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【番外編】君の名は
2.雅治の浮気
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「……で、なんて答えたんだよ、おまえは」
翌日、晶はまたしても青山メンタルクリニックの高級ソファに座っていた。
その表情には疲れと、普段見られないような憂いが漂っていた。
「彼女は、ご主人の浮気が原因で失語症を患っている僕の患者さんだよ、ってことにしといた」
晶の詰問に、覚は平然と答えた。
「おまえ、よくそんな適当な嘘、言えたな」
「だってしょうがないじゃない。それとも、あれは君の奥さんだよって、本当のこと言った方が良かったの」
昨日、覚の病院の前で雅治と遭遇してから家に帰った晶のもとに、覚から電話があった。
『さっき、雅治が来て女装姿の晶のこと、いろいろ聞いてきたよ。晶だとは気づいてないみたいだけど、それにしては随分、興味を持っている様子だった』
そうだよ、雅治は女装したオレに一目惚れしたんだ。
覚の声を聞きながら、晶は深いため息を吐いた。
『明日、おまえんとこにいく。その時に詳しく聞くから』
電話で詳細を聞く覚悟はなかった。
「それで、雅治は、なんか言ってたか。オンナを紹介してくれとか」
「そういうことは言ってないよ。名前を聞かれたけど、守秘義務があるからって言わなかった。ま、言えないけどね」
「ふーん」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。晶だってことがバレてるわけじゃない」
「なんで、気づかないんだろう。間近で見つめあったんだぜ?普通、気づくだろ」
「人間の脳っていうのはね、わりと都合良く出来ていて、その人間にとって『ありえないもの』って言うのは見えないんだ。幽霊や妖怪が見えるのは霊や妖怪の存在を信じている人間だけだ」
「人を幽霊や妖怪と同じにすんな!」
「それくらい、雅治にとって晶の女装癖は予想外ってことだよ」
「誰が女装癖だっ、誰がっ!」
怒ったあとで、深い溜息を吐く晶に、覚が訝しい目を向ける。
「なんでそんなに落ち込んでるの。昨日は、雅治とゆっくり過ごせたんでしょう。雅治、僕のとこに寄ってお茶飲んでいったけど、これからすぐ家に帰るって言ってたよ」
「…帰ってきたよ」
晶は家に着くと急いで着ていた洋服や靴や下着を丸めてクローゼットの奥に隠し、メイクを落として風呂に入った。
そうして晶がいつもの顔に戻った頃、雅治は両手に食材の入った買い物袋を持って帰ってきた。
ぱっと見たところでは、いつもの雅治だった。
出かけに喧嘩したことなんか忘れたように、「ただいま」と言ってキスをして、それから雅治が作った夕食を一緒に食べた。
食後はソファーでくっついてワインを飲みながら晶の好きそうなアクションもののDVDを見て、そして。
「あ、元気がないのって、もしかしてあれ?昨夜、愛されすぎちゃったのかな~」
覚がにやにや笑って冷やかして言う。
「明け方近くまで、離してもらえなかった」
図星のようだが、一晩中愛してもらったにしては晶の声は暗かった。
昨夜は、一緒にベッドに入ると雅治はすぐに求めてきた。
雅治の愛撫がいつもよりずっと執拗なことに気づいて晶は戸惑った。
晶の中で果てても、雅治の昂りはおさまらなかった。
「久しぶりだから」
そう言って笑っていたけれど、雅治の中に、いつもと違う興奮の種があるような気がしてならなかった。
晶の体のありとあらゆる箇所に、雅治の唇が触れた。
触れられていない場所などどこにもないくらいに。
雅治は晶の中に何度も熱いものを放ち、晶も何度もイカされて、気を失うように眠ったのは窓の外が明るくなってからだ。
朝目が覚めると雅治はもういなかった。
テーブルの上に、晶の朝食が用意されていた。
晶は半分食べ残して、青山メンタルクリニックにやってきた。
「これも浮気って言うのかな」
「えっ、雅治、浮気してるの?」
言いたくなかったが、他に相談出来る相手もなく、仕方なく晶は覚に言った。
「雅治、昨日、出会いがしらに、女の格好したオレに惚れたんだ。オレとは気づかずに」
覚は疑わしい目で晶を見た。
「そんなの、君の思い過ごしじゃないの。そりゃあ、君の女装姿は魅力的だよ。それは認めるけど、あの雅治が一目惚れなんかするとは思えないね。そんなロマンチストじゃないよ彼は」
晶は首を振った。
「雅治のあんな顔、見たことない。間違いない、あれは恋に落ちた瞬間の人間の顔だった」
それが本当だとすれば、この成り行きは他人の覚にとってはなかなか愉快な展開だ。
覚はひとつからかってやろうと思い口を開きかけて、晶の憂鬱そうな表情に、その口を閉じた。
こんなに途方に暮れたような晶を見るのははじめてだ。
