【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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第三章 芽吹き

如月と千春②

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 如月は、地元密着型の小さな病院の跡取りだったから、そんなヒエラルキーとは無縁。

 仲良くなりたいと思う者もいないので、大学内でもほぼひとりで過ごしていた。

「...あいつ、また一人か」

 自分のことは棚にあげて、チラリと教室の隅に目を向け呟く。手越千春...確か大病院の家の者なのに、何故かいつもひとりでポツンと授業を受けている。

 再びガヤガヤうるさい周りを見回して、首を傾げた。

 家柄や肩書きを笠に着て、まるでお付きのもののように友人を扱う奴らがこんなにいるのに。

 そういえば、入学式で千春に声をかけようとしていた下衆な二人も...結局声をかけなかったのだろうか。

「...ふーん。なるほどね」

 この瞬間、如月は千春を少し興味深く思った。

****

 その日の夕方。
 長い授業を終えて、如月が凝る肩をぐるぐる回しながら、首をコキコキ鳴らしていた時だ。

 いつも無表情で淡々と授業を受けていた千春が、珍しくガタッと椅子から音を立てて立ち上がり、机の下や椅子の周りを見回し始めた。

 入学してから授業で必要な時以外聞いたことがない声で、珍しく何やらぶつぶつ言っている。

「...ない。...どうしてだ?」

 そして、急いで教室の外に出て行った。
 如月はしばらく千春が去った先を見つめていたが...自分以外にもいやらしく笑いながらそれを見ていた奴らに気づいて眉を顰めた。よく見ると、そいつらの手に何か握られている。

「...いやだね~。アホなやつらは」

 ガタッと立ち上がって、教卓近くに進んで行った。
 まだ授業を終えたばかりで、黒板の文字を消していた講師に聞こえるように大きな声で言った。

「あれ?それって手越の?...あー、もしかして拾ってくれたのか?...ん。預かっておくよ。手越が戻ったら返しとくから」

 如月の声に振り返った講師が、三人をじっと見つめる。明らかに挙動不審になった二人は、慌てて如月の差し出された手にそれを乗せた。

「あ、ああ。さっきそこで拾ったんだ。頼むよ。...俺ら今から用事があるんだ。...行こうぜ」

 去っていく背中を見ながら、如月はため息をつく。

(あいつら...入学式で手越見てごちゃごちゃ言ってたやつらか。...相手にされないから、嫌がらせでもしたんだろうな)

 くだらないと、手の中のもう小さくなって使えない鉛筆を握りしめた。ありふれたシンプルなものだったが、長年愛用してきたのが伝わる品だ。

*****

「...ない。...なんでないんだよ」

 移動教室の時かと、その教室まで戻ってみたが見つからず。結局、ありえないと思いながらも...大学の門近くまで。千春は、自分が来た道を辿って探していた。

 ペタリと石段に腰掛ける。

 その時、ジャリ、と地面の砂利を踏みしめる音がして、下を向いていた顔をゆるゆるあげた。

「...これか?」
「あ...」

 それ!と勢いよく立って、その男の手を掴んだ。

「いや、痛いからな?慌てすぎ。...ん。お前のだろ?」

 失くしたと思っていた鉛筆を、如月が差し出してくれていた。

 出会った頃、花乃に誕生日プレゼントでもらった鉛筆。

 人間関係に疲れて、学校に行くのが怖くなっていた時。...お守り代わりだった。この鉛筆を見るたびに花乃のことが思い出されて、憂鬱な学校も周りの視線も...全く気にならなくなった。

 使いすぎて小さくなっても。変わらずずっと筆箱に入れて持ち歩いていて...今も、息が詰まったときはそれを眺めて一息ついていた。

「あ、ああ...すまん。ありがとう」

 思わず強張っていた肩の力が、するすると抜けていく。見つかって良かった。

「...ふーん。お前、ちゃんと礼言えるんだな」
「え...?」

 珍しいものでも見たように目を丸くして、如月は千春を見つめていた。

「...いや、何でもない。俺、如月慎也。手越と同じクラス。よろしくな」
「...手越千春。...あらためて、鉛筆拾ってくれてありがとうな。よろしく」
「...それ、よっぽど大事なんだな」
「...ああ。幼馴染がくれたものなんだ」
「...へえ」


 そこから、千春と如月はよく話すようになった。
 千春は、如月の知る裏表の激しい人種とは違っていた。

 意外と不器用で...自分の気持ちに鈍感なところがある。
 そして、気を許した相手にはよく笑う。
 付き合いを続けていくうちに、そんな一面を知った。

 千春は、あまり家族の話をしない。入学式でも一人だったわけがなんとなく察せられ、深く聞き出すことはしなかった。


****


 千春の口からいつも出てくるのは、幼馴染のこと。
 なんとも優しげな...幸せそうな表情で話す千春に、初めは目を瞠った。

 だが、次第に耳にタコができ始める。

「あ~...もう、わかった。お前、気づいてるか?ずっと『花乃、花乃』って。いい加減しつこいぞ」

 あまりにも繰り返される名前に呆れて、そうツッコミを入れると、千春はまるで気づいていなかったみたいに目を丸くしていた。

「...俺、そんなに言ってるか?」
「ああ。むしろ、言ってない時間のほうが短いんじゃないか?」
「...ふはっ。それは大袈裟すぎるだろ」

 くくくっと肩を震わせて笑う。
 その反応に、如月は「どこが大袈裟なんだよ」と瞼を重くしたが...付き合いきれずに放っておいた。


****


「...また行くのか?」

 授業終わり。いつもより早く終わって、皆ウキウキと遊ぶ算段をつけている時に、急いで教科書を片付ける千春に、如月が声をかける。

「ああ。今、ちょうどいいところまで進んでて。...何かわかりそうなんだ」
「...ふーん。ま、いいけどさ。...お前、やりすぎには注意しろよ。また出てるぞ、そこ」

 如月が、千春の腕を指差す。
 赤くでこぼことして...明らかに発疹が出ている。しかも広範囲に。

「わかってる。気をつけるよ」
「...はぁ。本当かよ」
「ああ。...じゃ、如月。また明日な」

 千春は、絶対内容は言わなかったが、何やら研究している様子だった。
 今は大学内の研究室で雑用係をすることを条件に、特別に研究備品を借りていると言っていた。

 入学した頃には、すでに腕や...時折顔に発疹ができていて、気にはなっていたが。まさか、その研究したものを自分で試しているとは。

 試験体がないからと言われた時には、度肝を抜いた。
 だからって、自分の体で試すやつがいるかと。

 ツッコミを入れると...千春は幸せそうに笑った。

「...いいんだ、俺のことは。研究がうまくいくほうが...数億倍大事なんだ」

 千春が如月に気を許してからは、よく見る表情。それで、すぐにピンときた。

(...なるほどね)

 もう何も言うまいと、如月は口を閉ざした。

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