【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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第三章 芽吹き

許さないから(手紙と贈り物)

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 翌日。花乃はぐったりしていた。
 
 ガラリ。
 病室のドアが開く音がする。
 千春?と花乃は耳を澄ませるも、よく知る彼の足音と違っていた。

「東山さん、初めまして。今日から担当医を交代します、上田 道宣(うえだ みちのぶ)です」
「....担当医...変わるんですか?」
「はい。手越先生は、諸事情で...しばらくお休みすることになりまして」
「...休む?千春が?」
「...はい。そう聞いております」

(やっぱり、昨日のことは本当なの?)

 花乃は、我慢できずにさらに尋ねた。

「...千春、何かあったんですか?」
「...申し訳ありません。個人的なことはお答えできません」
「........」
 
(千春...)

 花乃は千春がひょっこり現れるのを待っていた。
 でも、そんな日は待てども待てども訪れない。

 そのうちに、院内で千春の噂をする人もいなくなり、千春の話題が出ることもなくなっていった。

「人の噂も七十五日...て、諺あったなぁ」

 もっと早いじゃん、とボソリ呟く。

 花乃は、くだらないことを考えていた。そうでもしないと、押しつぶされてしまいそうだったのだ。いつもそばにいた友人の、あたたかな体温や優しい声が、今、花乃の近くにない不安に。

 千春が...花乃の前から忽然と姿を消した孤独感に。


******



 歌が聞こえる。なめらかなピアノのメロディに合わせて、静かに語りかけるように歌っている。

「...あ、クリスマスか」

 今日は、病院のホールでピアノの演奏会があるって看護師さんたちが言っていた。

 母がいそいそと出ていったのは、もしかしたらケーキでも買いに行ったのかなと、ふと考える。

 花乃は、開いていた病室のドアから出て、いつもより人の気配が少ない廊下を進んだ。

 きっと、みんな演奏会に行っているのだ。

「...私も行ってみよう」



****



 ホールが近づく。
 
 小さかったメロディが、段々はっきりして...そして、目の前に迫った。

『 
  凍る空気 君の体温
  冷たくなった頬を あたためて

  笑って メリークリスマス
  君の笑顔が見たいから

  街で見つけた贈り物
  君にぴったりの贈り物

  早く渡したくて かけだした
  思い浮かぶのは 君のことだけ 』

 ピアノの弾き語り。
 そっと鍵盤をたたき流れるメロディ。

 ホールを抜ける歌声が、花乃の胸に刺さった。

(あぁ...だめだ。千春)

 花乃は泣いていることを誰にも気づかれないよう、伸びた前髪が隠してくれるよう、下を向く。
 ポタポタと落ちる涙は、花乃の足を濡らしていった。

(...千春、知ってた?...私たち、出会って二十年経ったんだよ?)

 心の中で語りかけても、返事をする優しい声は聞こえない。



****



「かーのーちゃん!」
「...え、瑠璃ちゃん?」

 花乃は、病室に戻ってきた。
 母は、まだ戻っておらず、ベッドに座って考え事をしていた時だった。
 まさか、その声が聞こえてくると思わなかった。

「...もう、ボーっとして。...食べてないんだって?」
「...え?」
「おばさまが、連絡くれたの。...花乃が参ってるから様子を見に来てやってくれって」
「あ....」
「....来て良かった。げっそりしちゃって」
「........」
「はい。これ」

 ガサっと何か包みを取り出して、サイドテーブルに置く音がする。

「.....?」
「花乃ちゃんの好きなお店のお饅頭。...千春さんが、花乃が元気ない時はこれなんだって言ってたの思い出して」
「え...瑠璃ちゃんにもそんなこと言ってたの?」
「うん。まだ子供の頃...私がここに入院してた時だけどね。千春さんがよく花乃ちゃんのお見舞いに来てて...たまにこれ持ってたから気になって見てたの。そしたら私にもひとつくれたのよ。花乃が好きなんだって。千春さんがすごく優しく笑って言ってたのが印象的だった」
「...千春」