覚はしばらく考えて、溜息まじりに言った。
「あんまり思いつめないで。僕が雅治に探りを入れておくよ」
晶は頷いたが、何かを考え込むように、またため息を吐いた。
翌日、晶はまたしても青山メンタルクリニックの高級ソファに座っていた。
その表情には疲れと、普段見られないような憂いが漂っていた。
「彼女は、ご主人の浮気が原因で失語症を患っている僕の患者さんだよ、ってことにしといた」
晶の詰問に、覚は平然と答えた。
「おまえ、よくそんな適当な嘘、言えたな」
「だってしょうがないじゃない。それとも、あれは君の奥さんだよって、本当のこと言った方が良かったの」
昨日、覚の病院の前で雅治と遭遇してから家に帰った晶のもとに、覚から電話があった。
『さっき、雅治が来て女装姿の晶のこと、いろいろ聞いてきたよ。晶だとは気づいてないみたいだけど、それにしては随分、興味を持っている様子だった』
そうだよ、雅治は女装したオレに一目惚れしたんだ。
覚の声を聞きながら、晶は深いため息を吐いた。
『明日、おまえんとこにいく。その時に詳しく聞くから』
電話で詳細を聞く覚悟はなかった。
「それで、雅治は、なんか言ってたか。オンナを紹介してくれとか」
「そういうことは言ってないよ。名前を聞かれたけど、守秘義務があるからって言わなかった。ま、言えないけどね」
「ふーん」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。晶だってことがバレてるわけじゃない」
「なんで、気づかないんだろう。間近で見つめあったんだぜ?普通、気づくだろ」
「人間の脳っていうのはね、わりと都合良く出来ていて、その人間にとって『ありえないもの』って言うのは見えないんだ。幽霊や妖怪が見えるのは霊や妖怪の存在を信じている人間だけだ」
「人を幽霊や妖怪と同じにすんな!」
「それくらい、雅治にとって晶の女装癖は予想外ってことだよ」
「誰が女装癖だっ、誰がっ!」
怒ったあとで、深い溜息を吐く晶に、覚が訝しい目を向ける。
「なんでそんなに落ち込んでるの。昨日は、雅治とゆっくり過ごせたんでしょう。雅治、僕のとこに寄ってお茶飲んでいったけど、これからすぐ家に帰るって言ってたよ」
「…帰ってきたよ」
晶は家に着くと急いで着ていた洋服や靴や下着を丸めてクローゼットの奥に隠し、メイクを落として風呂に入った。
そうして晶がいつもの顔に戻った頃、雅治は両手に食材の入った買い物袋を持って帰ってきた。
ぱっと見たところでは、いつもの雅治だった。
出かけに喧嘩したことなんか忘れたように、「ただいま」と言ってキスをして、それから雅治が作った夕食を一緒に食べた。
食後はソファーでくっついてワインを飲みながら晶の好きそうなアクションもののDVDを見て、そして。
「あ、元気がないのって、もしかしてあれ?昨夜、愛されすぎちゃったのかな~」
覚がにやにや笑って冷やかして言う。
「明け方近くまで、離してもらえなかった」
図星のようだが、一晩中愛してもらったにしては晶の声は暗かった。
昨夜は、一緒にベッドに入ると雅治はすぐに求めてきた。
雅治の愛撫がいつもよりずっと執拗なことに気づいて晶は戸惑った。
晶の中で果てても、雅治の昂りはおさまらなかった。
「久しぶりだから」
そう言って笑っていたけれど、雅治の中に、いつもと違う興奮の種があるような気がしてならなかった。
晶の体のありとあらゆる箇所に、雅治の唇が触れた。
触れられていない場所などどこにもないくらいに。
雅治は晶の中に何度も熱いものを放ち、晶も何度もイカされて、気を失うように眠ったのは窓の外が明るくなってからだ。
朝目が覚めると雅治はもういなかった。
テーブルの上に、晶の朝食が用意されていた。
晶は半分食べ残して、青山メンタルクリニックにやってきた。
「これも浮気って言うのかな」
「えっ、雅治、浮気してるの?」
言いたくなかったが、他に相談出来る相手もなく、仕方なく晶は覚に言った。
「雅治、昨日、出会いがしらに、女の格好したオレに惚れたんだ。オレとは気づかずに」
覚は疑わしい目で晶を見た。
「そんなの、君の思い過ごしじゃないの。そりゃあ、君の女装姿は魅力的だよ。それは認めるけど、あの雅治が一目惚れなんかするとは思えないね。そんなロマンチストじゃないよ彼は」
晶は首を振った。
「雅治のあんな顔、見たことない。間違いない、あれは恋に落ちた瞬間の人間の顔だった」
それが本当だとすれば、この成り行きは他人の覚にとってはなかなか愉快な展開だ。
覚はひとつからかってやろうと思い口を開きかけて、晶の憂鬱そうな表情に、その口を閉じた。
こんなに途方に暮れたような晶を見るのははじめてだ。
覚はしばらく考えて、溜息まじりに言った。
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