ルイとレオ~幼い夫が最強になるまでの歳月~

芽吹鹿

文字の大きさ
25 / 81

25野外授業

しおりを挟む

 第三王子の妻であるルイ・シオン妃が催す「野外授業」は活況を見せており、貴族たちの往来も盛んであった。王宮の警備は拡張されて、現在では湖の全体にまで見回りが張りついている。

 およそ20人前後の令息令嬢が、毎日のように湖に集う。顔ぶれはさまざまで誰もが定時内なら好きに立ち寄ることが許されていた。ルイの頭のなかには、参加人数の倍以上もの名家の名が刻まれている。いつどこで新たな貴族が見物に来るかわからないからである。

「そんなに面倒を見ているのか。大変じゃないか」

「私だけじゃなくて王宮の従者も手伝ってくれているのです。多い時はやっぱり授業どころじゃないので」

「すごいな。本当に小さな学校みたいだ」

 学校というより、託児所?ルイは曖昧としたこの場をしっかりと定めたことはない。
 自由で開かれた環境でこそ、幼い子どもたちはよく育っていくものだ。青空のもとで騒がしく勉強することだって、立派な取り組みといえる。

 堅苦しいものは王立学校に行ってから、身につければよいだろう。ルイは自信をもってここでの務めに取り掛かった。



 つつがなく今日の授業は済ませ、ルイは子どもたちと歓談する。何気ない遊びのことや親への不満から愚痴まで、子どもは活き活きと臆面もなく言ってくる。ルイはそんな光景に立ち合うのが一番好きだった。
 無邪気で素直な子たちと話していると、まるで6年前に戻れたような気分がするから。

「ねぇルイ様。あちらの人はだれかしら」

「え……?どこの」

 子どもが森の方向に指をさす。目で追っていくと、レオポルド王子がこちらに視線を送りながら立っていた。

「ずっといるのよ。あそこに、すごくすてきな男の人が」

 そんな少女の声を皮切りに、近くの子どもたちが王子を探していった。子どもらしく遠慮もなしにレオポルドを見定めて、目を輝かせている。「イケメン」とか「でっかい」とか月並みな感想が聞こえてくるのもお決まりだった。

「こら。その辺にしておきなさい。あちらの方はレオポルド・シオン殿下、この国の王子様ですよ」

「えっ、じゃあルイ様の旦那様っていうこと?」

 物知りな子どもが鋭い指摘をしてくる。ルイは収拾がつかないことがわかって沈黙を守った。態度だけは王子にお辞儀して、こちらに来てほしいと手で招いていく。


 夕暮れ時まで湖畔は賑やかだった。
 来てくれた子どもが全員帰っていくまで、レオポルドへの質問攻めが繰り返されていた。少女たちの王子への絡みっぷり、男の子の興奮ぶりは異常で、さすがは皆の憧れなのだと思い知らされる。

 王宮に戻るため、荷物をまとめようと侍女たちが動き出し、ここに残っているのは少しの人員だけとなった。

「レオポルド様。先ほどの授業は聞いていたのですか?」

「あぁ少しだけな。シオン文字の組み合わせをフォークとスプーンで喩えるところ、昔の俺が聞かされたのと同じで懐かしかったな」

 文字の形を説明するために小道具を用いていた。王子が言うとおり、授業はすべて彼に授けたものの改良版である。ルイは自分が楽しかったころを思い出すために、自己満足を兼ねながら授業を考えていた。

 未練がましいやつと思われたかもしれない。ルイは気恥ずかしくなって相手から目を背けた。

「あの時より説明が上手くなっていた」

「そ、そんなに覚えているのですか?」

「当たり前だろ。俺に親身になって教えてくれる人なんて、ルイだけだったからさ」

 ぴよぴよと鳥の陽気な鳴き声が聞こえてくる。後ろからは従者たちの愉快な声と、木が風で擦れる音がする。上質な自然のなかで二人はぱっと目を合わせた。赤く爛々とした瞳のなかからルイは、かすかな揺らぎを感じ取った。

「なぁ俺たちがここで初めて巡り会った日のことを覚えてるか?」

「き、急ですね。ずいぶんと昔のことを」

 脈絡もなく、隣のレオポルドが変なことを口にする。自然の景色に触発されたのか、感傷的になっているのかもしれない。ルイは慌てながらも見守ることにした。

「婚礼を抜け出した俺に、お前は怒ることもなく接してくれたよな」

「あのころはレオポルド様はまだ幼かったですから。それに私も婚礼にはほとんど無関心だったので……」

「そうだったのか」

 今ここで知ったような顔を王子はしてくる。ルイは政略結婚に乗り気になれるような思考は持ちあわせていない。自分は実家から半ば野放しにされて、ここで生活している。せめてもの慰めは、その夫が無垢な子どもだったことだ。

