【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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第四章 千春

過去① 〜別side〜

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*****

「...またなの?」

 二人の育児の合間を縫って、作ったご飯。
 作りたてで温かかったご飯が、次第に冷えていく。

 今日も、夫は帰ってこない。

「...一体、何をしているの?」

 名子は、冷めたご飯を片付けながら、ひとりごとを呟く。

 それは、千春を産んだ頃から始まった。
 初めは、仕事かと思っていた。
 だが、次第に帰宅しない日は増え、帰ってくる日の方が稀になった。

 もともと家族に関心の薄い人だったが、輪をかけてひどくなっている。

「やっぱり...そういうこと?」

 名子は、疑った。

 ーー春斗は不倫しているかもしれない。

 宗一郎の言いなりとはいえ、春斗は医師であり、見た目も良かった。




「やっぱり、この家が一番落ち着く。...どうせ、責められるだけだ。今日もこっちに泊まろう」

 春斗は、違う家に居た。
 家族に内緒で、こっそり借りた1LDK。
 趣味を楽しみ、一人になりたい時に過ごすための部屋。

 春斗にとって、父、宗一郎は決して逆らえない絶対的な存在だった。

 子供の頃からずっと、宗一郎の言うように勉強し、大学に入り、医師免許を取得して....人生を歩んできた。

 医師になってからは宗一郎の病院でつとめ、ずっと逆らわずに付き従う日々。
 
 それは、とても息の詰まる日常だった。

 結婚でさえ、宗一郎の指し示すまま。
 名子と結婚し、病院の跡取りとなる子供をもうけた。
 望み通り、男の子を二人授かってホッとした。
 これで宗一郎に責められずに済む。

 同時に、もういいのではないかと思った。
 これだけ、宗一郎の言う通り。何もかも望み通りにしてきたのだ。そろそろ自分だって、少しは自分のしたいようにしてもいいはずだ。

 もう、跡取りももうけた。
 これで、結婚の目的は達成したのだから。

 そして、春斗は家を借りた。
 小さな家だが、病院に近くちょうどいい。

 初めは、たまの息抜きのつもりだった。
 やがて、名子に帰宅しないのを責められるようになると、息抜きが日常になっていく。


 
 名子が看護師として産休から復帰する頃には、病院内で春斗の噂が広がっていた。

「...ね。知ってる?春斗先生って...」

 ーー看護師とか.....時々、患者の家族にまで手を出してるんだって。

 同僚の看護師たちが隠れてヒソヒソ話す声が、名子の耳に届いた。

 それは根も葉もない噂。

 名子と春斗のことを知っている者が、たまたま違う家に入っていく春斗をみかけたことから、尾ひれがついてそんな噂になっていた。

「...やっぱり。そうだったんだ」

 名子は、力無く腕を垂れた。

 もともと疑っていた名子は....噂を信じた。

 千春を産んだ頃から、帰ってくることが少なくなった夫。
 名子が産休でいない間に、病院の看護師や患者の家族に手を出していた夫。

 名子は全てが信じられなくなった。

 ーーこの女も。あの女も。夫と不倫しているかもしれない。

 それから、名子の精神状態は落ちていった。



 そんな時だ。花乃が入院してきたのは。

 当時、啓治が休みの日以外は、照乃が花乃の病院に泊まり込んでいた。

「あ、東山さん!」
「...手越先生。どうかされましたか?」

 本来小児病棟の担当ではない春斗だが、この日は急遽予定にない医師の欠員が出て.....本当に短時間だけ、小児病棟に応援に回った。
 別の医師が到着するまでのピンチヒッター。春斗が来ることを申し送られたのは、限られた看護師だけ。

 そして、廊下で花乃の母、照乃を呼び止める機会があった。
 もちろん、診察に関係する話であり、二人の間には何もない。

 しかしーー。

 名子は、二人がにこやかに話す光景をちょうど目の当たりにして....思い込んでしまった。

 普段いないはずの病棟で、わざわざ春斗がそこを訪れてまで話している女性。夫と...“いい仲“の女性。

 名子の中で、春斗や....姿の見えない女性に抱いていた怒りが、無関係の照乃に向いた瞬間だった。



「ここかしら...」

 名子は、人の少ない時間を狙って、研究棟に入っていく。
 そして、鍵付きの棚に保管されている薬を盗んだ。

 看護師であり、春斗の妻である名子。
 全ての鍵の保管庫から、目的の鍵を手に入れるのは容易だった。理由をつけて他の鍵を借りるフリをして、棚の鍵を借り....すぐに返せばバレることはない。

 ーー以前、研究棟で研究されていた薬。

 それは、もちろん未完成のもの。
 投与との関連が不明な、副作用かもわからない症状が、投与後数日して現れた。

 とても人に投与できるものでなく、もし投与すればどんな症状が出るか未知数だった。

 そのまま、名子は小児病棟に向かった。



 そして、照乃と花乃に対峙する。

 表面上はにこやかに。内心、悪意を持って。

「...こんにちは。点滴の時間ですよ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 ほんの少量だった。
 小さな花乃に投与する点滴の中に、少しだけ...盗んだ未完成の薬を...混入させた。



 しばらくは、何事もなかった。
 だが、数日後ーー。

 花乃の容体は、急変した。
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