 堪えきれずに、また泣きそうになる花乃の背中を瑠璃が優しく撫でる。

「千春さん、大丈夫だよ。あの人が花乃ちゃんのこと放って、消えちゃうなんてありえない。きっと何か理由があるのよ」
「うん...うん...」

 何度も頷きながら、思い出の饅頭を食べた。今までどれほど食べただろう。
 この饅頭は、こんな味だっただろうか。
 千春が隣にいないだけで、まるで違う饅頭みたいだ。

(千春と食べるものは...全部美味しく感じたなぁ)

 どこにいるの?
 何があったの?
 生きてるの?
 どうして話してくれないの?
 返事してよ...千春。

 次々と湧いて出てくる千春への言葉は、消化されずに花乃の心に積もっていった。



****


 落ち着いた頃、花乃は思い至った。

「...ごめんね、瑠璃ちゃん。ここまで遠いのに」
「ううん、大丈夫。私、お父さんたちと遊園地行った時から、車の運転マメにするようになったんだ。車って便利だなって気づいて。だいぶ上達したから、花乃ちゃんのところにもっと通いたいって思ってたところなの」
「瑠璃ちゃん...ありがとう」

 すごく心強く感じた時、ガラッとドアが開いた。

「...あら、瑠璃ちゃん!来てくれたの?」

 母が戻ってきたようだ。

「おばさま、こんにちは。お邪魔してます」
「こんにちは。ありがとう、瑠璃ちゃん。遠かったでしょ?せっかくのクリスマスなのに、ごめんね...予定大丈夫だった?」
「いえ、何も予定はなかったので大丈夫ですよ。連絡下さって嬉しかったです」
「大きくなったわねぇ...すっかり綺麗になって」

 感慨深げな声で、瑠璃に言った。

「えへへ。...あれ?おばさま、それは?」

 瑠璃は照れたように笑って、何かに気づく。

「あ...そうそう。花乃、これ」
「え...?」

 思い出したとばかりに、カサッと音を立てて何かを差し出された気配がした。

「これね、病院の受付に届いてたのよ。さっき呼ばれて行ったら、花乃にお届け物だって」

 ふわっと花の香りが漂ってくる。

「...なに?」
「...薔薇ね。25本の薔薇の花束」
「25本...?」

 そっと触れると、花束のフィルムとひんやりふわふわした花びらの感触がした。

「あ...手紙もついてますね。ほら」

 瑠璃の声がして、スッと何かを取り出して花乃の手のひらに当ててくれる。

「手紙...」

 四角い封筒を撫でると、ザラザラした和紙のような素材だった。封がしてあるのをペリッと剥がす。

 取り出した便箋には、点字で文章が書かれていて、花乃は指先で文字をたどった。

「...なんて書いてあったの?」

 瑠璃と母が、気にする声がした。
 でも花乃は答えられなかった。

 手が震えて、喉も震えて...声が出ない。


 花乃...元気にしてるか?
 ちゃんと食べてるか?
 寝られてるか?

 花乃のことだから、俺のこと心配して
 元気、なくなってるんじゃないか?

 花乃、俺のことは心配いりません。
 大丈夫だから...ほら、笑って。

 花乃と出会えて、俺は幸せでした。
 笑われるかもしれないけど...
 多分...花乃は、俺の人生で一番の贈り物
 だったんじゃないかな。

 でも...もう俺のことは忘れて下さい。

 あ...最後に。
 25本の薔薇の意味知ってるか?

 メリークリスマス、花乃。
 本当に今までありがとう。
 どうか...幸せになって。   』


 25本の薔薇の意味....“あなたの幸せを祈っています。“

「バカちはるぅ....っ、わけ、わかんないよ」

 花乃は、声をあげて泣いた。
 もう悔しいのか、寂しいのか、苦しいのか...これがどんな感情なのか全然わからない。

 母と瑠璃は、手紙の内容はわからずとも何となく事情を察して...静かに背中に手を添える。

 花乃は、知らず知らず入る力にクシャッと折れる手紙の音を聞きながら、堰を切って溢れ出す感情の波と対峙しつづけた。

 そして、ひとしきり泣いたあと思ったのだ。

「忘れない...」

 それは、花乃には珍しく怒りの気持ちも含んだ声音だった。

(...忘れるわけないじゃない。絶対、忘れない。事情を説明しないで逃げるなんて許さないから。千春...私は、千春のこと必ず見つけるからね...)


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