【完】25年後、君と答え合わせ

こころ ゆい

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第四章 千春

過去③ ※加筆あり

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*****

 花乃の病状は、少しずつ悪化していた。
 本人は隠しているつもりだろうが、本来隠し事が下手で素直な性格の花乃はわかりやすい。

 千春は、内心焦りを感じた。

 このままもっと病気が進んだら...花乃はどうなるのだろう。医療的な知識などない千春でも、容易に想像がついた。

 千春は怖くてたまらなくなった。
 嫌だ、このまま花乃がいなくなるなんて。

 咳をして高い熱を出す弱っていく花乃に、自分は何もしてやることができない。
 悔しい。苦しい。花乃を...死なせたくない。

 どうすればいい?
 花乃は、どうしたら元気に過ごせる?

 ...そうだ。
 原因がわからないなら、自分が見つければいい。
 薬がないなら、作ればいい。

 千春は兄が居たし、『スペア』と耳にしたあと、ささやかな抵抗で医師にはならないと決めていた。

 でも、そんなこと関係ない。...千春は決心した。

 花乃を助けるために、医者になる。
 花乃が元気になる薬を、必ず作ってみせる。

 そこから、千春は猛勉強し、同時に、右も左もわからない手探り状態で研究し始めた。

 そうしてできた、薬とも言えない未完成なものを、自分の体で試し始めると、体のいたるところに発疹がでるようになった。時折、咳も。

 花乃にバレれば、心配をかけることはわかっていた。

 だから、秘密にした。
 たまに発疹に触れられて聞かれることはあったけど、何とか誤魔化した。

****

 いよいよ受験シーズンがやってきた。

 猛勉強の甲斐あって、千春は無事合格。

 花乃は「優しいから医者に向いている」といってくれたけれど、俺はそんな人間じゃないんだ。

 みんなに優しくできる人間なんかじゃない。
 
 だって、医者になるのだって、薬を作るのだって...花乃を助けたいから。花乃ひとりのためなんだから。

****

 千春は、大学に入学した。
 入学式を終えたその足で、併設されている研究室に向かって、雑用を行うかわりに、研究室や研究備品を貸してもらえないかかけあった。

 何とか了承をもらって、研究を続けたが、思うように結果がついてこなかった。
 何かわかりそうになっても、何かが足りなくて行き詰まる。

 まず、そもそものデータが圧倒的に足りなかった。

 その時の千春は花乃の両親に提供してもらった、あるだけの検査データを活用して、研究に励んでいた。

 啓治と照乃には、研究のことを打ち明けていたのだ。
 研究を続けていくうえで必要だと思ったから。
 もちろん、花乃には秘密にしてくれと頼んで。

 ーー花乃の医療データが、もっとほしい。

 一歳の頃からのカルテや検査結果など、細かなデータがあればより深く研究できる。

 そう思って、千春は生まれて初めて宗一郎に頼み事をするために、祖父の家を訪ねた。

「...お願いします。東山 花乃さんの、医療データを...一歳の頃からのデータを全て提供して頂けませんか。...ご両親には、許可をもらっています」

 千春は、リビングのソファにふんぞり返って座る祖父に、頭を下げた。

「...そのままのお前には提供できん。だが...医者になって、わしの病院で研究するなら、その時は提供してやろう」

 たっぷり間をあけて、祖父が条件を出した。
 祖父の病院は大きく、色々な設備を備えている。渡り廊下を渡れば、研究棟も併設していた。

「...僕は、あなたの病院には勤めません。卒業後は、別の病院で働くつもりです」

 医者には必ずなる。花乃のために。
 しかし、全てが、自分を『スペア』としか見ていない大人たちの思い通りになるのは、やはり嫌だった。

 花乃は、いずれ、両親や本人と相談して了承があればそちらに転院してもらう。そして、治療を担当しつつ、薬が完成したら投与するつもりだった。

 ーーでも。

 医療データがなければ、研究は進まない。

 花乃は一歳の頃発症しており、データにすれば十数年分。おそらく、自分が他の病院につとめ、そちらに花乃を転院させたとしても、医療に必要だと情報共有されるのはせいぜい五年分。長くてもあと数年プラスされた年数分くらいだろうか。
 入院した頃からの全てのデータを提供してもらうには、両親の許可はもちろんだが....ここでは、祖父の許可もいる。

 千春が頭を下げたところで。
 花乃の両親の許可があると言ったところで。

 条件をのまなければ、祖父はなんだかんだと理由をつけて、きっと全てのデータは提供してくれない。
 この人は、そういう人間だ。

 祖父は、見透かした顔で言った。

「ああ。研究棟に在籍するなら、病院に勤めずとも許す。光春がいるからな」
「.......」

 『スペア』をそばに置きさえできるなら、それでいいというわけか。

「悪い条件じゃないはずだぞ。あの研究棟は、もちろん最新の設備だ。...充実した設備で、お前が目指すものが達成できるやもしれん」

 整った設備や研究に集中できる環境は、他にもある。
 むしろ、両親や祖父に煩わされずに研究できる分、他の場所を探す方が自分にとっていい選択だ。

 ーーだが、祖父の言う通りにしなければ、花乃の全ての医療データは手に入らない。

 悔しいが、千春の選択肢はひとつだけだった。

「...わかりました」

 そして、千春は祖父と約束を交わした。
 医大を出て、医師免許を取得したら、祖父の病院で研究することを。

*****

 そうしている間にも花乃の容体は、悪化していった。
 顔色は日を追うごとに悪くなり、咳き込むことや熱を出すことが更に増えた。

 千春が、国家試験を受験する頃には、起き上がるのも難しくなっていた。

 千春は、毎日自分にできることを続けながら祈った。

 どうか神様。花乃を連れて行かないでください。
 どうか...薬ができるまで時間をください。
 花乃がいない世界なんて、意味がない。
 お願いします、花乃を...生かしてください。

 その願いも虚しく、花乃はバイタルが急変して、生死の境を彷徨いあるく。

 同じ頃、千春の兄、光春まで事故にあって亡くなった。

 そして、葬式の席に現れた祖父によって、以前した約束など簡単に破られる。

 千春は、祖父の病院に勤め、跡取りとなるという新たな誓約に頷いたーー。


*****


 生死の境を彷徨っていた花乃は、幸い目を覚まし、千春の名を呼んでくれた。
 
 千春は面会時間の最後まで過ごして家路についたが....ドアを開けると、母・名子の声が耳に届いた。

 兄の死を受け入れられずに塞ぎ込んでいた母が、まるで幻覚でも見ているかのような素振りで、意味のわからないことを叫んでいたのだ。

「...いやっ!ごめんなさい...私が悪かったの、私が...つ、償うから...お願い、光春を、連れていかないで!」
「...何を、言ってるんだ...母さん」

 千春は、母を宥めながら尋ねた。

 私が悪かった?
 償う?

 千春は、理解が追いつかなかった。

 母は何かを怖がるように頭を抱え、血色の悪い顔でひたすら喚いていたが、宥める千春に気づいた瞬間どっと泣き出し縋りついてきた。

「ああ...っ、ち、千春!私...私、なんてことを!ご、ごめんなさい、ごめんなさいっ、あ、謝るから....もう、しないから....光春を、返して」

 そして、母は全てを話し始めた。

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