。
*****
先日、花乃の誕生日を千春と過ごした日。
宿に泊まって、翌朝もまた早朝の静けさの中で温泉に入り、美味しい朝食を食べて。
花乃が満足したところで、病院に戻ると、実は両親も羽を伸ばしていたことを知った。
両親は、花乃がどんな顔で帰ってくるか楽しみにしていたらしく、事前に聞いていた帰宅時間に病棟の外まで出てきてくれていた。ニコニコで戻った娘をみて、嬉しそうな声で「おかえり」と言って抱きしめてくれたのだ。
「ふふ、楽しかったなぁ」
毎日その日のことを思い返して、ニマニマしてしまう。両親からは、「また思い出してるのか」と何度もツッコミが入っていた。
****
缶ジュースをゆっくり味わっていると、廊下の向こうから小さな話し声が聞こえてきた。
「...ね。知ってる?新しい先生が入ってきたの」
どうやら看護師たちが、声をひそめて話しているようだ。
「え、そうなの?知らなかった」
「...そう。今日、病棟に挨拶に来たって。他の看護師たちが騒いでた」
「へぇ。...珍しいね、こんな時期に」
「...それがね、私聞いちゃったのよ」
「...何を?」
「...妙な噂」
「...噂?」
「...そう。手越先生の」
「手越先生って、春斗先生?...そんなの前からじゃない?」
「違うわよ。...私が言ってるのは、千春先生の方」
何気なく会話が耳に入ってきていた花乃は、よく知る名前が出てきて驚いた。思わず、耳をそばだてる。
「え...千春先生?」
「そう」
「...千春先生がどうしたの?」
「なんかね、連絡がとれないって。...一週間前から、行方不明なんだって」
ヒュッと花乃の喉が鳴る。
「...それ、本当?」
「...真実はわからないの。でも、事実、今千春先生出勤してないでしょ?」
「確かに...。じゃ、その新しく来た先生は千春先生の代わりってこと?」
「...わからないわ。でも、どうもそうらしいって話になってて」
「え~...どうなってるんだろうね」
「...ね。...あ、やば。師長だ。仕事戻らなきゃ」
「うわ、いこっ」
それを最後に、看護師たちはパタパタ早足で行ってしまった。
(なに、それ?)
千春が行方不明?...そんなの嘘だ。
花乃は、缶ジュースのことも忘れて、立ち上がる。朝から痺れがあって少しふらついたが、そんなことは関係ない。確かめなければ。
手すりをつたってなるべく急ぎ足で、病院の電話が置いてある場所まで歩いていった。
(...この辺だったはず。...あった!)
ペタペタと手で探って、電話らしき形を見つける。
千春の電話番号。何かあったらかけておいでと、念の為に教えてくれていた。
点字を確認しながら、ひとつひとつ確実にボタンを押していく。
プルルル...プルルル...。
受話器の向こうで呼び出し音が鳴った。
心臓が勝手に騒いで、嫌な汗で手がじっとりと濡れていた。
(千春...千春...出て、お願い)
...おかけになった電話をお呼びしましたがーー。
「出ない...」
結局、何度電話しても電話の向こうから響くのは、同じ音声だった。
(...どうして出ないの?...千春?)
花乃は、病室に戻っても胸騒ぎがおさまらず、一晩中眠ることができなかった。
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