「親や従者からも見放され孤独になってた俺に、お前は『いっしょに帰ろう』って言ってくれた」

「そんなこともありましたね」

「嬉しかったんだ。実は今でもときどき思い出す」

 王子はルイと湖で出会った日のことを語る。月夜が綺麗な夜で、幼いレオポルドは森に隠れていた。ちょうどさっきのように。寂しそうな子どもの像だけがルイにも明瞭に思い出された。

 相手の昔語りがどんな意図をもっているかルイにはわからない。情報はすぐに理解したが、反応に困ってしまう。

 ルイは別にレオポルドを感慨に浸らせるような行動をとっていたわけではない。組み立て式の椅子を片付けたり、筆記する道具をまとめたりしていただけだ。

「あ……え……?」

 腕を軽く掴まれて、身体が相手側に寄せられていく。レオポルドの伏せられた目は確かにルイを捉えている。

「俺一人じゃダメなのか?」

「なに……が」

 最後までやさしくルイは引き込まれて、ぽすんと相手の懐におさまった。指先は触れず、足も寄せれず。腕にまとわりついたそれのみの力で彼はどうにかなってしまった。王子の鼓動が耳を打つ。放心はなおも続く。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /チャッピー AI比較企画作品

何も知らない人間兄は、竜弟の執愛に気付かない

てんつぶ
BL
 連峰の最も高い山の上、竜人ばかりの住む村。  その村の長である家で長男として育てられたノアだったが、肌の色や顔立ちも、体つきまで周囲とはまるで違い、華奢で儚げだ。自分はひょっとして拾われた子なのではないかと悩んでいたが、それを口に出すことすら躊躇っていた。  弟のコネハはノアを村の長にするべく奮闘しているが、ノアは竜体にもなれないし、人を癒す力しかもっていない。ひ弱な自分はその器ではないというのに、日々プレッシャーだけが重くのしかかる。  むしろ身体も大きく力も強く、雄々しく美しい弟ならば何の問題もなく長になれる。長男である自分さえいなければ……そんな感情が膨らみながらも、村から出たことのないノアは今日も一人山の麓を眺めていた。  だがある日、両親の会話を聞き、ノアは竜人ですらなく人間だった事を知ってしまう。人間の自分が長になれる訳もなく、またなって良いはずもない。周囲の竜人に人間だとバレてしまっては、家族の立場が悪くなる――そう自分に言い訳をして、ノアは村をこっそり飛び出して、人間の国へと旅立った。探さないでください、そう書置きをした、はずなのに。  人間嫌いの弟が、まさか自分を追って人間の国へ来てしまい――

【完結】おじさんはΩである

藤吉とわ
BL
隠れ執着嫉妬激強年下α×αと誤診を受けていたおじさんΩ 門村雄大(かどむらゆうだい)34歳。とある朝母親から「小学生の頃バース検査をした病院があんたと連絡を取りたがっている」という電話を貰う。 何の用件か分からぬまま、折り返しの連絡をしてみると「至急お知らせしたいことがある。自宅に伺いたい」と言われ、招いたところ三人の男がやってきて部屋の中で突然土下座をされた。よくよく話を聞けば23年前のバース検査で告知ミスをしていたと告げられる。 今更Ωと言われても――と戸惑うものの、αだと思い込んでいた期間も自分のバース性にしっくり来ていなかった雄大は悩みながらも正しいバース性を受け入れていく。 治療のため、まずはΩ性の発情期であるヒートを起こさなければならず、謝罪に来た三人の男の内の一人・研修医でαの戸賀井 圭(とがいけい)と同居を開始することにーー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

あなたと過ごせた日々は幸せでした

蒸しケーキ
BL
結婚から五年後、幸せな日々を過ごしていたシューン・トアは、突然義父に「息子と別れてやってくれ」と冷酷に告げられる。そんな言葉にシューンは、何一つ言い返せず、飲み込むしかなかった。そして、夫であるアインス・キールに離婚を切り出すが、アインスがそう簡単にシューンを手離す訳もなく......。

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...